[2022_09_09_06]国道に致死量の57倍以上の硫化水素(島村英紀2022年9月9日)
 
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国道に致死量の57倍以上の硫化水素

 秋田県仙北市の国道341号の約600メートル区間で駐停車しないよう呼びかけられた。
 近くの秋田焼山(1366メートル)から出た硫化水素が国道上で致死濃度の700ppmをはるかに上回り、計器が振り切った40000ppmが検出されたものだ。これは致死濃度の57倍以上にもなる。
 本来ならば通行止めにすべきなのだろうが、駐停車しないように呼びかけるだけの方策を取った。
 硫化水素ガスは「タマゴの腐ったような臭い」と言われるが、じつは、濃度が高いと人間の嗅覚がマヒしてしまって感じなくなるのが恐ろしい。
 ここには観光と火山の危険の問題がある。通行止めにしたら観光客は激減する。観光でしか生きられない地元は必死なのだ。
 福島・磐梯山の騒ぎを思い出す。これは2000年夏に今までにないほどの火山性地震が頻発した問題で、地元の誰もが1888年のすさまじい噴火を思い出した。19世紀で日本最大の噴火だった。このときの噴火で東京ドーム800杯分もの量の岩石が噴出した。2014年の御嶽山噴火の2000倍以上にもなる。477人もの犠牲者を生み、いくつもの村や山林や耕地が埋まった。川がせき止められて、その後の観光名所、五色沼も作られた。
 2000年にもいつ噴火しても不思議ではなかった。他の火山では、この程度の前兆で噴火した例はいくらでもあった。
 しかし、8月がすぎ、9月になっても、噴火は起きなかった。一方、火山性地震は次第に減りはじめていた。
 観光で生きる地元は、じりじりしたにちがいない。観光客は目に見えて減っていた。気象庁や噴火予知連が渋い顔をしているのを尻目に、地元の3町村は9月の下旬に独自の判断で入山規制を解除してしまった。
 登山禁止は気象庁ではなくて地元自治体が決める。当時は気象庁の「噴火警戒レベル」が導入されていなかった。このため、気象庁が渋い顔をしているのに、夏の観光シーズンを迎えた地元自治体は登山禁止を解除してしまったのだ。
 地元から「観光安心」キャラバンが東京などへと繰り出した。
 結果的には気象庁の判断よりは正しかったからいいようなものの、なにかあったら、観光産業を救うために人々を犠牲にしかねない判断だった。
 だが、「引き続き注意が必要です」といった紋切り型の発表にしびれを切らした地元の独走は痛いほど分かる。
 磐梯山の騒ぎは古くて新しい問題だ。今回、秋田の国道で致死量を超えても通行止めにしなかった規制の問題も、あてにならない噴火予知のレベルと政治的な判断の間で揺れる気象庁と地元との軋轢(あつれき)。これから各地の火山でも繰り返されるにちがいない。
 日本では、ほとんどの火山の火山ガス中に硫化水素が多く含まれている。日本での火山ガス中毒事故の80パーセント以上は硫化水素によるものだ。火山ガスを定常的に放出している火山の多くは観光地で、多くの観光客や登山者が火山ガスの発生場所の近くに立ち入っている。気象庁も秋田焼山噴火の兆候は認められないと言っている。
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