[2023_08_08_09]何がよければ安全?原発運転60年超の課題、中性子照射ぜい化とは(日経XTECH2023年8月8日)
 
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何がよければ安全?原発運転60年超の課題、中性子照射ぜい化とは

 結局、何が大丈夫であれば原発は安全なのか――。

 2023年5月に「GX脱炭素電源法」*1が成立し、国内における原子力発電所の60年超の運転が可能な制度となった。実は原発の運転期間は原則40年、最長60年と定められており、同法でもその点は変わらない。今回はこの枠組みを維持しながら、安全審査などで停止した期間分の延長が新たに認められることになった。

*1  GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法
正式名称は「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」。

 同法の成立を受け、電力会社は「長期施設管理計画」を策定し、原子力規制委員会の認可を受ける流れとなる。具体的には、運転開始から30年を超える原発については、10年ごとに劣化の予測を実施すると共に、その劣化を管理する計画を定め、同委員会の確認をその都度、経ることになる。
 今回の制度変更が、「何らかの新技術が開発されて長期運転が可能になった」というものなら話は分かりやすい。しかし、「従来の保守点検や安全性評価の手法が60年超でも有効であると判断された」というのが実情で、一般にはやや分かりにくい面があるのは否めない。
 その点は、規制当局も認識しているようだ。2023年7月、原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁は、「長期施設管理計画の認可制度に関する分かりやすい説明資料」と銘打った68ページの資料を公表した1)。
 作成に5カ月ほど掛かったという同資料について、原子力規制委員会の山中伸介委員長は記者説明会で「分かりやすい資料を科学的、技術的に正しく作成する難しさがあった」と話している。

 課題となる6つの経年劣化事象

 そんな同資料の中で、高経年化に伴う主要な技術的な課題として挙げられたのが、次の「主要な6つの物理的な経年劣化事象」である。これら6つは原発の長期運転において劣化が懸念される事象とされ、「新制度の下では必ず予測と評価の対象になる」(原子力規制庁)。
 まず、原発の運転で進展する劣化事象として挙げられたのは、[1]低サイクル疲労、[2]原子炉容器*2の中性子照射ぜい化、[3]照射誘起型応力腐食割れ、[4]2相ステンレス鋼の熱時効の4事象。さらに、停止中でも劣化が進展するとされる事象として、[5]電気・計装設備の絶縁低下、[6]コンクリート構造物の強度低下の2事象があるとした。

*2 原子炉容器
 核燃料を収める金属製の容器。「原子炉圧力容器」と呼ばれることもある。

 同庁によると、これら6事象は短期間で進展するものではなく、あくまでも長期間運転した際に課題となる。原発では、交換可能な設備は定期点検などを経て、適宜新品に交換されている。長期運転に向けて問題となるのは、原子炉容器をはじめとする交換が難しい設備となる。
 原発設備の材料劣化の主な要因とされるのが、「高温」「高圧」「放射線」の3要素だ。特に放射線による設備への影響は、火力発電所などには無い、原発特有の要素になる。GX脱炭素電源法の検討に関わった原子力規制庁の担当者は、「6事象のうち、最もよく議論されたのは中性子照射ぜい化だった」と振り返る。
 そこで本稿では、6事象のうち[2]原子炉容器における中性子照射ぜい化に着目し、長期運転に向けてどのような監視体制や対策検討がなされているのかについて、原子力規制庁や電力中央研究所(電中研)などへの取材を基にみていく。

 中性子照射で低下する原子炉容器の靭(じん)性

 鋼材は、長期間にわたり中性子の照射を受け続けると、粘り強さ、つまり靭(じん)性が徐々に低下することが知られている。これが中性子照射ぜい化と呼ばれる事象だ。原発の場合、原子炉を運転したときの核分裂反応で高いエネルギーを持つ中性子が生じ、原子炉容器の低合金鋼*3がぜい化するとされる。

*3 低合金鋼
鉄以外の合金元素の総量が5質量%以下の合金鋼。

 中性子照射ぜい化の大まかなメカニズムはこうだ。原子炉容器の鋼材が中性子にさらされると、結晶中の原子が弾き飛ばされ、原子空孔*4や格子間原子*5といった欠陥が生じる。また、鋼材中に存在する銅(Cu)やリン(P)、ケイ素(Si)といった不純物などが、これらの欠陥の影響で凝集して、クラスター(集合体)を形成する。

*4 原子空孔
結晶格子の中にあるべき原子が欠落しているところ。

*5 格子間原子
結晶格子の中で本来原子が無い場所に割り込んだ原子のこと。

 こうした欠陥の集合や不純物などのクラスターが増えると、鋼材は当初よりも硬くなり、外力を受けたときに変形しにくくなる。つまり、金属としての粘り強さが失われ、じん性が低下してしまう(ぜい化する)というわけだ*6。

*6 実際には、単体の欠陥というよりも、複数の欠陥が集合して形成された「転位ループ」が鋼材のじん性に影響を与えていると考えられている。

 じん性の低下は何が問題か。考えられる危険の1つに、「加圧熱衝撃(PTS)事象」がある。例えば、原発では万が一の事故発生時、炉心に水を入れて冷やす「緊急炉心冷却系(ECCS)」が動作する。鋼材のじん性が大きく低下した状態でこうした冷却機能が作動すると、最悪の場合、原子炉容器が損傷する恐れがあると考えられている。
 ECCSが動作して高温の原子炉容器内に冷却水が注入されると、容器の内側が急激に冷える。一方、同容器の外側は高温のままで、すぐには冷えない。すると、鋼材の板厚方向の温度差によって内側に大きな引張応力が生じる。このとき、中性子照射によってじん性が低下し、かつ鋼材にき裂が存在している場合、同容器の損傷リスクが高まる*7。

*7 「原子炉容器の内面にき裂が無ければ、加圧熱衝撃事象が起きても同容器が損傷する恐れはない」(原子力規制庁)とされる。

 ただし、今のところ、原子炉容器の中性子照射ぜい化によって寿命を迎えた、または寿命を迎えると予想されている国内の原発は存在しない。だが、長期運転に向けた課題の1つであることは確かで、同事象の影響をより的確に捉えようと、電力会社は継続的な監視に取り組んでいる。

 原子炉容器内にシャルピー衝撃試験片

 中性子照射ぜい化の影響を監視するために電力会社が実施しているのが、機械分野では広く使われている「シャルピー衝撃試験」だ。実は、原子炉容器の内側には、同じ鋼材で造ったシャルピー衝撃試験用の試験片が複数、稼働当初から設置されている。同容器に対する中性子の影響を、長期間に渡って、間接的に調べるためだ。
 試験片は専用の「カプセル」に入れられ、核燃料と原子炉容器内壁の間に設置されている。1つのカプセル当たり十数本の試験片が格納されており、さらに原発1基当たり複数のカプセルが設置してある*8。電力会社はあらかじめ取り決めた時期に原子炉を停止してカプセルを取り出し、中性子照射量やぜい化量などを評価する。

*8 沸騰水型軽水炉(BWR)は約4個、加圧水型軽水炉(PWR)は同約6個のカプセルを搭載する。

 前述のように、カプセルが置かれているのは核燃料と原子炉容器内壁の間だ。中性子の照射量は、距離の2乗に反比例するとされる。よって、同容器内壁よりも、核燃料に近い位置にある試験片は、同容器の鋼材と比べて厳しい条件に置かれて、中性子照射ぜい化の影響を評価する役割を担っている。
 原発の長期運転に向けては、現状のぜい化の進行具合の把握と並んで、将来に向けたぜい化の予測も重要になる。そこで、国内では電中研が中心となって開発した手法を用い、全国の電力会社がプラントごとに将来のぜい化量を予測する取り組みを展開している。
 電中研によると、現在の予測手法の基礎は2007年ごろに開発された。具体的には、同手法では、鋼材中に含まれる不純物や中性子照射量などを基に、ぜい化量を求める「ぜい化予測式」を考案している。電力会社は、同予測式から求めた将来の原子炉容器の鋼材の粘り強さと、非常時において同容器に生じると考えられる破壊力を比較するなどして、安全性を継続的に検証している。

 不純物などのクラスターを立体的に把握、試験片の小型化も

 ぜい化予測式の考案に一役買った技術が、「アトムプローブ・トモグラフィー(APT)」と呼ばれる手法だ。同手法では、まず中性子が照射された後のシャルピー衝撃試験片を、さらに小さな針形状の試料に加工し、高電圧のパルス電圧をかける。すると、試料の先端から原子を1層ずつはがしながら、試料中に存在する原子の位置と元素の種類を記録できる。
 このAPTで見えてきたのが、試料中の不純物などの原子がクラスターをどのように形成しているか。電中研の研究者らは、多数の試験片を分析することで、クラスターの体積率とぜい化の進み具合に、一定の関係性があることを見出した。こうした研究成果が、前述したぜい化予測式を考案するのに役立っている。
 シャルピー衝撃試験やアトムプローブ・トモグラフィーといった手法は、中性子照射ぜい化を監視する重要な手段となっている。ところが、前述のようにその試験片の数には限りがある。当初の想定以上に原発を長期運転するとなれば、将来的に試験片が不足する可能性もある。
 そこで、電中研では将来を見据えて試験片を再利用したり、小さく切り出して小型試験片として利用したりするといった研究も進めている。小型試験片については、基本技術を確立したものの実際の利用には至っておらず、「信頼性を高めるためにデータを拡充している段階」(電中研)という。
 ここまで、中性子照射ぜい化を例に、原発の長期運転に向けた取り組みをみてきた。GX脱炭素電源法で60年超の運転が可能となったのは、こうした以前からの技術的な積み重ねが、長期運転においても有効であるとみなされたからだ。加えて、前述のように、30年超の運転には最長10年ごとの劣化評価が義務付けられるという、安全性を担保する規制強化が同時に図られている。
 もちろん、中性子照射ぜい化は6事象のうちの1つでしかない。長期運転に臨む電力会社は、さまざまな観点からの慎重な評価を迫られることになる。
参考文献
1)原子力規制庁, 『長期施設管理計画の認可制度に関する分かりやすい説明資料』, 2023年7月12日, https://www.nra.go.jp/data/000440627.pdf
KEY_WORD:原発_運転期間_延長_: