[2006_09_16_01]原発耐震指針 活断層見逃しの懸念消えず 石橋克彦 神戸大都市安全研究センター教授(地震学)(朝日新聞2006年9月16日)
 
 原子力発電所の「耐震設計審査指針」が25年ぶりに改訂される。5年余り審議を続けた原子力安全委員会の分科会が8月末に最終案をまとめた。近く正式に決まる。
 地震学者と工学者の熱心な議論によって最新の知見が採り入れられ「耐震設計の基準となる地震動(地震の揺れ)の決め方を見直すなど、評価できる点もある。しかし、規定にあいまいな部分があり、適正な審査が行われるかどうかに大きな懸念を残した。
 一般公募で約700件もの意見が寄せられ、その多くが中国電力島根原発(松江市)の活断層見落としの事例を踏まえて原案の改善を求めたにもかかわらず、分科会が「議論を蒸し返さない」という行政手続法軽視の姿勢をとり、修正しなかったからだ。
 私は分科会委員として修正を主張したが、審議の仕方と最終案には納得できず、最終案審議の席上で辞任した。
 島根原発の事例とは次のようなものだ。同原発の近くで、電力側が詳細調査の結果活断層はないと主張し、審査側の原子力安全・保安院と安全委も昨年それを追認して3号機増設を許可した場所で、大学などの研究グループが6月上旬に地面を掘って活断層の存在を実証したのである。
 その結果、中国電力の想定を超える大地震が起こる可能性が浮上したが、同時に、電力側と審査側双方の活断層調査能力の低さが露呈した。
 活断層とは、過去に同じ所で大地震がくり返し発生し、毎回地表にまで達した断層のズレが果積したものだから、特徴的な地形を航空写真から読み解く変動地形学の手法が調査の基本になる。前記研究グループはこの分野の専門家たちで、かねて活断層の存在を指摘していた。ところが、原発ではこの科学が正しく使われていない。だから、島根の件は偶然ではなく、3月に金沢地裁で運転差し止め判決が出た北陸電力志賀原発にも共通することだ。
 原発の耐震設計は、敷地に大きな影響を与える恐れのある地震を適切に想定し、それによる地震動を正しく予測することが基本だから、絶対に活断層を見落としてはならない。改訂指針案も、原発立地点付近の活断層調査が詳細で信頼性が高く、活断層を見逃すことはないという大前提に立っている。ところが、その前提が成り立たないことが明白になったのだから、一般公募意見の多くが、活断層の調査・認定法と地震動の策定法に関する原案の修正を求めたのは当然だったのだ。
 分科会には変動地形学者がいなかった。島根の活断層審査に責任ある専門家は.4人も入っていたが、保安院、安全委ともども、この重大なミスを直視しなかった。その結果、「変動地形学」という言葉だけは改訂案に入ったが位置付けがあいまいで、本質は何ら改善されていない。
 すでに、改訂案を踏まえた既存原発の地質再調査や、電力側による活断層調査方法のとりまとめなどが始まっている。それらを活断層学の正道に戻すことが急務である。また、同一の専門家が電力側と審査側の両方に深く関与しているような異常な構造にメスを入れ、審査体制を抜本的に改革して厳正さと透明性を確保しなければならない。
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