[2023_01_13_07]福島第一原発 処理水放出の開始時期 春から夏ごろ見込む 政府 (NHK2023年1月13日)
 
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福島第一原発 処理水放出の開始時期 春から夏ごろ見込む 政府

 東京電力福島第一原子力発電所にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水について、政府は、海への放出を始める時期として、ことしの春から夏ごろを見込むことを確認しました。これは13日、総理大臣官邸で開かれた関係閣僚による会議で示されました。
 福島第一原発にたまる処理水について、政府はおととし4月、国の基準を下回る濃度に薄めて海に放出する方針を決め、放出開始はその2年後程度をめどとしていました。
 この方針を受けて東京電力は、ことし春ごろの放出開始を目指してきましたが、13日の会議では、放出に使う海底トンネルの工事などにかかる時間を精査した結果、具体的な時期としては、春から夏ごろを見込むことを確認しました。
 また会議では、風評被害への対策について、「理解を醸成する取り組みが進展してきている」としたうえで、引き続き、漁業者をはじめとする地元住民や流通業界などとの対話や協議を重ねていく方針を確認しました。
 ただ、漁業者などを中心に風評被害を懸念する声は根強く、放出の開始時期が近づく中、対策を進めることで理解を得られるかが焦点となります。

 宮城県漁協「断固反対であることは変わらない」

 東京電力福島第一原子力発電所にたまる放射性物質を含む処理水の海への放出時期を、政府がことし春から夏ごろを見込むと確認したことについて、宮城県漁業協同組合の寺沢春彦組合長は、「漁業者の総意として、われわれが放出に『断固反対』であることは変わらない」と述べ、重ねて反対する考えを示しました。
 そのうえで「これまでにも風評被害は発生していて、なんの落ち度もない漁業者が不利益を被ることに不安を感じている。結果を実感できる対策を講じるよう、今後も国に求めていく」と述べました。
 また、全漁連=全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長も「処理水の海洋放出に反対であることは、いささかも変わるものではない。引き続き、漁業者や国民への説明、風評被害対策のほか、処理水の安全性の担保などについて、国としての真摯な対応を求める」とするコメントを発表しました。

 東電 小早川社長 “地元に丁寧に説明を尽くす”

 会議に出席した東京電力の小早川智明社長は記者団に対して、「国としては、さまざまなプロセスを総合的に勘案して、春から夏ごろという形で幅を持たせたと認識している。われわれの役割である工事の竣工と、しっかりとした運営ができる体制作りについては、引き続き、春ごろを目指していく」と述べ、会社としては春ごろの放出に向けて、準備を進めていく考えを示しました。
 また、地元への対応については、「地元の理解がしっかり進んでいる状況にはないと思うので、さまざまな不安と懸念に、しっかりと向き合って丁寧に説明を尽くし、1人でも多くのご理解を醸成できるよう努めていきたい」と強調しました。

 西村経産相 “理解得られるよう先頭に立って取り組み進める”

 会議に出席した西村経済産業大臣は、閣議のあとの記者会見で、「情報発信の強化によって、理解醸成の取り組みを進めている。海洋放出に向けて、安全性の確保と風評対策の徹底に万全を期していきたい」と述べました。
 そのうえで、「放出後のモニタリングの強化や、被災地の水産物の消費拡大などの環境整備に取り組むと同時に、こうした取り組みについて地元のみなさんにも繰り返し説明していきたい」と述べ、地元の理解が得られるよう先頭に立って取り組みを進める考えを示しました。

 宮城県 村井知事「やむを得ないものだと思う」

 宮城県の村井知事は13日夕方、記者団に対し、「福島県や福島県内の自治体が理解を示したということで、春から夏にかけて放出することはやむを得ないものだと思う」と述べ、一定の理解を示しました。
 一方で、「放出されたとしても、県として、それ以外の方策も粘り強く求めていきたい」とも述べ、海洋放出以外の方策やトリチウムの着実な除去を引き続き、求めていく考えを示しました。
 また風評対策について、海洋放出をする前から風評は起きると指摘し、放出前から対策を講じるよう国と交渉していくと強調しました。

 東京電力 “大幅に薄めるなどから人や環境へ影響は十分小さい”

 処理水に含まれるトリチウムという放射性物質は、日本語では「三重水素」と呼ばれる水素の仲間で、水から分離して取り除くのが難しいのが特徴です。
 宇宙から飛んでくる宇宙線などによって自然界でも生成されるため、雨水や水道水にも含まれるほか、通常の原子力施設でも発生し、日本を含む世界で各国の基準に基づいて、薄めて海や大気などに放出されています。
 現在、処理水の一部にはトリチウム以外の放射性物質の濃度が基準を超えているものもありますが、東京電力は、改めて専用の浄化設備に通し、基準以下になるまで濃度を下げる計画です。
 そのうえで海水を混ぜ、トリチウムの濃度を国の基準の40分の1に当たる1500ベクレルを下回る濃度まで薄めて、海に放出することにしています。
 処理水を海に放出した場合の人や環境への放射線による影響について、東京電力は、基準より大幅に薄めることなどから国際的なガイドラインに沿って評価しても、いずれも十分に小さいと説明し、原子力規制委員会もこの評価を妥当だとしています。

 処理水の量とトンネル工事の現状

 福島第一原発では、溶け落ちた核燃料の冷却や、雨水や地下水が原子炉建屋などの地下に流れ込むことで、一日およそ130トンの汚染水が発生しています。
 この汚染水から放射性物質の大半を取り除いたあとに残るトリチウムなどを含む処理水は、原発の敷地内にある1000基余りのタンクで保管していて、その量は今月5日時点で、保管できる容量の96%に当たる132万トンに達しています。
 このままのペースで増え続ければ、ことしの夏から秋ごろには、すべてのタンクが満杯になるということです。
 処理水は、基準を下回る濃度に薄めたうえで、原発の沖合およそ1キロから海底トンネルを通して海に放出する計画で、去年8月から本格的に始まった工事は現在800メートルまで掘削が進んでいます。
 東京電力は、ことし春ごろの工事完了を目指していますが、海上の気象条件によっては、夏ごろにずれ込む可能性もあるとしています。

 “政府の理解醸成” 取り組み状況は

 政府は、処理水の放出によって風評被害を起こさないよう、徹底した安全性の確認と周知、それに全国での安全・安心に向けた理解醸成を柱に取り組むとしています。
 具体的には、先月、全国放送のテレビコマーシャルやインターネット動画サイト、新聞などでの広告を展開し、今後も多様な手段での情報発信を拡充するとしています。
 また、流通や小売り事業者、それに消費者団体などに対しては、福島第一原発の視察やシンポジウムへの参加を促すなどしていて、政府はこうした取り組みに一層注力するとしています。
 一方、全国的な理解がどの程度進んでいるか確認するための大規模な調査などは、今のところ予定していないということで、資源エネルギー庁は、「理解の程度をどうはかれるかという問題がある。あくまで説明会や対話における反応や懸念を受け止めながら活動を続けるしかない」ととしています。

 漁業関係者の理解はどこまで

 処理水の海への放出に反対の姿勢を崩していない漁業関係者に対し、政府は、支援のための大型の基金を設置するなどして、理解を得たい考えです。
 昨年度、水産物の販路拡大の支援や処理水の放出による風評被害で需要が落ち込んだ場合に、冷凍可能な水産物を買い取る事業などにあてる300億円の基金を設置したほか、去年11月には全漁連=全国漁業協同組合連合会の要望に応じる形で、長期的な事業継続に向けた漁場の開拓などの取り組みを支援する500億円の基金を新たに設けました。
 新たな基金の設置について全漁連は、「信頼関係に向けての姿勢と重く受け止めた」としたうえで、「このことのみで漁業者の理解が得られるものではなく、全国の漁業者・国民の理解を得られない海洋放出に反対であることは変わるものではない」とする談話を発表し、引き続き、漁業者の不安払拭に取り組むよう求めています。

 専門家「理解がどのくらい広がっているか確認が必要」

 原発事故と風評影響に詳しく、国の処理水の処分をめぐる有識者会議の委員も務めた福島大学の小山良太教授は、放出の開始時期が示されたことについて、「漁業者を含め地元の関係者は、理解が広がらないことでいろいろなうわさや誤解が生まれることや、消費者が『よくわからないので避けておこう』となることをいちばん心配している。そういう状況の中で放出の時期だけが先行して決まってしまうと、やはり不安に思うのが当然だ」と指摘しました。
 そのうえで政府の風評対策について、「目的は正確な情報を多くの国民や諸外国に理解してもらうことだ。その理解がどのくらい広がっているのかは一度確認する必要がある。理解度が何%ならいいかはなかなか難しいが、理解が足りない部分がないか、アプローチのしかたに課題がないか検証していくためにも、アンケートなどを行う必要がある」と話していました。

 「処理水放出」めぐる最近の動きと発言

 処理水の放出をめぐって福島県では、この年末から年始の間だけでも関係者の間で、さまざまな動きや発言が相次ぎました。

 【風評賠償基準とりまとめ】先月23日、東京電力は、処理水を放出したあとに風評被害が生じた場合の賠償の仕組みをとりまとめ、地元の協議会に報告しました。この中で賠償の対象は、直接、風評被害を受けた事業者だけでなく、間接的に損害を受けた取引先を含むとし、また地域や業種を限定しないなどとしています。

 【年頭あいさつでも】東京電力と福島県はそれぞれ、今月4日の仕事始めで、処理水放出に向けたメッセージを発信しました。東京電力福島復興本社の高原一嘉代表は、福島第一原発で社員を前に、「去年の夏には海への放出に向けた設備の本体工事に着手したが、県知事などからは理解醸成がまだ不十分だという言葉をいただいた。引き続き、科学的根拠に基づいて処理水や設備の安全性、そして放出前後の海洋モニタリングについて国内外に、丁寧かつわかりやすい情報発信をしていく必要がある」と述べました。一方、福島県の内堀知事は、「処理水の放出は、福島県だけでなく日本全体の問題であり、県民や国民の理解を深めていくことが重要だ。政府一丸となって万全な風評対策に取り組むようあらゆる機会を通じて強く求めていく」と述べました。さらに、県庁を訪れた東京電力の会長と社長に対し、処理水の放出で新たな風評被害を発生させないよう、改めて求めました。

 【初競りの水産業者も】福島県沖でとれる水産物を扱う関係者も処理水放出をめぐる動きに神経をとがらせています。今月5日、いわき市で行われた初競りに参加した卸売り会社の担当者は、「処理水の海洋放出に伴う風評が大きくなるかどうかを左右することになるので、国は安全性をしっかりアピールしてほしい」と話していました。

 【処理水CM広告の受け止めは】一方で、風評被害を起こさないためには、一般の消費者の間での放出計画への理解が欠かせません。経済産業省は、計画への幅広い理解を進めようと、先月からテレビコマーシャルや新聞広告などを使った広報を始めました。このうち、「みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと」と題した30秒の動画では、「なぜ処分が必要?」「海に流して大丈夫?」などの疑問を提起したうえで、処理水に含まれるトリチウムの濃度が、国際的な安全基準よりも低い根拠を、グラフを用いて説明しています。新聞広告でも「環境や人体への影響は考えられません」などと、安全性を強調しています。
 動画を見た人たちからは、さまざまな声が聞かれました。福島市の男子高校生は、「放射線を知らない人もいるので、CMを放送することで全国的にいろんな人に広まるのであればいい取り組みだと思います」と話していました。また、福島市の70代の女性は、「なぜ安全なのかということを知らせる場がなく、本当に安全かどうか不安な人もいると思う。動画を見る機会が多いほうが安心すると思うが、私自身は信頼していない」と話していました。
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