[2023_07_12_08]IAEA報告書に見る「(汚染水)排出の正当性」とは何か 決して「お墨付き」などではないIAEAの報告書 国・東電の「廃炉に向けたロードマップ」は成立し得ない 正当化されない汚染水排出は断念せよ 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)(たんぽぽ2023年7月12日)
 
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IAEA報告書に見る「(汚染水)排出の正当性」とは何か 決して「お墨付き」などではないIAEAの報告書 国・東電の「廃炉に向けたロードマップ」は成立し得ない 正当化されない汚染水排出は断念せよ 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)

 IAEAの報告書が、日本のALPS処理水の海洋放出についてどのような「評価」をしたのでしょうか。
 報道では「IAEAは同日、報告書を公表し、「国際的な安全基準に合致している」と放出の妥当性を認めた。」(読売新聞7月4日)などと報じています。
 しかし報告書の全体を見ていると、その「結論」には多くの前提があることが分かります。
 おそらく報道された段階では、まだ誰も報告書を読んではいません。短いサマリーを読んだだけなのです。これは、IAEAが日本語仮訳でA4判3頁ほどで公表したものであり、外務省HPにいち早く登録されていました。
 しかし報告書の本文は130頁もあり、まだ訳はどこにもありません。
 例えば、パート2の中の「正当性」という項目の訳を以下に示します。
 訳は筆者です。

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 ☆2.4.正当性

 正当性の根拠は、国際基準に基づく放射線防護の基本原則である。
 放射線の危険を伴う活動は、全体的な利益をもたらす必要がある。
 すなわち、放射線被ばくの状況を変える決定は、害よりも利益をもたらす必要がある。GSR Part3[放射線防護と放射線源の安全:国際基本安全基準 IAEA2014]によれば、「政府または規制機関は、必要に応じて、あらゆる種類の行為の正当化や見直しを行うための措置を取ることを確保しなければならず、また、正当化された行為のみが認可されることを保証しなければならない」とされている。

 ☆ GSG−8[公衆及び環境の放射線防護:一般安全指針IAEA:2018]の2.11項では、「正当化」とは、計画された被ばく状況において、ある行為が全体的に有益かどうかを判断する過程であり、その行為が個人や社会に期待される利益が、行為から生じる害(放射線障害を含む)を上回るかどうかを評価するものである。この利益は、個人や社会全体に適用され、環境にも利益をもたらすことが含まれる。放射線障害は、全体的な害のごく一部に過ぎない可能性がある。
 したがって、正当化の過程は、放射線防護の範囲を超えており、経済的、社会的、環境的な要素も考慮されることが述べられている。

 ☆ ALPS処理水の海洋への排出に関連する国際安全基準の適用について、日本政府がIAEAに検討することを要請した書面は、政府の決定後に提出された。
 そのため、現在のIAEAの安全評価では、日本政府が従った正当化の過程の評価は含まれていない。しかし、IAEAは、日本政府が公表した歴史的経緯や福島第一原子力発電所における他の廃炉作業への関与に基づき、日本政府による意思決定過程とALPS処理水の管理方法の最終的な選択が正当化されたことを認識している。また、IAEAの検討を経て、東京電力が提出した申請は、原子力規制委員会によって審査され、承認されたことが確認された。

 ☆ 処理された水の取り扱い方法と、その決定の正当化は、日本政府に最終的な決定権がある。しかし、福島第一原子力発電所に保管されているALPS処理水の管理方法の最終的な選択の正当性は、多くの利害関係者にとって非常に重要であり、日本政府から明確な説明が必要である。この説明は、日本政府が2021年4月に公表した基本方針に含まれており、利害関係者に対してさらなる解説や説明が行われている。IAEAの検討を通じて、特別部会は、計画された水の放出について、利害関係者との明確で頻繁かつ適切な意思疎通の重要性を何度も強調した。

 ☆ 正当化の決定は、放射線防護の範囲をはるかに超えており、また、その他の要素も考慮に入れられている。しかし、それらの要素の多くは経済や社会的な要因など、技術的な性質ではないため、IAEAはこの決定の非技術的な側面について意見を述べたり、分析することはできない。これに留意することが重要である。
 IAEAはさらに、被ばく量が予想されるよりも少ない場合、放射線安全以外の要素(たとえば経済的な要因や社会的な要因)がより重要になり、意思決定の過程に影響を与える可能性があると指摘している。

 ☆ さらに、GSG−9[9]は、「正当化は全体的な実践に適用され、実践の個々の側面には適用されない…」としている。したがって、ALPS処理水の排出の正当性の問題は、福島第一原子力発電所で行われている廃止措置活動全体の正当性と密接に関連しており、より広範で複雑な考慮事項に影響を受けることは明らかだ。正当化に関する決定は、利益と不利益に関わる可能性のあるすべての検討事項を十分に反映できるように、高い水準の政府段階で慎重に行われるべきである。
 原子力安全は国の責任であるから、日本政府がこの決断を行うべきである。

 ☆結論
・ALPS処理水の排出決定を正当化する責任は日本国政府にある。
・IAEAは、日本政府が、その手法の正当化につながる意思決定過程に従ってきたことに留意している。
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 ここから筆者
 ◎ IAEAのいう「正当性」とは、リスク・ベネフィット(危険性と便益)の考え方です。一定の危険性がある場合でも便益がそれを上回るのであれば正当である、との考え方です。
 これは価値判断ですから、人により大変大きな違いがあります。
 例えば原発ですが、便益は言うまでもなく電力!、それに対して危険性とは、被ばくによる健康を害する危険性を指すと思われがちです。
 しかしIAEAは「それだけではない」と言います。
 放射線の危険性以外にも、社会的、経済的要因があるというのです。
 例えばコスト。電気料金が原発のために高騰するならば正当性はありません。
「経済性」という評価点が必要だということです。
 日本で行われている核燃料政策、使用済燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、さらにMOX燃料として原子炉で燃やす行為は、海外の再処理で取り出したプルトニウムをMOX燃料にして燃やすだけでもウラン燃料の10倍以上かかることがわかっています。
 これは経済性が成り立たない行為ではないのか。実際にMOX燃料を使う国は今ではフランスと日本だけです。

 ◎汚染水排出は正当化できるか

 IAEAは日本から評価を求められた時点では、既に放出を決定した後であり、その正当化について判断できないとしています。
 ただし、その手法が正当化に繋がる意志決定過程に従ってきたから、それに「留意」したとしています。日本政府が排出決定にあたって正当化する責任があるというのが事実上の結論です。
 放射性物質の人体や環境への影響については、「無視し得る」との評価をしているのかもしれませんが、正当化はそれだけではできない、経済性や社会的な背景なども考慮しなければならないとしています。
 そして、一番肝心なのは、汚染水排出は廃炉作業には避けて通れないことであり、敷地を開放して廃炉のための設備を設置するなどの作業が、全体として廃炉を進めるために必須であり、それが実行できることが、日本のための便益だというのです。

 ◎ ここで問題なのは、廃炉工程を定めた「廃炉に向けたロードマップ」に合理性、成立性があるのかということです。
 これが成立しなかったら、一体何のために反対の声を押し切ってまで汚染水を排水する必要があるのかということになるのです。
 ところが国は、この廃炉ロードマップについて私たちに説明をしたことはないし、それが成立することを東電も立証したことはありません。
 私たちは、機会がある度に繰り返してロードマップが成立し得ないことを主張してきました。
 しかし国も東電もこれにまともに答えたことなどありません。
 ・使用済燃料プールからいつになったら燃料を降ろすことができるのか。
 ・汚染水を増やさないために、いつになったら地下水や雨水などの浸入防止対策ができるのか。
 ・デブリの取り出しなど、いったいできると本気になって考えているのか。
 ・その前に汚染の拡大を防ぐための工事、対策を行うことが先決ではないのか。
 これらのことについて、まともな答えはありません。
 ロードマップが成立し得ないならば、汚染水排出の正当性はありません。そのことはIAEAも認めているのです。

 具体的にはこの部分です。
 「ALPS処理水の排出の正当性の問題は、福島第一原子力発電所で行われている廃止措置活動全体の正当性と密接に関連しており、より広範で複雑な考慮事項に影響を受けることは明らかだ。」
 ロードマップの問題を経産省もIAEAもあえて避けています。最も重要な課題を汚染水排出の今でも避け続けていることは、重大な背信行為です。

 ◎汚染水排出に反対している漁民が正当

 IAEAの報告書には、次のように書かれています。
 「正当化の決定は、放射線防護の範囲をはるかに超えており、また、その他の要素も考慮に入れられている。しかし、それらの要素の多くは経済や社会的な要因など、技術的な性質ではないため、IAEAはこの決定の非技術的な側面について意見を述べたり、分析することはできない。これに留意することが重要である。」
 ここにはいわゆる「風評被害」が含まれます。
 風評とは、科学では説明出来ない感情的な面も含まれますから、これに対してIAEAも何ら手を打てないのです。
 これについて政府や東電は「保証」を対置させています。
 しかしその条件は極めて難しいものになります。単なる価格の下落ならば分かりやすいでしょう。

 しかし現実には漁業者の減少や市場取引量の減少、さらには福島以外の海産物全体の消費低迷など、およそ予測しがたい様々な現象を引き起こします。これら全体に対して保証などできるはずがありません。

 福島、そして日本が直面する「経済や社会的な要因」は多岐にわたりますから、排出からの影響であることを認識することさえ困難でしょう。
 そういった影響を排除するには、汚染水の排出を断念するほかはないのです。
 IAEAの報告書でも、その点について手に負えず、対策は困難であることを認めているのです。
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