[2022_11_25_11]大型電波望遠鏡の最後(島村英紀2022年11月25日)
 
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大型電波望遠鏡の最後

 電波望遠鏡というものがある。直径が数十メートル以上もあり、ほとんどが金網でできていて、普通の望遠鏡のようにガラスの巨大なレンズがあるわけではない。
 電波は可視光よりも微弱で波長が長いので分解能が低い。アンテナの口径は光学望遠鏡に比べて数倍から数十倍もの巨大なものが主流だ。巨大なほど性能が良くて南米・プエルトリコに作られた電波望遠鏡は直径305メートルもあって世界一を誇った。こんなに大きなものだから、この電波望遠鏡は同国西部のシンクホールと呼ばれる自然の巨大な穴の中に金網でできた反射鏡が置かれた。
 設置場所は、人間の生活によって生じる電波ノイズが少ない場所が適している。また、波長の短い電波は大気中の酸素や水蒸気によって吸収されるので大気が薄く乾燥している高山地帯の方が観測可能な波長の範囲を大きくできる。なるべく低緯度にある方が地平線に隠れる天体が少ないため、多くの種類の天体を観測できる。プエルトリコはこれらの条件にぴったりだった。
 この電波望遠鏡は米国科学財団(NSF)との協力協定のもと、プエルトリコ国立天文学電離層センターの一部として、1963年に作られた。
 以後、60年近く天文学に多大な貢献をしてきた。
 レーダーとしても使用でき、小惑星などの観測にも利用され、地球へ衝突するかもしれない小惑星を追跡できる地球で唯一の天文台と言われていた。1989年に直径1.8 キロの小惑星カスタリアを直接観測に成功した。
 また冷戦時代には、月面反射したソ連からの電波を受信するのにも使われたことがある。
 地球外知的生命体探査との関わりが深く、1974年には、宇宙人に向けたメッセージを電波信号として送った。メッセージにはDNA情報や人間とアレシボ天文台のイラストなどが含まれていた。
 しかし2014年に近くで発生したマグニチュード(M6.4)の地震で受信機を吊り下げるケーブルに破損が生じて観測できない状態になったが、地震発生から2ヶ月後に完全な状態に戻った。このほかハリケーンに襲われたことももある。
 だが、2020年12月にプラットフォームが下の主鏡に落下し、崩壊した。老朽化だと思われる。
 電波望遠鏡の副鏡の金属製フレームを支える補助のケーブルが断線、主鏡に向けて落下し、主鏡に30メートル強の裂け目が生じた。さらにメインケーブルが切れて再び破損が生じた。破損や経年劣化の状況から補修にかかる費用と安全面の問題が大きいと判断した。そのうえかろうじて残っていたメインケーブルの断線によって吊り下げられていた重量900トンのプラットフォームが落下。主鏡を突き破って、支柱の上部が折れ、望遠鏡は崩壊した。
 NSFは2022年10月、この電波望遠鏡の再建を断念したと発表した。いまは無残な光景が広がっている。
 2016年に中国南部の貴州省の500メートルの電波望遠鏡が完成した、やはり天然の穴を利用した電波望遠鏡である。プエルトリコは世界最大の電波望遠鏡の地位も失なったことになる。
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