[2023_01_23_03]「原発回帰」大転換に政府審議会委員が激怒する訳 原発推進が前提?発揮されない「聞く力」(東洋経済2023年1月23日)
 
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「原発回帰」大転換に政府審議会委員が激怒する訳 原発推進が前提?発揮されない「聞く力」

 政府は昨年12月下旬、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針案」を策定し、原発の新規建設や運転期間の延長、再稼働推進を柱とする“原発回帰”にかじを切った。2011年の東京電力福島第一原発の事故以来の大きな政策転換になる。
 ところが、これだけ大きな判断だったにもかかわらず、政策決定のプロセスには国民の声が反映されていないという。経済産業省の審議会「総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会」委員の松久保肇氏が、その実態を語った。

 政府はリスクを背負って原発回帰を決めたのか

「総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会」は、政府のエネルギー基本計画のうち、原発政策を審議する。2014年6月の第1回以来、2022年12月まで35回の会合を重ねてきた。松久保氏は認定NPO 法人・原子力資料情報室の事務局長。2022年2月の第24回会合で、同NPO法人の伴英幸・共同代表に代わって就任した。

――まずは、原発施策についての見解を聞かせてください。

 原発事故翌年の2012年に福島原発事故検証委員会(民間事故調)がまとめた報告書を見て、驚きました。そこには、民主党政権の依頼によって原子力委員会委員長の近藤駿介氏(事故当時)に出してもらった、最悪シナリオが掲載されていた。そのシナリオでは、東京を含む原発から半径250キロ圏内は、任意避難の対象となっていた。助かったのは、4号機で水がなかったはずの場所に水があったからです。工事が遅れて水が抜かれていなかったのが原因でした。
 「人間の能力の限界を超えたところにある原子力発電のシステムに乗っかっていくのはありえない。まだ原子力を使おうというのが信じられない。原子力はいろんな人の犠牲で成り立っている。このシステムがあったら、当たり前の暮らしができなくなる」と思い、勤務先の金融機関を退職し、民間シンクタンクの「原子力資料情報室」に入ったわけです。
 今回、政府は運転長期化を進めることを決めましたが、日本の原発は設計寿命40年で作られている。寿命を過ぎれば過ぎるほど壊れやすくなる。原発は壊れることを許されたシステムでしょうか。海外では地震の少ない国で原発が活用されていますが、地震の多い日本では大きなリスクです。国が滅びるレベルになってくる。政府はそのリスクを背負って原発回帰を決めたのか、非常に疑問です。

――経済産業省の原子力小委員会は、どのような委員構成でしょうか。

 設置当時の2014年には(『脱原子力国家への道』を著した)吉岡斉・九州大学教授ら、原発に厳しい方々もいたのですが、入れ替わるたびに推進派の割合が増えていきました。
 今は脱原発の意見を言うのは委員21人のうち私を含め2人しかいません。委員長は山口彰・原子力安全研究協会理事で、委員は朝野賢司・電力中央研究所社会経済研究所副研究参事ら。3人いる専門委員は、日本原子力産業協会理事長、全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)会長、電気事業連合会原子力開発対策委員長(関西電力副社長)。いわゆる新電力の人は当初はいたのですが、もういません。委員の構成からして原発推進は圧倒的多数で、(推進は最初から)決まっているのです。
 昨年8月に岸田首相が原発回帰を検討すると述べてから、小委員会でもそれが議題になりました。しかし、小委員会では意見を言う際に「3分程度」と指定され、経産省が最後に答えて終わる。議論にならないのです。私は原発の危険性やコスト、廃棄物の処分方法が決まっていないことを訴えてきました。経済的な観点で言うと、原発の建設費はかつて1基数千億円でしたが、福島の事故後は安全性を高める必要性が出て、1基1.5兆円から2兆円には跳ね上がっています。維持費にも何兆円もかかる。
 11月28日の小委員会には「3分の発言時間内に言い尽くせるものではない」として、意見書も提出しました。意見書では、「原発推進方針は福島第一原発事故の教訓を放棄するもの」との総論を掲げ、「原発再稼働の推進は大規模停電リスクの増加にもつながる」などと8ページにわたって問題を指摘しました。

 プレゼンをしてもまったく反映されない

――パブリック・コメントで国民から意見を求めるよう、小委員会で主張してきたとも聞いています。

 原発施策が「推進」に大きく後戻りする大事なときに、国民の意見を聞かないことは最も大きな疑問です。「国民の意見を聞くべきだ」と主張すると、私にプレゼンテーションするように言ってきました。10月にリモート会議でプレゼンしましたが、まったく反映されない。それどころか、私の意見を聞いたことで国民の意見を聞いたことに代替されてしまったのです。いくら何でもあんまりだと思いました。
 小委員会の取りまとめとなる12月8日には、委員長一任で会議を終了しそうになった。それで、私と同様に脱原発を主張している村上千里委員(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会理事)が「私、手を挙げているんですけど」と声を上げた。そして、
 「全国消費者団体連絡会からもエネ庁および委員長に意見書が提出されていると認識しておりますし、9月には大阪消費者団体連絡会や主婦連合会からも今回の検討の方向性について考えを撤回するべきであるというような声明も出されております」
 「パブコメで聞いた意見というのをちゃんと踏まえたうえでもう一度議論をするというのであれば、国民的な議論の一部、十分ではないとは思いますが、そういうことになるかと思うんですけれども、パブコメの後、ちゃんとこれが議論されるのかというところで、多分されない、スケジュール的にされないだろうということを考えると、やっぱりまったく納得できない」

 と言い、(委員長一任での議論打ち切りに対し)再考を求めました。
 私も手を挙げ、「強引な進め方はやはり政策に対する国民の信頼を明らかに損ねるものだと思う。最低限のパブリック・コメントぐらいはやる程度の姿勢を見せるべきだ」と述べました。

――しかし、反映されずに会議は終了してしまったのですよね。その10日後、西村康稔・経産大臣に直接言う機会がきたのですね。

 12月18日のNHKの日曜討論「原発・エネルギー政策を問う」から私に出演依頼があったんです。西村大臣がメイン出演し、4つのテーマで話すという説明がありました。西村氏と初めて顔を合わせました。
 この番組で、松久保氏は次のように主張した。
 「原子力小委員会の委員21人のうち2人しか脱原発がおらず、国民の意見も問わずに決めた。民主党政権時代にはパブコメ、討論型世論調査などやってきた。今回丁寧なやり方をやらず、わずか3カ月で決めたことは非常に問題だと思います」
 西村大臣の答えは、次のような内容だった。
 「エネルギー価格が上昇し、需給逼迫も考えられるとして、30数回、1年にわたって議論してきています。総合エネルギー調査会ですべてフルオープンにしてさまざまな意見をうかがってきました。とくに慎重な方のご意見をうかがう会も2回設けてヒアリングを行い、かなりの回数を重ねて議論してきた。適切なタイミングでパブコメを実施したいと思う。国民の皆様にも丁寧に説明しながら、ご意見をいただきながら進めていきたいと考えています」

 議論はさらに続いた。

 松久保:「フランスは56基ある原発のうち30基が止まっている。配管の劣化、点検、トラブルとか。電力需給逼迫が起こっている。(中略)劣化事象によって、安全性が損なわれて運転が止まるということもありうる」
 西村:「フランス、イギリス、アメリカ、オランダ、こういった国々など運転期間の延長、次世代の革新炉と、両方を追求している。日本も同様の方向で、あらゆる選択肢を追求しながらエネルギーの安定供給を図っていきます」

 丁寧な形で議論を進めていくべき

――議論は結局、どうなったのですか。

 私は原発を使うことが逆に電力需給逼迫を招いていると指摘をしたのですが、西村大臣は答えませんでした。そして番組の最後に、再びパブコメについて聞けました。私はこう言ったのです。
 「原発を積極的にやるとしても、いずれは破綻する。カーボンニュートラルに向けてどんどん時間がなくなっていく中で、まずは原発をどんどん進める政策をまず差し戻し、もう少し幅広い形の専門家を集めて、国民の意見もきちんと聞いて、丁寧な形で議論を進めていくべきだ」と。
 それに対して西村大臣は、審議会での議論はすべてインターネット中継されており、いろんな意見も聞いているとし、「国が前面に立って責任を負う形で説明会を開いたり対話集会をやったりということも考えていかなきゃいけない。パブリック・コメントも求めていきたい」と言いました。
 しかし、パブリック・コメントを求めるといっても、12月22日のGX実行会議で政策を決定したあとに「国民の意見を聞きました」では何の意味もないと思います、と私は西村大臣に指摘しました。

――その後、ようやくパブコメは行われています。

 原発回帰の方針を政府が決定した後、昨年末に始まりました。2月に閣議決定が行われるとみられますが、国民の意見がどれだけ寄せられたか、それを示すことは重要だと思います。小委員会で私たちが「方針決定の前に国民の声を聞くべきだ」といっても実現しませんでしたが、1人でも多く参加してほしいと思います。

 原発事故からもうすぐ12年

 「GX実現に向けた基本方針」のパブコメは、1月22日まで受け付けている。それが終了すれば、ほどなく「3.11」から12年。現在も数万人が避難を続けているほか、現地には政府がバリケードを張って住むことを禁じる「帰還困難区域」が残っている。エリア内は荒れに荒れ、餓死した牛の骨が放置されている場所もある。原発事故以降、政府は避難者支援にも取り組むとしてきたが、実際には避難住宅(約2万世帯)の提供をすでに打ち切り、多くの避難者を苦しめている。
 原発事故以降、5人目の首相となる岸田文雄氏は「聞く力」を売り物にしてきた。自民党総裁選では「第1に、民主主義で最も大切な『国民の声』を丁寧に聞いていきます」「『聞く力』は誰よりも優れている」と訴え、総裁、首相となった。しかし、国民の声を聞かずに原発回帰を決めていく様子を見ると、「聞く力」とは何なのかと思わずにはいられない。
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