[2024_05_04_01]赤字ローカル線は「郷愁で残せ」 ある鉄道専門家の訴え(毎日新聞2024年5月4日)
 
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赤字ローカル線は「郷愁で残せ」 ある鉄道専門家の訴え

 10:00
 運輸業界に4月、時間外労働時間の上限規制が適用されるようになった。運転者の健康確保や安全などが目的だが、人口減少と高齢化が急速に進む中で「2024年問題」と呼ばれ、公共交通機関を担う人手不足は深刻さを増している。鉄道の赤字ローカル線を巡る議論やライドシェアの運用が本格的に始まるなど、新たな動きも活発化してきた。地域の足を今後どうしていくべきか、識者らに聞いた。

 上岡直見・環境経済研究所代表

 ――採算性を考えると鉄道の赤字ローカル路線の存続は困難では。

 ◆「郷愁ではローカル路線は残せない」といわれる。しかし、特別な感情を抱けるからこそ残す価値がある。「ローカル線は郷愁で残せ」ということを強く主張したい。

 特に地域と共に歩んできた駅の役割は重要だ。福井県北部の第三セクター・えちぜん鉄道が評価されるのは、駅を町の拠点にしようと努力しているから。ところが鉄道各社は、駅の無人化を進めている。効率性だけで赤字路線の問題を議論することは間違いだ。

 ――とはいえ、特に地方では人口減少が急速に進んでいます。

 ◆だからこそ、駅の存在意義は大きい。北陸3県の1995年と2015年の国勢調査データを比較したところ、「駅の半径2キロ圏内の地域」は「駅のない地域」に比べ、人口の減少率が明らかに緩やかだった。確かに地方では駅周辺のシャッター街化が進んでいるが、車の運転が困難な高齢者らには歩いて暮らせる大切な生活拠点だ。廃線は住民の足を奪い、生活を脅かすことになりかねない。

 ――鉄道会社、自治体などはバスへの転換を模索しています。

 ◆利用者が増加に転じるとは思えない。運行本数が減り、さらに利用者が減るという負のスパイラルに陥りかねない。「2024年問題」による運転手不足も深刻で、結局はバス路線も維持できなくなるのでは。鉄道のバスへの転換は、公共交通機関が失われる最初のステップとなる。

 ――では鉄道路線をどうすれば維持できるのでしょうか。

 ◆「クロスセクター・ベネフィット」という考え方がある。
 これは「ある部門で実施された施策が、他の部門に利益をもたらす効果」を意味する。公共交通機関が赤字であっても、その利便性が医療、福祉、都市整備などの行政費用の節約につながるという発想だ。
 人口5万人程度の地方都市を想定したとき、公共交通機関の維持のために国・県・市が計7000万円を補助することで、3億5600万円の便益を生み出すとの試算もある。
 道路を整備するより、既にある鉄路を維持する方がはるかに安上がりだ。公共交通機関という観点から、鉄道の存続を考えなければならない。地方の赤字路線では微々たる収入を得るより、いっそ運賃を無料にしてしまうのはどうか。

―これは地方だけの問題でしょうか。

 ◆都市部でも、鉄道会社は列車のワンマン運転化、駅の有人窓口の廃止などを進めている。廃線の恐れはなくとも、サービスの低下は招きかねない。
 そもそも日本人は「公共性」を軽視しがちになった。これは交通分野だけではなく、福祉、教育、水道にも共通する問題だ。
 赤字路線の廃止がやむを得ない面も確かにある。
 しかし、それを認めてしまうと取り返しがつかなくなる。路線維持には上下分離方式という方法もある。赤字だから廃線、という安易な考えには抵抗すべきだ。
 【聞き手・高橋昌紀】

かみおか・なおみ
 1953年生まれ。東京都出身。早大大学院理工学研究科修了。
 技術士(化学部門)。交通権学会会長などを務めた。
 著書に「持続可能な交通へ―シナリオ・政策・運動」「鉄道は誰のものか」「時刻表が薄くなる日」など。原発問題にも取り組んでいる。
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