[2023_08_31_13][社説]大震災100年 首都防災の死角減らせ(日経新聞2023年8月31日)
 
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[社説]大震災100年 首都防災の死角減らせ

 2023年8月31日 19:00
 人とモノと機能が集積した東京を揺さぶる大地震は、必ずまた来る。10万人を超す犠牲者を出した関東大震災から、1日で100年だ。改めて教訓に学び、令和の首都防災の死角を減らしていく契機にしたい。
 丸の内の路面には深い亀裂が口を開け、日本橋や銀座も焦土と化した。関東大震災直後の東京都心の惨状は、直下型地震の脅威をまざまざと伝える。

 リスク増す複合災害

 関東大震災でもっとも大きな人的被害を出したのは火災だ。陸軍の工場跡地で大勢を巻き込んだ火災旋風がよく知られるが、これは実は台風シーズンだったことと関係している。列島付近を進む台風による強風の影響で、火勢が大きく増したとされるのだ。
 地震に別の災害の影響が加わるこうした「複合災害」は、人口集中に歯止めがかかっていない東京では従来に増して大きなリスクになっている。例えば関東大震災以降、都心で震度6クラス以上の揺れは起きていない。仮に隅田川や荒川など主要河川の堤防が破損した場合、人口の多い下町は大水害にも見舞われることになる。
 真夏の地震なら、近年の酷暑も別次元の脅威となろう。感染症のまん延下では、避難所での密回避が難しい現実も私たちは目の当たりにした。複合災害への対応は緒に就いたばかりだ。早急に対策を具体化していく必要がある。
 東京での直下型地震が特別なのは、国の中枢を直撃する点だ。
 政府は業務継続計画(BCP)を策定しており、各省庁も個別のBCPを持ってはいる。ただ、未体験の直下型地震がどれだけのダメージを霞が関の官庁街に与えるかは読み切れない部分もある。手元のBCPが通用しない可能性もあるだろう。
 そもそも巨大地震のリスクが非常に高い地域に、中央政府や立法、司法の機能がこれほど集積していること自体が異例だ。1つの地震が国の存亡にかかわる恐れすらある。リスク分散が危機管理の基本であることに照らせば、首都のリスク管理は十分とは言えない。
 コロナ禍でも東京一極集中の問題は顕在化した。改めて、首都機能の移転や分散を具体的に検討すべきではないか。
 それは、復興の青写真を事前に描いておくことで再建を円滑にする「事前復興」とも関連する。関東大震災では、発生前に東京市長だった後藤新平がまとめていた都市計画が土台となり、迅速な復興が図られたといわれる。
 首都機能の分散を含め、大胆な事前復興計画を立てる。それは今後の日本のグランドデザインにもつながるだろう。首都東京はどうあるべきか。防災分野にとどまらない国民的議論があっていい。
 リスク分散が重要なのは企業も同じだ。大手を中心にBCPの策定は進みつつあるが、それでも大地震が来れば本社機能に大きな損害が出るのは避けられまい。
 都がまとめた被害想定では、都内の本社機能が停止することで企業全体の事業活動も滞り、倒産の危機に至る可能性が指摘されている。中小企業ではBCP自体が未策定のところも少なくない。震災から会社をどう守るか、これを機に見つめ直したい。

 偽情報を見極める力を

 SNS時代だからこそ、情報への接し方は極めて重要だ。
 関東大震災の直後に発行された雑誌「震災画報」は、混乱の中で「別の大地震が来る」「首相が暗殺された」などと様々なデマが流れたと報じている。とりわけ朝鮮人に関する流言が大量虐殺を招いたことは「軽信誤認の大罪悪」だと強く批判している。
 最近の震災でも流言は飛び交っている。人工知能(AI)で偽画像を簡単に作れる時代である。今後の災害では、さらに手の込んだデマが流れることを前提として備えなければならない。
 災害に遭って不安が高まると、流れてくる情報に飛びつき真偽不明のまま周囲に広めてしまいがちだ。だが偽情報は時に人命に直結する。まずは一旦立ち止まる習慣を身に付けることが重要だ。
 誰がいつ発信したのか。独立した別々の情報源から流れているか。そうした背景を確認し、冷静に真偽を判断する。普段からネット情報に接する際に必要な姿勢でもあろう。学校現場でも、子供向けの情報リテラシー教育に一層力を入れる必要がある。
 関東、阪神、東日本。この100年、大震災のたび私たちは苦難に直面し、同時に多くの教訓を得てきた。次代の日本を守るため、それらを総動員して備えたい。
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