[2022_11_17_04]【処理水海洋放出・理解と了解 宮城編(上)】このままでは死活問題 合意なき決定に不信感(福島民報2022年11月17日)
 
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【処理水海洋放出・理解と了解 宮城編(上)】このままでは死活問題 合意なき決定に不信感

 宮城県石巻市の寄磯浜。宮城県の養殖業の主力であるホヤを生産する渡辺喜広さん(61)は寒風が吹く夕暮れに海を見つめていた。約120キロ離れた東京電力福島第1原発では来年春にも放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出が計画されている。「ただでさえ廃業の危機にある。こんな状況で処理水を海に流されて国内消費も落ち込めば死活問題になる」
 1カ月半ほど前、国の担当者らが処理水に関する対応状況の説明で来県した。だが、渡辺さんが加盟する宮城県漁協ホヤ生産者部会は対面を拒否した。背景には政府側が漁業者の合意を得ぬまま放出方針を決めたことへの不信感がある。
 処理水処分を巡っては、福島第1原発の立地自治体が東電による放出設備着工を8月に了解し、作業が刻々と進んでいる。渡辺さんは「このまま放出が始まってしまうのだろうか」と天を仰ぐ。

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 東日本大震災と原発事故の発生前、宮城県は漁業生産量で全国2位を誇っていた。「海のパイナップル」と呼ばれるホヤは年間約1万2千トンが生産され、このうち7千トン超は韓国に渡った。だが、原発事故で韓国が輸入を停止し、現在も販路は絶たれたままだ。供給過多を防ぐために県全体の生産量を抑えざるを得ず、漁業者の収入に影響している。
 宮城県漁協によると、ホヤは韓国で特に人気が高く、海外輸出量のほぼ全てが韓国向けだった。原発事故発生後、米国など新たな販売先の開拓に努めてきたものの、穴埋めはできていない。大量廃棄に踏み切った年もあった。
 輸入を規制していない国・地域でも原発事故の影響が続く。2016年に香港向けの水産物輸出が実現したが、単年で終わった。宮城県食品輸出促進協議会は「産地を理由に消費者に受け入れられず、大量に売れ残った」と現地の流通関係者から報告を受けたという。
 渡辺さんは韓国による禁輸のあおりを食い、生産量と売り上げが原発事故前の半分に満たない状況だ。寄磯浜地区のホヤ生産者数は以前の6割まで減った。
 渡辺さんは政府・東電が強調する「風評対策に万全を尽くす」との言葉を信用できないでいる。原発事故の風評さえいまだに払拭できていないのに加え、処理水について国内外の理解を得る有効な対策を示していないと考えているからだ。宮城県漁協の組合員からは、福島第1原発が立地する福島県と比べ、閣僚や政府関係者が宮城県入りする機会は少ないなどとし、「宮城県が軽視されている」との不満も漏れる。
 渡辺さんは「今、処理水を流されたら地域産業は壊滅する。政府と東電は宮城県の漁業者に対し、風評を防ぐ手だてを示すべきだ」と訴える。

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 宮城県漁協の寺沢春彦組合長は「現実は政府や東電が思っているよりも相当厳しい。何の落ち度もない漁業者が不利益を被ることのないよう、対策を徹底してもらいたい」と語気を強める。宮城県漁協は政府に対し、海外への情報発信や外交交渉・流通対策の強化を重点的に求めていく構えだ。
 寺沢組合長は8年前の出来事が頭から離れない。組合員が水揚げしたヒラメを市場に持ち込むと、流通業者から「そんな物はいらない」と足蹴りされた。「屈辱的だった。処理水放出によって、あのようなことが再び起きるのではないか」。不安は拭えない。

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 処理水海洋放出計画を巡り、全国屈指の水産県だった宮城県の県民からも、国内外の理解が醸成されていない状況での放出に反対の声が上がる。政府と東電が目指す放出開始時期まで約半年となる中、宮城県内の現状を探った。
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