[2023_04_07_04]電気代の爆騰、新電力の「倒産・撤退」…私たちは誰に怒ればいい?(ダイヤモンド2023年4月7日)
 
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電気代の爆騰、新電力の「倒産・撤退」…私たちは誰に怒ればいい?

 電気代の高騰が止まりません。16年の全面自由化以降に次々と発足した「新電力」も約3割が倒産・撤退に追い込まれています。さらに、電力料金はこれから大幅に値上げする方向になり家計を大圧迫しそうです。私たちはこの怒りを誰に向ければ良いのでしょうか。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

 ● 電力料金はこの後 大幅に値上がりするだろう

 この冬の1月から3月にかけての電気代は、少なくとも私の場合は過去最大の出費になりました。補助金が出ているにもかかわらず、また政府の呼びかけに応じて節電チャレンジなども行った上での話です。同じように、電気代の請求書を見て嘆いた読者の方も多かったのではないでしょうか。
 そして電力料金はこの後、結局大幅に値上げする方向で決着しそうです。
 状況としては、6月以降の電力料金について大手電力7社が30%前後の値上げを申請していました。そこに、西村康稔経済産業大臣から「最近の燃料費の値下がりなどを織り込んだ形で申請内容を見直すように」という指導が入ったのです。
 それで、東京電力の場合は29.3%のはずだった値上げ幅は17.6%に、東北電力は32.9%から25.2%にとそれぞれ数字が引き下げられました。
 下がったことは下がったのですが、結局のところ2割前後の値上げ申請と大幅値上げであることには変わりありません。
 ただ、電力各社からみるとまだ最後の関門が残っています。値上げ申請については経済産業省と消費者庁が協議をしてそれを認めるかどうかを決めるのですが、3月20日に公正取引委員会が1000億円の課徴金を命じた電力販売カルテルの事件などの不祥事を理由に、消費者庁が協議に待ったをかけているのです。
 カルテルを結んでいた大手電力会社はこれまで不正な利益を上げてきたわけで、その問題がつまびらかになるよりも前に値上げするなんて、道理が通らないというわけです。ただ、まったく値上げを認めないということも状況的には難しく、結局は今月内に何らかの形で値上げ幅が政治決着しそうです。

 ● 新電力の3割近くが 「撤退・倒産」に

 この「値上げを認めないということが状況的に厳しい」原因は、実際に自由市場での卸電力取引市場価格が急騰しているからです。そのため格安な電力料金をうたい文句に参入した新電力が、次々と事業停止に追い込まれています。
 経緯を解説します。2016年に電力の小売りが全面自由化されるようになり、新電力が次々と発足しました。全国で706社の新電力会社が誕生したのですが、昨年のウクライナ侵攻で起きた原油高以降、新電力は経営が極端に苦しくなり、今年3月時点では全体の28%に相当する195社が契約停止、撤退ないしは廃業・倒産に追い込まれています。
 そうなった理由が、先述した電力の市場価格の高騰です。卸電力市場では2016年から2020年までの期間、取引価格はおおむね1kWhあたり9円から12円のレンジの中で安定的に推移していました。電力が安定価格で手に入るというのが前提の新規参入だったのです。
 概略で説明すると、新電力のビジネスモデルはこういう構造です。
 東京の一般家庭の場合(東電のモデルケースで説明すると)月9000円程度の電力料金を支払っています。1kWhあたり35円程度の価格です。新電力は卸市場で、10円程度で電力を仕入れて、たとえば32円程度の東電よりも安い価格で消費者に販売します。そうすると結構な差額が生まれますから、諸経費を支払っても利益が生まれる。そのような構造でした。
 ところがウクライナ侵攻後、エネルギー価格が急上昇します。火力発電に使われるLNGの価格はトンあたり6万円だったものが12万円を超えます。結果として卸電力市場の取引価格も昨年12月には26.1円まで上昇します。新電力も価格を上げて乗り切ろうとしたのですが、耐えられずにやむなく事業停止となった企業が全体の3割弱におよんだということなのです。

 ● 消費者庁が値上げを阻止したら 国民は電力不足に苦しむ

 このまま消費者庁が頑張って値上げを阻止したら、どうなるでしょう。電力各社は追加投資をするのが難しくなるはずです。困ったことに日本の電力インフラは老朽化が進んでいるうえに、発電能力が不足しています。
 この冬も電力不足が危惧されていましたが、暖冬のおかげでなんとか乗り切ることができました。それも、引退しかけていた火力発電機を現役復帰させてようやく乗り切った形です。
 もしも値上げができなければ投資もできず、どんどん日本の電力インフラは古くなってきます。そうなるといつか、悲劇的な電力不足に見舞われる事態も起きかねません。いかに不祥事が続いているとはいえ、電力料金をまったく上げないということは考えにくいのです。
 ただ、このまま下方修正された電力料金が認可された場合、政府の補助金が減額される今年10月あたりから、私たち一般家庭が支払う電気代は1年前の価格(これは2年前から見て大きく値上がりした価格でした)を超えることになります。最終的には、年末から来年の年初にかけて値上げ幅通りに電気代が増えることになるのです。
 この冬の電気代高騰で「1カ月の電気代が5万円に上がった!」と悲鳴を上げていたお宅の場合は、新料金で2割程度、つまり6万円に上がるわけですから消費者からみればこれはきつい状況でしょう。

 ● 電力会社、行政、日銀、ロシア… 誰に怒ればいいのか

 さて、この怒りをどこに向ければよいのでしょうか?四つほど責任の矛先を考えてみました。
 (1)電力会社のトップ
 やっぱり「経営努力をちゃんとしているのか?」という点は、怒れる国民としては確認してみたいところです。
 そもそも東電だって政府から言われただけで、すぐに値上げ申請幅を4割引き下げてきたぐらいです。余力を何か隠しているのではないかと疑われても仕方ないでしょう。ただ、「がんばってインフラの維持に努めます」と言われてしまえば、それ以上の怒りを示すのは難しそうです。
 (2)電力行政のトップ
 値上げ幅を抑えるように指導したことで監督官庁の経済産業省の人気が上がっているようにみえますが、そもそも原発事故以降、電力の大半を火力発電に替えてきた電力行政のツケが現在国民に回されているわけです。
 怒るなら、国の失政に矛先を向けるべきかもしれません。ただ、われわれのためにその役割を果たしてくれるはずの野党の国会議員の力量が少し足りない点が不安です。
 (3)日銀のトップ
 経産省に怒ってみて気づくのですが、電力不足は経産省の責任ですけれども、原材料費の高騰は実は円安が足を引っ張っています。
 よくよく考えれば、カップ麺の価格が上がったのも食用油の価格が上がったのも円安のせい。そう考えてみると、直接の関係者ではないところに真犯人がいるかもしれません。
 そこで日銀総裁に怒りをぶつけてみようと思うのですが、実はこの記事が出る直後には黒田東彦総裁は無事、優雅な引退生活に入ることになってしまいます。
 (4)ロシアのトップ
 よくよく考えてみたら、LNG(液化天然ガス)の値上がりはロシアのウクライナ侵攻がきっかけです。そもそも安定的にLNGを手に入れるべく日本がサハリンの開発に投資をしてきたのも、この戦争がきっかけで「なかったこと」にされてしまいました。
 電気代が上がって怒れる国民は、もっとプーチンのことを怒るべきかもしれません。でもどうすればよいのでしょうか。すでに西側諸国から、あれだけ怒られている人物です。われわれ日本人庶民の怒りが伝わるとは思えません。

 とまあこのように、怒りの矛先を具体的に考えれば考えるほどわかったことは、この話はむなしい結果になるということです。

 ● 真犯人は日本経済の衰退 「安いニッポン」現象ではないか

 少し視線をひいて俯瞰(ふかん)的に状況を眺めると、結局のところ、日本が貧しい国になってきたということが最大の犯人ではないでしょうか。
 インバウンドの観光客が、「日本は安い安い」と喜んで滞在してたくさんのお金を使ってくれています。日本が成長しなかった20年の間、ずっと成長し続けた国々にとっては日本の物価はとても安いのです。我々にとっては安くはない電力料金でさえも、彼らから見れば支払える範囲内です。
 ということは、われわれが電気代を高いと嘆いている最大の理由は「給料が上がっていないから」ではないでしょうか。日本がもっともっと稼げる社会だったら、電力料金が2割上がったからといってもなんとかなるはずです。
 つまり怒っている暇があったら、日本経済を拡大させる方法に思考エネルギーを100%注いだほうが未来は健康的かもしれません。とはいえ出費が重なるこの生活、まずは何とか乗り切りたいところですね。

鈴木貴博
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