| [2025_11_05_04]じつは、中国から太平洋に飛んでくる「ある生物」が、二酸化炭素濃度の決め手だった…「日本の年間排出量の100倍を海で吸収できる可能性」を握る、驚きのメカニズム 牧輝弥(現代ビジネス2025年11月5日) |
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04:00 私達の目には見えませんが、空気中には多くの微生物が飛び交っています。 こうした空気中に存在する微生物「大気微生物」は人類にとって最も身近な微生物であり、私達の健康にも少なからず影響を与えています。さらに、近年の研究では地球の気候、物質循環、そして生命の誕生と進化にまで大気微生物が貢献している可能性が明らかになってきました。 そんな「見えざる小さな巨人」、大気微生物とは一体どんな生き物なのでしょうか? その正体に迫ったブルーバックスの『空飛ぶ微生物』から、興味深いトピックの数々をご紹介していきましょう。 世界中に舞っている砂漠からの砂塵。じつは、この砂塵が、海洋の微生物にとっては、なくてはならない“恵み”となっていました。また、こうして恵みを受け取る微生物のなかには、大気中の二酸化炭素を有機物などに変換する炭酸固定(炭素固定)にも大きな影響を与えています。 今回は、砂漠からの砂塵と海洋微生物の、意外な関係についての解説をお届けします。 【書影】空を飛ぶ微生物 *本記事は 『空飛ぶ微生物』 (講談社・ブルーバックス)の内容を、再構成・再編集のうえ、お届けします。 世界中に飛散する砂塵 高高度にまで舞い上がった微生物は、風に運ばれ地球規模で拡散します。地球の全大気には10の20乗細胞の微生物が含まれ、その総体積は100m3以上と膨大です。 しかも、大気微生物の大部分が流動的に動いており、その影響は広範囲に及びます。微生物が地球規模で拡散される原動力は、黄砂などの砂塵です。黄砂以外にも世界中には様々な砂漠で生じる砂塵があり(図「世界の砂塵」)、いずれも微生物の運搬体として注目されています。 これまでの記事、例えばこちらでも述べましたが、砂漠で舞い上がる砂塵は主に砂の鉱物粒子で構成されていますが、砂漠からの植物や動物糞の断片などの有機物も含まれます。そこに微生物も付随して風送されるわけです。 【図】世界の砂塵 世界の砂塵。灰色部分は砂漠(乾燥地)を示し、矢印の方向に長距離輸送される砂塵が発生する *参考記事:悲しすぎる運命。太陽からの紫外線で、あっという間に死に至る…あまりに、儚い微生物たちが手に入れた「砂つぶほどの箱舟」という、驚愕の移動手段 「海の砂漠」で、貴重な餌となる黄砂 黄砂や煙霧などの越境粒子は、海洋へも沈着します。貧栄養海域であれば、沈着する大気粒子の成分が栄養となり、海洋微生物の増殖を促し、海洋生態系に影響を及ぼします。 太平洋や大西洋の真ん中の海域の表層海水は、有機物、窒素、リンや必須元素(特に鉄)などの生物増殖に必要な栄養が枯渇し、生物量も希薄です。外洋は海の砂漠と呼ばれ、微生物にとっては陸の砂漠よりも過酷な極限環境かもしれません。 このような海の砂漠に大気粒子が降ってくると、微生物にとっては空からの恵みになるわけです。 黄砂や煙霧に左右される、植物プランクトンの命 ところで、大気粒子に含まれている何が微生物にとって栄養や餌になるのでしょうか? まずは窒素源です。汚染大気である煙霧の粒子には、燃料燃焼で生じる硝酸塩が多く含まれており、植物プランクトンの窒素源になりえます。 植物プランクトンに含まれる光合成色素のクロロフィルを人工衛星のカメラで捉えると、大規模な汚染大気や黄砂が海洋へと広がるのに合わせて、外洋でクロロフィルが顕著に増えるのがわかります(図「黄砂による外洋のクロロフィル量の増減」)。黄砂や煙霧の粒子が栄養源になって、外洋で植物プランクトンが増殖したのです。 しかし、黄砂や煙霧が収まると、再びクロロフィル量は減少し、もとの貧栄養状態に戻ります。 【図(グラフ)】黄砂による外洋のクロロフィル量の増減 黄砂による外洋のクロロフィル量の増減 (Li and Wang(2024)をもとに作成) もう一つの重要な栄養素「鉄」 一方、窒素源が豊富でも、植物プランクトンが増殖しない海域もあります。高栄養塩・低クロロフィル海域と呼ばれています。このような海域では、鉄イオンが不足し、植物プランクトンの増殖が制限されています。 我々も鉄分不足になると貧血でクラクラするように、微生物も鉄が不足すると不調になり増殖できなくなります。このことを利用した殺菌剤がジチオカルバミン酸イオン(NH2CS2ー)で、鉄などの金属イオンと結合するため、細菌の金属イオン摂取を妨害する殺菌効果があります。 黄砂などの砂塵が、こうした高栄養塩・低クロロフィル海域に大陸から飛来し沈着すると、鉄イオンの供給源となります。 ただし、鉄イオンには三価(Fe3+)と二価(Fe2+)の2種類があり、三価の鉄イオンは海水には溶けにくく、植物プランクトンは利用できません。一方、二価の鉄イオンであれば、水溶性であり、生物体内に取り込まれやすくなります。 陸地から河川水などで供給される多くの鉄イオンは、海水中の酸素で酸化され、三価の鉄イオンになり、外洋に行き着くまでには沈むので、栄養にはなりません。そのため、外洋では鉄不足になるのです。大気粒子に含まれる鉄も、そのままでは三価の鉄イオンになり、海洋に沈着すると同時に沈殿してしまいます。 食べにくい食材をごちそうにする「空飛ぶ鉄の料理人」 ところが、大気中の細菌のなかには、鉄イオンを三価から二価へと還元する酵素を使って、効率よく鉄を摂取するグループがいます。また、輸送される黄砂に太陽光が当たると、三価の鉄イオンが二価へと光還元されるという報告もあります。 さらに、大気中からよく検出されるバチルス属やシュードモナス属などの細菌は、鉄を摂取するために鉄イオンと結合するシデロフォアという有機錯体を生成し、鉄を水に溶けやすくします。芽胞形成菌であるバチルス属の細菌は、黄砂粒子の上で生き残りやすく、優占して風送先に運ばれます。山野の植物圏に由来する大気粒子であれば、シュードモナス属が属するプロテオバクテリア門の多様な細菌群を伴います。 【写真】バチルス属のひとつ枯草菌 バチルス属のひとつ枯草菌 photo by gettyimages そのため、大気粒子に含まれる鉄イオンは、二価で溶存態であるか、三価であってもシデロフォアと結合しており、海水に溶けやすくなっているのです。 すると、植物プランクトンは、高栄養塩・低クロロフィル海域に浮遊していても、大気粒子が沈着すれば、海水に溶存した鉄イオンにありつけるわけです。植物プランクトンにとっては、食べにくい食材が調理され、ごちそうとなって空から降ってくるようなものです。大気微生物は、間接的に植物プランクトンの増殖を促し、地球の炭素固定に貢献しているといえます。 海水一滴の中で生じる、目に見えないドラマ このように目に見えない微生物と化学物質のせめぎ合いが、海水一滴の中で生じているのが海洋です。 鉄や窒素が不足しやすい海域は、地球表層の1/3に及びます。そこに世界中の砂塵が、微量元素や栄養を、海水中の微生物が取り込みやすい形にして運んでいるのです。 もし世界中の全外洋に砂塵が行き渡れば、地球全体の炭酸固定量は現在から約17%増加するといわれています。この増加量は、日本が1年間に排出する二酸化炭素の100倍です。 ただし、大気粒子が沈着すると、すべての微生物が活性化するわけではありません。砂塵の成分を受け取り増殖する特異な微生物種や、その生態模様を次にみていきましょう。 黄砂や煙霧の沈着で、海洋の微生物種はどのように変動するのか 海洋に生息する植物プランクトンの増殖を広域で調べる時には、植物プランクトンがもつクロロフィルを人工衛星で測定し、そのクロロフィル量から植物プランクトン量を求めます。 ただし、クロロフィルは植物プランクトンに共通しているので、総量は分かっても、その種類までは区別できません。さらに、クロロフィルをもたない動物プランクトンや細菌などの動態は調べられません。 そのため、黄砂や煙霧が海洋に沈着したとき、微生物種がどのように変動するのかという問いに答えるには、海水中の微生物の形態を実際に顕微鏡でみたり、その種を遺伝子レベルで解析したりする必要があります。 そこで筆者は、紀伊半島沖合で採集した外洋水に黄砂や煙霧の粒子を加える船上室内実験を実施しました。この実験では、黄砂や煙霧の添加による海水中の栄養塩の量の変化を測定するとともに、微生物の増殖を種類ごとに調べました。 貧栄養の外洋水に黄砂や煙霧の粒子を加えると、粒子から窒素源となる硝酸イオンが溶出し、海水中の硝酸濃度が上がります。増えた硝酸イオンは、植物プランクトンによって消費され、海水中のクロロフィル濃度も2倍から3倍に増えました(図「黄砂添加による海水中の硝酸イオンとクロロフィルa の濃度変化」)。室内実験でも本当に植物プランクトンは増えるのです。 【図(グラフ)】砂添加による海水中の硝酸イオンとクロロフィルaの濃度変化 黄砂添加による海水中の硝酸イオンとクロロフィルaの濃度変化。植物プランクトンが黄砂粒子から溶出した硝酸を消費し、10倍以上に増殖する(Maki et al(., 2021)をもとに作成) 2億年以上前から「地球大気の炭酸固定」に関わってきた植物プランクトン この植物プランクトンを光学顕微鏡で観察すると、シュードニッチア属やキートセロス属などのケイ藻類が優占して確認されました。他の海域でも、同様の海水への添加実験が行われ、やはり大気粒子を海水に加えることによるケイ藻の増殖が報告されています。 海洋の微生物についての記事でもご紹介したケイ藻は、ガラス(ケイ酸質)の殻で覆われた針状や円盤状、円筒形の形態をした植物プランクトンであり、海洋では急増しブルーム(水の華)を生じます*。 【写真】シュードニッチア属の一種 シュードニッチア属の一種 photo by gettyimages ケイ酸はガラスですので、死んでもガラスの殻だけ残り、海底の堆積物中には太古の昔に増殖して沈降したケイ藻の微化石も見られます。このガラスの殻の数を年代別に調べると、2億年以上前からケイ藻は海洋の代表的な植物プランクトンとして優占し、地球大気の炭酸固定に関わってきたことがわかりました。ケイ藻は環境変化が生じると急増するため、現大気の二酸化炭素濃度の調整にも大きく関わってきたのです。 見方を変えると大気微生物によって溶存化した鉄イオンは、ケイ藻を増殖させ地球の炭酸固定に貢献していることになります。 *「ブルーム(水の華)」参考記事:夜の光景を知っていたら信じ難い。赤潮の、まさかの正体…じつは、海洋表面は独自の生態系が築かれている。泡の一粒、一粒に封じこまれている、驚愕の世界 * 次回は、舞台を森林に移して、キノコやカビなどの働きを見ていきます。他の微生物が利用できない有機物をエネルギー源とする真菌類は、枯れた植物を分解し、新たな生命を育みますが、ときに予期せぬものを取り込んで運ぶこともあります。 |
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