[2023_01_02_01]大規模停電でも電気が復旧しなくなる…日本のエネルギー問題、「技術者不足」がもたらす悲惨すぎる未来_河合雅司(現代ビジネス2023年1月2日)
 
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大規模停電でも電気が復旧しなくなる…日本のエネルギー問題、「技術者不足」がもたらす悲惨すぎる未来_河合雅司

 出生数が急減している人口減少日本で各業種・職種や公共サービスに何が起こるのか?
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 発電方法を選んでいる余裕はない

 政府のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が、脱炭素社会の実現に向けた基本方針をまとめ、原子力発電所の建て替えや原則40年としてきた運転期間の延長を打ち出した。
 政府は東日本大震災を受けて原発の新増設や建て替えを「想定しない」としてきていたが、基本方針では「将来にわたって持続的に原子力を活用する」と明記しており、百八十度の政策転換である。
 ロシアのウクライナ侵攻によって世界はなりふり構わぬエネルギー獲得競争に突入した。もはや日本も「きれい事」を言っていられなくなったということだ。
 火力発電所は老朽化して休止・停止が相次ぎ、ロシアからの液化天然ガス(LNG)の供給もいつ途絶するか分からない情勢にある。昨夏に続き、今冬も電力不足に伴う大停電の不安がぬぐえない。
 他方、異常気象による自然災害は頻発しており、地球温暖化対策も待ったなしだ。脱炭素とエネルギーの安定供給を同時に成立させるには原子力への回帰しかないという判断である。
 原発に対する国民の不信感は根強いが、電気代などの相次ぐ値上げは企業活動や国民生活を直撃しており、「拙速」や「強引」との批判を覚悟の上で原発の積極活用へと大きく舵を切ったということであろう。
 言うまでもなく、エネルギーは社会生活の基盤中の基盤である。多くの機器が電化された現在、とりわけ電気の安定供給は国家としての最重要課題である。切羽詰まった日本に発電方法を選んでいる余裕などないというのが現実だ。

 6000人弱で8万キロの送電線を点検できるか

 だが、積極的な原子力発電に踏み出せば、日本の電力事情がただちに好転するわけではない。
 発電方法ばかりに関心が集まっているが、日本のエネルギー問題にはもう一つ大きなアキレス腱がある。全国に張り巡らされた送配電網を維持・管理する技術者の不足だ。
 どのようなエネルギーで発電しようとも、利用者に安定的に電気が届かなければ意味をなさず、われわれは「便利な生活」を手に入れることはできない。
 電気に関連するあらゆる分野で人手不足が進んでいるが、例えば送電線だ。
 「ラインマン」と呼ばれる建設や保守・点検を担う技術者は、新規就職者が少ないだけでなく、若手社員が早期退職するため人手不足が慢性化している。
 山奥に分け入るだけでも重労働だが、鉄塔に登り、電線に宙乗りとなって作業を行う業務のため長期間の訓練を要する。適性が問われ、誰でもできる仕事ではないこともハードルとなっている。
 一般社団法人送電線建設技術研究会の資料によれば、2000年度には7406人を数えたが、2020年度は5786人(うち作業員3948人、作業責任者1838人)だ。ここまで減った背景には少子化の影響がある。どの職種もそうであるように、ラインマンの人手不足もより深刻になることが予想される。 
 一方で、国内の鉄塔と送電線の老朽化は著しく、現在は毎年1000基のペースで更新が必要になっている。送電線鉄塔は約24万基、電線総延長(亘長)は約8万キロにおよぶが、経済産業省の資料によれば鉄塔の3割弱にあたる6万5000基は1970年代の建設だ。同省はこれから建て替えや大規模修繕の必要性が高まるとしている。
 わずか6000人弱で8万キロもの送電線を保守・点検するだけでも大変だというのに、こうした需要増が加わったのでは人手不足はさらに深刻化しよう。
 最近はドローンでの点検や、傾斜地にも対応する鉄塔建設用のクレーンが登場して作業の省力化も進んではいるが、すべてを機械任せとは行かない。
 送電線と樹木が接触すると大規模な停電を起こすため定期的な伐採作業が必要で、これなどは技術者が現場に出向かなければならない作業の1つである。

 ベテラン技術者引退で技術の承継が進まない

 さらに問題なのは、大型新設工事を経験してきたベテラン技術者の多くが引退時期に差し掛かっていることだ。技術者の絶対数が減るだけでなく、経験に裏打ちされた熟練技術の承継が進んでいないケースもみられる。
 送配電以外でも技術者の不足は深刻化している。経産省の資料によれば、2030年度時点で第2種電気主任技術者が1000人程度、第3種電気主任技術者(外部委託)が800人程度不足するという。
 再生可能エネルギーなど新しい電源の接続によって送変電容量が足りなくなる場合には送電線や変圧器の新設といった設備の補強工事が必要となることなどもあって、将来的にはさらにこれらの技術者の不足は拡大する見通しだ。
 経産省は、第2種電気主任技術者について地域偏在も懸念している。風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーは、風量や日射量などの自然条件によって適地が選ばれる。このため、その発電施設は地方の山間地に立地することが多い。
 ところが、人口減少が先行する地方では若い技術者を確保することは困難で、都市部に住宅を取得しているベテラン技術者にはいまさら転勤したがらない人が多いのだという。この結果、都市部の現場に技術者が集中し、地方では採用が困難な状況が生じている。
 技術者不足は地方だけの話ではない。都市部での再開発に伴うビルの建設ラッシュも要因となっているためだ。新しいビルが建っても電気主任技術者がいなければ、そのビルは利用することができない。
 年末の大雪では各地で停電が起きたが、電気主任技術者が少なくなったならば復旧までの時間はこれまで以上にかかる。これらの事例だけでも分かるように、技術者不足が社会に及ぼす影響はかなり大きい。
 先述した鉄塔や送電線の老朽化に伴う建て替えや大規模修繕に加えて、再生可能エネルギー導入に伴う新設や、地方から電力需要の大きい三大都市圏などに電気を送れるようする地域間の連係線増強もあり、電気事業をめぐる工事の需要は増加する一方だ。
 もしこのまま技術者の人手不足や地域偏在を放置したならば、日本は2050年までの温暖化ガス排出量実質ゼロという目標を達成する前に、電気が不安定な「貧しい国」へと陥ることとなる。

河合 雅司(作家・ジャーナリスト)
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