[2023_01_19_04]論説 東電旧経営陣に再び無罪 「組織罰」議論の時だ(山陰中央日報2023年1月19日)
 
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論説 東電旧経営陣に再び無罪 「組織罰」議論の時だ

 東京電力福島第1原発事故を巡る業務上過失致死傷罪で強制起訴され、一審で無罪となった勝俣恒久元会長ら東電旧経営陣3人について、控訴審の東京高裁が再び無罪とする判決を言い渡した。
 民事では昨年7月、株主代表訴訟の東京地裁判決がこの3人を含む旧経営陣4人の責任を全面的に認め、総額約13兆円を東電へ賠償するよう命じたが、刑事では正反対の結論が維持された。
 個人に刑罰を科す刑事裁判では「合理的な疑いを差し挟む余地がない」厳密な有罪立証が求められる。「推定無罪の原則」が確立している法治国家として当然だが、このハードルの高さが、民事との食い違いとなって表れたと言うほかない。
 もともと東電のような大組織では権限が社内で細分化され、刑法が規定する個人の過失責任を問うのは難しいとされる。しかし、東電に事故の責任があることは間違いない。
 大事故の遺族らが長年求めてきた「組織罰」導入の議論を進める時ではないか。事故を起こした企業などの刑事責任を直接問う仕組みがあれば、巨額の罰金刑を回避するため、安全対策に全力を挙げることも期待できるはずだ。
 巨大津波に襲われた第1原発事故を巡っては、事故9年前の2002年に政府が福島県沖などの地震予測「長期評価」を公表。これに基づき東電子会社が08年、最大15・7メートルの津波が到達するとの試算をしていた。
 3人の刑事裁判と民事裁判はいずれも、(1)長期評価に基づき、大津波の襲来を予測できたか(予見可能性)(2)適切な対策で事故を防げたか(結果回避可能性)―が争点だった。
 東京高裁判決は、一審・東京地裁の判断をほぼ支持した。
 長期評価と津波予測については、長期評価に「誤差を含む」と明記されていたことなどを指摘し「大津波の現実的な可能性を認識させる性質の情報とは認められない」と判断。一審同様、運転を停止させる義務が生じるほどの予見可能性を否定した。
 運転停止以外に、原子炉建屋への浸水防止や重要機器の高台移転などの対策を講じるべきだったとする検察官役の指定弁護士の主張についても「事故後の情報や知見を前提にしており、採用できない」とした。
 検察が2度不起訴にした事案を、11人の市民で構成する検察審査会の議決で起訴する強制起訴事件は、第1原発事故を含め10件に上る。しかし、有罪確定は自治体首長の暴行事件など2件だけだ。
 今回の高裁判決で、制度見直しの声が強まる可能性もあるが、それは早計だ。
 強制起訴によって、検察が捜査で収集した会議録やメールなどの証拠が法廷で明らかになった。津波対策を経済的な理由から怠ったとも受け取れる地震対策担当者の供述調書の存在も分かった。
 事故前の東電の対応は適切だったのか。安全性よりも経済性を優先させたのではないか。法廷を通じて、そんな議論が可能になった。未曽有の事故を巡り、大きな意味があったと言える。
 高裁が否定したのは、あくまで個人の刑事責任だ。東電はそれを肝に銘じ、被害者への誠実な賠償や廃炉作業の着実な進展、万全の安全対策などに全力を挙げなければならない。
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