[2022_02_08_03]NASAが月面に原子力発電所を建設へ 中国も100倍出力で追随、安全性は(ニューズウィーク2022年2月8日)
 
参照元
NASAが月面に原子力発電所を建設へ 中国も100倍出力で追随、安全性は

  
──月面での探査活動に用いるため、NASAは今後10年内に小型の原子炉を月に設置する

 宇宙探査で用いられる電源のひとつに、太陽光発電がある。しかし月面においては、必ずしも最適なエネルギー源とはいえないようだ。月の夜は地球時間で14日間ほど続き、このとき発電は停止してしまう。探査活動の拡大に伴い、太陽光に頼らず常時稼働できる電源の確保が急務となっている。

月面の原子力発電所のイメージ動画

 そこで白羽の矢が立ったのが、原子力エネルギーだ。米エネルギー省管轄の原子力研究機関である国立アイダホ研究所(INL)は昨年11月19日、月面における原子力発電システムの設計パートナーをNASAと共同で公募するとの声明を発表した。INLは声明のなかで、NASAの月面ミッションに用いるべく、「太陽に依存しない、高耐久かつ大容量の電源」を2030年までに建設したいと述べている。
 計画中のシステムは核分裂地表発電システム(FSP)と呼ばれ、一般家庭数軒分の電力に相当する10キロワットを供給する。このシステムを4つ建設することで、最低でも設置から10年間にわたり、月や火星での「強力なオペレーション」に必要な電力を賄うことができるという。
 INLのプロジェクトリーダーであるセバスチャン・コルビシエロ氏は「信頼のおける高出力のシステムを月面に設けることは、有人探査における次なる必要不可欠なステップであり、その達成はすでに手の届くところにあります」と必要性を強調する。NASAは2020年代後半にまずは月面で稼働させ、続いて火星にも展開したい意向だ。
 宇宙開発分野では原子力電池が実用化されているが、これは臨界反応ではなく崩壊熱を電気に変換するものであり、原子炉とは異なる。比較的新しい火星探査機「キュリオシティ」に搭載されているものでも電気出力は100〜125ワット程度と、計画中のFSPシステムのおよそ100分の1の規模だ。

■ キロパワー計画を継承

 この計画は、すでに終了したキロパワー計画の後釜となるものだ。同計画のもと、NASAと米エネルギー省は2018年、真空状態下で原子炉を稼働させるテストを行なっている。
 実験は地上のラボに設けられた真空チェンバーのなかで行われた。小型の炉心のなかで高濃縮ウラン燃料を反応させ、生じた熱をナトリウム製の導熱パイプを通じて取り出す。この熱によりスターリングエンジンと呼ばれる内燃機関内のガスの体積を変化させ、核分裂反応から電力を得ることに成功している。
 NASA宇宙技術ミッション局のジム・ロイター副長官代理は当時、「安全、高効率かつ潤沢なエネルギーが、未来のロボット探査および有人探査への鍵となるのです」と述べ、原子炉の必要性を強調した。
 キロパワー計画ではさらに、安全性の検証を目的のひとつに据えていた。原子炉の出力低下、エンジンの不具合、導熱パイプの損傷など複数のトラブルを人為的に発生させ、故障に対応できることを確認したという。主任エンジニアのマーク・ギブソン氏は、「我々はこの原子炉を非常によく理解しており、設計通り動作することがテストによって証明されました」と胸を張る。

■ 小型の「原子力発電所」

 このたび設計案の公募がはじめた月面での原子力システムは、この成果を引き継いだものだ。宇宙ポータルの『Space.com』は、いかにサイズを抑えるかが設計の鍵になるとみる。少なくとも部品の状態でロケットによる打ち上げ可能なサイズとすることが求められており、最大サイズは長さ約4メートル、直径約6メートル以下でなくてはならない。また、原子炉の総重量は6トン以下という制限がある。
 このように原子炉は小型であるものの、地上にある既存の原発と同様、ウラン燃料を用いた核分裂反応をもとに電力を得るしくみだ。NASAは計画のなかで「原子炉(nuclear reactor)」との表現を用いているが、すでに複数の海外メディアが月面における「原子力発電所(nuclear power plant)」だと表現している。
 2020年の計画時点で米CNBCは、「NASAと米エネルギー省は、月面および火星に原子力発電所を建設し長期的な探査計画の糧とすべく、業界から企画案を募集する」と報じた。『スペース.com』も2021年11月30日、「2030年までにNASAが月面に原子力発電所を建設の意向」として取り上げている。
 小型だが立派な原子力施設となれば、設計には細心の注意が求められる。こと定住者のいない月面では、万一の事故時には対応手段が限られることになる。英サン紙は、「エンジニアたちはまた、原子炉がメルトダウンに至らないよう冷却しておく方法も考えなければならない」と指摘する。月では昼夜の温度差が最大300℃近くになることから、「これは厄介な問題となる可能性がある」との見解だ。

■ 各国が積極姿勢、安全性に疑義も

 月面探査用の電源として原子力エネルギーは有望視されており、アメリカ以外では中国が興味を示している。計画は秘密裏に進められているが、関与した科学者のうち2名が、原子炉のプロトタイプの設計が完成したと明かしている。香港のサウスチャイナ・モーニングポスト紙が報じた。主要部品の一部はすでに製造されており、完成時の出力は1メガワットになるという。NASAが計画しているシステムの100倍に相当する。
 米技術サイト『インタレスティング・エンジニアリング』はこの件を取り上げ、「中国の原子炉計画が内密に進められていることから、例えば打ち上げの失敗により放射性物質が軌道上に撒き散らされるなどの事故時などにおいて、政府の規制が行き届かないのではないかとする懸念が一部に存在する」と指摘している。
 ほか、宇宙開発における原子力利用については、ロシアがメガワット級の原子炉を備えた輸送船を開発中、欧州宇宙機関も200キロワット級原子炉の地上テストを目指している。有望なエネルギー源として採用が進む反面、事故対応をどう想定するのかが課題となりそうだ。

青葉やまと
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