[2022_11_24_05]巨大地震、津波から逃れても「寒さ」が敵に 低体温症の危険から身を守る備えとは?(アエラ2022年11月24日)
 
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巨大地震、津波から逃れても「寒さ」が敵に 低体温症の危険から身を守る備えとは?

 11月14日に福島、茨城両県で最大震度4を観測した。それ以外にも石川県など各地で地震が続き、巨大地震への不安が募る。揺れや津波だけでなく、冬の寒さも命を危険にさらす。どう身を守ればいいのか。2022年11月28日号の記事を紹介する。

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 「地震発生、地震発生」
 11月6日午前8時30分、宮城県石巻市の防災行政無線のサイレンが鳴り、訓練の緊急地震速報が流れた。
 東北の太平洋沖を震源とするマグニチュード(М)9の巨大地震が発生し、市内でも最大震度6強を観測したとの想定。県が5月に公表した津波浸水想定では、石巻市には地震発生から21分後に高さ1メートルの第1波が押し寄せる。
 市は市内各所に避難場所を28カ所開設。その一つ、海から5キロ近く離れた市街地にある向陽小学校には50人近くが避難し、避難経路や避難所開設の手順などを確認した。小学校がある蛇田地区は、津波で2メートル近く浸水する。
 真っ先に避難してきた相原由美さん(45)は2011年3月の東日本大震災の時、妊娠3カ月で海に近い会社で働いていた。強い揺れに驚き、地震の際の知識が何もなかったのでパニックになった。幸い高台に避難し無事だったが、逃げ遅れるなどした同僚2人は、津波で亡くなった。以来、防災訓練には必ず参加しているという。
 「いつまた大きな地震と津波が来るかわかりません。訓練に参加して、いざという時に備えたいです」

 ■108市町村が指定

 大地の揺れが各地で相次ぐ。
 そんな中、切迫度が高まっている地震の一つが、東北沖の「日本海溝」と北海道沖の「千島海溝」沿いで起きるとされる巨大地震だ。両海溝では太平洋プレートが列島の下に沈み込みひずみがたまり続け、関係者は「最大級の津波の発生が切迫している」と警戒する。
 今年9月末、政府は中央防災会議を開き、日本海溝と千島海溝の地震で甚大な津波被害の恐れがある地域を「津波避難対策特別強化地域」に指定した。指定されたのは北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の1道6県、太平洋沿岸部を中心に108市町村。足を取られ身動きできなくなる、高さ30センチ以上の浸水が地震発生から40分以内に生じる地域だ。対象となった自治体では、避難場所や防災訓練の実施などに関する計画を策定することが努力義務となる。
 さらに政府は11月8日、両地震でM7以上の地震が起きた後、続けて巨大な「後発地震」が起こる恐れが高まっているとして、住民らに対し発生から1週間、直ちに避難できる態勢で過ごすよう促すと公表した。運用は12月16日からだ。

 ■東日本大震災を上回る

 二つの地震を巡っては昨年12月、内閣府が公表した被害想定が衝撃を与えた。
 冬の深夜に日本海溝でM9.1の地震が発生した際、北海道えりも町や岩手県宮古市で高さ約30メートルの巨大津波が襲い、最大で約19万9千人が死亡すると試算したのだ。死者数は北海道が最も多く約13万7千人、青森県は4万人超、岩手県は1万人超を数える。建物全壊は22万棟、経済被害は31兆3千億円に及ぶ。一方、千島海溝地震でも、M9.3の地震で死者は最大約10万人とされる。これらの規模は、死者1万5900人を出した東日本大震災をはるかに上回る。
 死者のほとんどは津波に起因するが、被害を増幅させる要因に「寒さ」と「積雪」がある。北海道東部の太平洋に面した浜中町。防災対策室の串田之宣(ゆきのり)係長は言う。
 「わずか10分の避難開始の遅れが、生死を分けかねない」
 町は、国の想定では最大23メートルの津波が襲うとされている。昨年10月、町では徒歩で高台に逃げる津波避難訓練を実施した。町民約500人が参加し、そのうち10〜90代の50人に全地球測位システム(GPS)端末を携帯してもらい避難にかかる時間を分析した。その結果、地震発生から5分以内に避難を開始すれば、津波到達前に全員が安全に避難できた。だが、避難行動が10分遅れ15分後に開始した場合、ほとんどの避難者が浸水区域を脱することができなかったのだ。
 このシミュレーションを作成した、地方独立行政法人「北海道立総合研究機構」の戸松誠研究主幹(地域防災)は指摘する。
 「冬場の避難は、暖かい格好で避難しなければいけないなど、相対として避難時間が遅くなります」
 一般的に日中の避難は、地震発生から避難開始まで約5分といわれる。だが、寒冷地の場合、防寒着など上着を着るための時間がかかる。また、いざ避難を始めても積雪の影響で時間がかかることになる。

 ■低体温症の危険がある

 10分を生み出すにはどうすればいいか。
 戸松研究主幹は(1)家の耐震化(2)家具の固定(3)避難場所・ルートの確認──の3点がとりわけ重要になってくると話す。
 「まず、避難するには最低限、家が倒れないことが重要です。そのためには自宅の耐震化は図っておく必要があります」
 家が無事でも、家具が倒れて出入り口を塞(ふさ)ぐと避難ができない。家具の固定は徹底しておきたい。
 「そして、いざ避難することになっても、避難場所と避難ルートを知らなければ避難行動を遅らせる原因となります。普段から防災訓練には積極的に参加し、速やかに行動に移れるようにしておくことが大切です」(戸松研究主幹)
 津波から逃れても、厳しい寒さにさらされている間は危険が続く。内閣府が昨年12月に出した被害想定では日本海溝地震で約4万2千人、千島海溝地震で約2万2千人に低体温症のリスクがあるとした。低体温症は、寒さなどで体の熱が失われ体の奥の深部体温が35度以下になると症状が表れ、放置すれば死亡の恐れがある。リスクが高いのは高齢者や子ども、低栄養や内分泌系疾患のある人たち。東日本大震災でも低体温症で亡くなった人はいたとされている。
 被害想定を受け、多くの自治体では毛布やカイロなど備蓄の買い増しを始めた。太平洋沿岸の岩手県陸前高田市では、防寒用のアルミブランケット1100枚を購入した。だが、これでは市の人口(約1万8千人)の1割にも満たない。
 市の防災担当者は言う。
 「防寒対策は、避難者自身にとってもらうしかない」
 実際、自治体が全住民分を用意するのには限界がある。多くの自治体は、住民自身による「自助」の重要性を指摘する。
 では、低体温症を防ぐにはどうすればいいか。
 東北大学災害科学国際研究所の佐々木宏之准教授(災害医療)は、まずは「平時の備え」が大切と指摘する。
 「雨具や保温性の高い衣類、タオルなどは防災リュックに入れておく。水やチョコレートなどのエネルギー源も必要です。避難所では、コンクリートの床に横になると熱を奪われていくので、断熱マットも準備しておくといいでしょう」
  一番いいのは、疑似体験をすること。自宅で電気やガスを使わずに一晩過ごす「防災キャンプ」をしてみて、何が必要かを家族で話し合うことも有効だという。
 もし低体温症になったら「ハザード(危害要因)からの回避」が重要になる。まず、風雨の当たらない場所に移動させる。服がぬれていれば乾いた服に着替えさせ、体を拭き重ね着をして保温する。意識があり誤嚥(ごえん)の心配がなければ、温かい飲み物を飲ませる。炭水化物やチョコレートなどでカロリーを摂取し栄養を補給することも大切。水分補給も重要だが、アルコールは血管を拡張させ体温を下げるので避けるべきという。
 佐々木准教授はさらに、低体温症は沿岸部や寒冷地だけのものではないと警鐘を鳴らす。
 「外気温マイナス風速が体感温度です。たとえば、外気温が3度で風速が5メートルであれば、体感温度はマイナス2度。そのままの状態でいれば、1、2時間でも命の危険が出てきます。こうした状況は、内陸部や西日本であっても、起こり得ることは知っていてほしい」

(編集部・野村昌二)

※AERA 2022年11月28日号より抜粋
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