[2022_10_17_04]「巨大地震が起こる確率80%」の根拠がタンスの古文書って… あぜんとした記者は徹底検証のため高知へ向かった(東京新聞2022年10月17日)
 
参照元
「巨大地震が起こる確率80%」の根拠がタンスの古文書って… あぜんとした記者は徹底検証のため高知へ向かった

 06:00
 <南海トラフ 揺らぐ80%@>

 ◆とにかく興味があればお越しください。

 われわれが繰り返し聞かされてきた、南海トラフ地震の30年以内の発生確率が「70〜80%」という国の予測(80%予測)。それがどう計算されたのかはほとんど知られていない。その確率の根拠が江戸時代に港を管理していた役人の一族に伝わる古文書だと、知り私は驚いた。

 南海トラフ地震 静岡県の駿河湾から九州沖の海底に延びる溝(トラフ)沿いで起きる巨大地震。過去1400年の歴史上、100〜200年間隔で大地震が起きている。政府の中央防災会議は2012年、最悪の場合、死者が約32万人に上ると想定。地震調査委員会は13年に南海トラフ全域でマグニチュード(M)8以上の巨大地震が30年以内に起きる確率は60〜70%と発表。18年には年数の経過により70〜80%と引き上げられた。
 「南海トラフ地震? うちの古文書にどう関係するんですか?」。役人の子孫で古文書を管理する高知県室戸市の久保野由起子さん(75)は、電話口で不思議そうに答えた。
 「その古文書が、南海トラフ地震に備えた国の想定の根拠となっているのです」と伝えたが、「ほー」とピンとこない様子。「とにかく興味があればお越しください。古文書はうちのタンスにあります」
 探していたのは、江戸時代に室戸市の室津港を管理していた久保野家に伝わるという古文書だ。そこには航行の安全のために測られた室津港の水深の記録があるはずだ。

 ◆実は、潮位の誤差だけでがくんと落ちる確率

 80%の確率は、過去の南海トラフ地震の際にどれだけ海底が隆起したかをもとに計算された。隆起量は港の水深の変化から割り出される。つまり古文書にある記録が計算の大本なのだ。
 古文書を調べるきっかけは、国の検討委員として80%予測の策定に関わった橋本学東京電機大特任教授(測地学)の話だった。「確率の計算に使われた水深データには、港のどこでどう測量したかが書かれていない。細かい日時もない。港の深さは場所によって違うし、潮位、潮流、気象も影響する」
 潮位だけみても室戸は大潮と小潮で50センチ近く差がある。橋本氏が50センチの幅で誤差を考慮して試算すると、確率は50%程度に落ちた。「今発表されている確率とは大きく異なる可能性がある」というのだ。あぜんとした。

 ◆1930年以降、再検証された形跡もない

 確率をはじき出す政府の地震調査研究推進本部には、年間約100億円もの予算が入る。南海トラフなどの地震の対策費として、国土交通省は2000億〜3000億円近い予算を得ている。古文書はその重要な根拠だ。厳重に管理されていると思い、在りかを探し始めて約1週間後、一般民家でタンスの中に埋もれていたことを知った。この古文書に水深データが書かれていると報告されたのが1930年。それ以降、再検証された形跡もない。
 「本当にこんな根拠で巨額の防災予算が動いているのか」。あぜんとした私は、徹底的な検証が必要と感じた。一次資料に当たるのは報道の基本だ。高知に飛び、解読を始めると80%の信ぴょう性を根底から揺さぶる事実が次々と見つかった。(小沢慧一)

KEY_WORD:南海トラフ巨大地震_: