【記事53800】【クローズアップ科学】死者の4人に1人は避難後の帰宅で犠牲になった 熊本地震から1年(産経新聞2017年4月16日)
 
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【クローズアップ科学】死者の4人に1人は避難後の帰宅で犠牲になった 熊本地震から1年

 発生から1年が経過した熊本地震は、震度7の激しい揺れが2度も襲う異例の大災害だった。死者の4人に1人は前震で避難しながら自宅に戻り、2日後の本震で犠牲になったことが調査で判明。帰宅判断の難しさを浮き彫りにした。(伊藤壽一郎)

古い家屋で被害

 熊本地震は昨年4月14日、熊本県益城町から南西に延びる活断層の日奈久(ひなぐ)断層帯が活動し、マグニチュード(M)6・5の前震が発生。16日には隣接する布田川断層帯でM7・3の本震が起き、いずれも最大震度7を記録した。
 2つの断層帯に沿うように木造家屋の倒壊や土砂崩れなどの被害が発生し、直接的な死者は前震で9人、本震で41人に上った。
 死者の被災状況や行動を静岡大の牛山素行教授(災害情報学)らが調査したところ、全体の7割を超える37人が家屋の倒壊で死亡。うち30人は1970年代以前に建てた古い家屋で被災したことが分かった。
 木造家屋の耐震能力は、関東大震災翌年の24年に設けられた旧耐震基準で「震度5程度で倒壊しない」と定められた。81年に「震度6強以上で倒壊しない」との現行基準に強化されたが、熊本地震で死者が出た家屋の大半は、脆弱(ぜいじゃく)な旧基準だったとみられる。
 牛山教授は「犠牲者を軽減するには、建物の耐震性向上が重要だと再確認された」と指摘する。

慎重な判断必要

 熊本地震では前震でいったん避難したのに、倒壊を免れた自宅に戻り、本震で犠牲になった人が少なくないとされる。実態はどうだったのか。
 牛山教授らは本震による死者の行動を詳しく分析。その結果、3割に当たる13人が前震時に避難しながら自宅に戻り、死亡していたことが判明した。
 避難しなかった8人のうち4人は、前震時に県外にいて、本震前に自宅に戻っていた。残る20人の行動は不明で、避難後に帰宅して犠牲になった人は、さらに多い可能性があるという。
 ただ、牛山教授は「前震で避難したことで助かった人もいるとみられ、油断して帰宅したことで死者が大きく増えたとまではいえない」と分析する。
 倒壊を免れた家屋への帰宅は判断が難しい。基本的な基準は避難が必要か診断する応急危険度判定で、熊本県は前震翌日に開始したが、20戸を終えた時点で本震に襲われ間に合わなかった。今後は判定が出るまで帰宅しない慎重さが求められそうだ。

「1度の耐震」想定

 国土交通省の調査では、建物被害が最も大きかった益城町中心部の木造家屋は前震で35棟、本震後に297棟が倒壊した。前震に耐えた家屋が、なぜこれほど多く倒壊したのか。京都大の竹脇出(いずる)教授(地盤環境工学)によると、前震で変形が生じたためだという。
 木造家屋は地震の際、しなるように動いて揺れを吸収する。だが、限界を超えると柱や壁の継ぎ目がゆがんで変形。再び大きな揺れに襲われると変形が一気に進んで倒壊につながる。
 現行の耐震基準は震度6強以上の揺れに1回耐えることしか想定していない。熊本地震を機に竹脇教授が試算したところ、このクラスの地震に2回耐えるには現行基準の1・5倍の耐震強度が必要と分かった。
 静岡大の調査では1980年代以降に建てた家屋の倒壊で6人が死亡。国交省の調査でも2000年以降の7棟が倒壊し、うち2棟で変形の限界を超えた可能性が指摘されている。
 国交省は熊本地震を受け現行基準の見直しを検討したが、昨年10月に見送りを決定した。今回は特殊なケースで基準を変更する必要はないと判断したためだ。
 ただ、竹脇教授は「耐震基準は最低限の強度であり、人的被害の軽減には極力、強度に余裕を持たせた方がいい。それが熊本地震の教訓だ」と指摘する。
 強度に余裕を持たせるには壁の数を増やすことが定番だが、既存の家屋では改修コストが高く、居住空間の圧迫にもつながる。
 竹脇教授は「最近は制震ダンパーが有効だ。階段裏などへの設置で家屋の揺れを吸収し安価に耐震性を向上できる」と話している。

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