[2025_02_18_03]もし1991年にイソコンを動かしていたら? 福島第一原発で”動かされなかった”冷却装置(現代ビジネス2025年2月18日)
 
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もし1991年にイソコンを動かしていたら? 福島第一原発で”動かされなかった”冷却装置

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 東日本壊滅はなぜ免れたのか? 取材期間13年、のべ1500人以上の関係者取材で浮かび上がった衝撃的な事故の真相。他の追随を許さない圧倒的な情報量と貴重な写真資料を収録した、単行本『福島第一原発事故の「真実」』は、2022年「科学ジャーナリスト大賞」受賞するなど、各種メディアで高く評価された。文庫版『福島第一原発事故の「真実」検証編』より、その収録内容を一部抜粋して紹介する。

 吉田調書をめぐる数奇な運命とは

 1991年、福島第一原発1号機の冷却トラブルで、初めてイソコンの稼働が決裁された。しかし、最後の瞬間に別の冷却手段が発見され、イソコンは動かされることなく封印された。この決断が、20年後の福島第一原発事故にどのような影響を及ぼしたのか? 「失われた経験」の重みを検証する。
 見送られたイソコンを動かすチャンス
 福島第一原発所長の吉田は、いわゆる吉田調書、政府事故調査・検証委員会によるヒアリング記録の中で、次のような言葉を残している。事故から4ヵ月後の2011年7月に行われた聴取の中で、調査委員会のメンバーから「福島第一原発でイソコンを起動したのは初めてか」と問われたのに対し、吉田は「1回あります。私はそのとき(福島第一原発に)いませんでしたから覚えていないんですけれども、平成3年ごろに、(中略)1号機が海水系の埋設配管が漏洩したことがあります。(中略)そのときにIC(イソコン)を回したと聞いているんです」と答えている。
 この内容は、イソコンは実際には動かしていなかったと後日、訂正するに至ったが、東京電力のOBへの取材から、実は、イソコンの稼働を本格的に検討した最初で最後のタイミングだったことが明らかになった。
 1991年10月、1号機では、タービン建屋の地下を通していた冷却系の配管が腐食で破損し、海水が漏れ出すというトラブルが発生。原子炉は手動で停止し、放射性物質が漏れ出すような事態には至らなかったために、社会的には大騒ぎにはならなかったものの、原子炉の冷却手段が失われるという、現場では夜を徹して対応にあたる深刻な事態に陥っていた。原子炉を停止させても、核燃料は莫大な崩壊熱を出し続けるので、放っておくと原子炉の圧力が高まってくる。
 一刻も早く核燃料を冷やさなければならないのだが、冷却ポンプを回すと破損部分から海水が溢れ、建屋の床下のすき間から海水が溢れ出してくる。何度かポンプを動かしたり止めたりを繰り返していたが、このままではらちが明かない。そこで現地対策本部が目を付けたのがイソコンだった。しかし、イソコンを動かすことにためらいを持つ現場の担当者もいた。轟音と大量の蒸気を出すだけでなく、イソコンは非常用炉心冷却系(ECCS:Emergency Core Cooling System)に準ずる扱いとなっていたため、稼働させるとその後の役所や地元への説明が煩雑だからだ。
 担当者は考えあぐねた挙げ句、恐る恐るイソコンを稼働させることについて本店の決裁を仰いだ。すると本店からはあっさりと決裁が下りた。当時、本店の原子力系トップにあたる原子力・立地本部長は、福島第一原発での勤務経験者でイソコンの仕組みには明るい人だったという。まさに、イソコンの封印が解かれようとしていたそのときだった。1号機の中央制御室にいた運転員から連絡が入った。イソコンを使わなくても、クリーンアップ系と呼ばれる別の系統をラインアップさせることで原子炉の冷却が可能だというのだ。この運転員の機転のため、結果としてイソコンは使われることなく、原子炉の冷却を確保することができた。
 そして、このトラブルの教訓として東京電力は、配管破損の起きた冷却系の配管を、原子炉建屋とタービン建屋を繋ぐ、通称、松の廊下と呼ばれる通路の中を貫くように設置することにしたという。当時の担当者は、いわば厄介者のイソコンを使わずに済んだことに胸をなで下ろしたかも知れないが、結局、イソコンを動かすという経験のチャンスは失われることになったのだった。
 検証篇と併せて、事故の進展を時系列で追った『ドキュメント篇』も刊行されています。緊急時マニュアルにもいっさい記載のない未曾有の「想定外の事態」に吉田昌郎・福島第一原発所長以下、東京電力の作業員たちが翻弄されていく様子が克明に描写されています。制御不能になった原発が、猛スピードで悪化していく過程が、関係者の貴重な証言ともに、手を汗にぎる筆致で活写されています。調査報道の金字塔もいえる傑作をぜひお求めください。
 NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
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