[2022_04_15_03]位置付け揺らぐ火力発電 技術・人材維持に「黄信号」(産経新聞2022年4月15日)
 
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位置付け揺らぐ火力発電 技術・人材維持に「黄信号」

 火力発電の位置づけが揺らいでいる。昨冬以降の発電能力不足に伴う需給バランスの混乱局面や再生可能エネルギーの大量導入が進む中、安定・大量に発電可能な「縁の下の力持ち的な存在」として重要性への認識は深まる。ただ、温室効果ガスの排出源として悪玉視される風潮は強まるばかりで、火力の技術や人材維持が難しくなるとの指摘も出る。脱炭素社会を目指す上で「電化」は切り札だが、電力の供給が破綻すれば、理想は画餅に帰す。中長期を見据えたエネルギー論議が求められる。
 「火力発電の将来に対する不確実性の増大により、電力会社、メーカーの双方で火力分野の専門人材が減少している」
 1月25日、経済産業省資源エネルギー庁は、総合資源エネルギー調査会電力・ガス基本政策小委員会でこう指摘した。火力発電の将来に対し、いわば黄信号≠灯した形だ。
 火力発電を取り巻く環境は厳しい。政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」の目標のもと、大量の温室効果ガス排出要因としてやり玉にあげられ、規制や金融面での圧力にさらされている。昨年、大手商社の丸紅と関西電力が秋田県内で、また、電源開発が山口県内でそれぞれ検討していた石炭火力発電所の新設計画は中止に追い込まれた。現状を象徴する判断だったといえる。

■「大きな役割」

 「技術者は(タービンなどで発電する)地熱や風力といった再エネでも活躍できる。(東南アジアなどの)海外の非効率火力への技術導入もある」
 15日、電気事業連合会の池辺和弘会長(九州電力社長)は定例記者会見で、火力の技術や人材の中長期的な維持について、こうした見方を示した。
 確かに、九電は、火力部門の社員を再エネ部門にも配置するローテーションを組み、海外でのコンサル事業受注なども進める。また、令和元年12月には、国内で最新鋭となる高効率の松浦火力発電所2号機が運転を始め、西部ガスとは、福岡県内で天然ガス火力発電所の新設を決めた。
 エネ庁ほどの悲観論に立たないのは、本丸となる火力発電部門を含め自社でフィールドを維持、拡充できているとの自信からだ。
 「火力発電所は今後も大きな役割を担う。みなさんはそれを支える技術者に成長してほしい」
 4月1日、池辺氏は九電の入社式後、研修施設に集まった火力発電部門の新入社員にこう呼びかけた。同社が運転する電源のうち、火力発電所は54・7%(合計出力約960万キロワット)を占める主力電源だ。最新鋭機の運転を始めた以上、向こう数十年は技術や人材の維持、養成を続ける。
 とはいえ、不安要素はある。ある九電幹部は「新増設などが難しくなり、受注機会が減っていくプラントメーカーがどこまで持ちこたえられるかという問題はある」と指摘する。

■歴史は繰り返す?

 火力業界の未来を予想する上で、原子力産業が陥っている苦境は見逃せない。
 東日本大震災後、原発の新設が進まないことなどを理由に、一部の事業者が撤退を決めた。設計図やノウハウの譲渡などサプライチェーン内での自助努力は重ねられる。それでも、原子炉内に挿入される核燃料をカバーし放射性物質の漏出を防ぐ被覆管の製造メーカーが解散し国内調達が不可能になるケースも生じるなど、体制の維持は年々難しくなっている。
 部品だけでなく人の不足も深刻だ。日本電機工業会のまとめでは、大手メーカーで、大型設備の製造に不可欠な溶接や組み立て、機械製造に携わる技術者は平成22年度からの10年で、45%減少した。原子力事業者の就職説明会「原子力産業セミナー」でも、専攻が原子力関連でない学生の参加数は大幅に落ち込む。
 将来が見通せず、社会的な風当たりも強い中、技術継承は綱渡りを余儀なくされ、さらに人材も減少していく構図だ。
 東日本大震災以降、一部メディアや反原発団体は関連産業を「原子力ムラ」などと強く批判している。これは国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)のたびに、火力発電などに批判的な国際NGOが独自に認定する「化石賞」がもてはやされる状況とも重なる。業界関係者は「原子力の状況は、火力にとって対岸の火事とはいえない。歴史が繰り返されかねない」と嘆息する。
 脱炭素社会の実現に向け再エネの導入拡大と並行し、原子力の最大限の活用や火力関連技術の向上などあらゆる手段が必要だ。そんな中、エネ庁が火力に灯した黄信号≠軽くみてはならない。政府は問題をエネ庁だけに押し付けず、事業者任せにもせず、社会全体が技術面から冷静な判断を下せる環境づくりを率先して進めることが求められる。(中村雅和)
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