【記事52750】3月17日前橋地裁判決ーーー3,11後、初めて国家の中から正しい声が聞こえた_ 保立道久(BLOGOS2017年3月19日)
 
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3月17日前橋地裁判決ーーー3,11後、初めて国家の中から正しい声が聞こえた_ 保立道久

 前橋地方裁判所の原道子裁判長は2002年年7月に政府の地震調査研究推進本部が発表した巨大地震の想定に基づいて、国と東京電力はその数か月後には巨大な津波が来ることを予測できたと指摘し、それにもとづいて原発事故についての国の責任を認定し賠償を要求する原告(県外に避難した住民一三七人)の訴えを正当としました。
 賠償金額は総額3855万と少なすぎると思いますが、これは画期的なことで、国家機構の中から、はじめて常識的な声がでたということだと思います。
 これは地震本部が二〇〇二年に決定した日本海溝地震の長期評価をどう考えるかということになりますので、ことは原発事故をこえて、東日本大震災全体の賠償をどうするべきかに関わってきます。
 つまり、長期評価は三陸沖から房総沖までM8,2の津波地震を予知しましたが、中央防災会議は多くの地震学者の反対にもかかわらず、それを岩手中部で津波波高が高かった明治三陸津波のみに限定してしまいました。そのためは岩手南部の陸前高田市以南で防災体制が不十分となり、3.11で犠牲となった方の八割は、そこに住んでいた訳です。たとえば名取市では長期評価にもとづいて、高さ8メートルの津波を予想した津波防災マニュアルを作成したが、2008年2月、中央防災会議の想定津波高六bに従って地域防災計画を下方修正し、津波被害が拡大したことがよく知られています(津久井進『大災害と法』岩波新書141頁)。
 ようするに中央防災会議は原発事故に責任があるだけでなく、一万5000人ほどの人の死に責任があるのです。そして問題は、そうだとすると、この前橋地裁の判決を延長すれば、国は、上記の宮城以南で死去した人びとの命の相当部分に責任がある。それは人災という以上に、政府が地震学者の意見を押し切って誤った決定をしたことの直接の結果であるということにならざるをえないことです。
 この経過に責任のある中央防災会議の責任者は首相の小泉純一郎氏です。国民が災害を予知するシステムはあったのに、政治家と官僚が重大な過誤をおかしたのです。 長期評価の責任者であった地震学の島崎邦彦氏は、このとき中央防災会議事務局に押し切られたことについて人生最大の失敗であったとされています。これがなければあれだけの人が死に、甚大な原発事故が起こることはなかったのです。
 一部には、「地震学は南海トラフ巨大地震ばかりいって陸奥沖海溝地震をいっていないではないか」という意見があります。しかし、これは巨大な誤解だったということです。
 つまり、中央防災会議が長期評価を認め、それにもとづく防災と調査の体制を強化していれば、二〇〇四年に決定された日本海溝地震についての特別措置法は、大規模地震対策特別措置法に近いものになったはずです。大規模地震対策特別措置法の地域規定は、南海トラフ地震関係しかされていませんが、法の趣旨としては南海トラフ地震に限定されているわけではありません。実際に特別措置法には研究の進展によってそういうことがありうるとされているのですから(第四条)。全体としてはこれをサボったと評価すべきものと思います。このサボタージュがなければ、私たちが目の前にしている風景はまったく異なっていたはずです。
 添田孝史『原発と大津波』(岩波新書)によると、このような決定に責任のある政治家と高級官僚や中央防災会議事務局トップが、何をどのように判断したかの経過とその反省の記録も存在しないという(最近の情況からみると、実際には存在し隠蔽しているのではないかと思う)。
 ドイツではライン川の氾濫についても厳しい賠償訴訟が起きた。ヨーロッパでならば、このような行動に対しては厳しい賠償訴訟が起き、また国家犯罪として弾劾されて当然のものである。
 以上は雑誌『経済』今月号(2017年四月号)で弁護士の津久井進氏との対談でくわしく述べました。

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