[2022_07_13_07]東電旧経営陣4人に計13兆円余の賠償命令 判決のポイントは(NHK2022年7月13日)
 
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東電旧経営陣4人に計13兆円余の賠償命令 判決のポイントは

 2022/7/13 22:18 2022年7月13日 22時18分
 福島第一原発の事故で多額の損害を被ったとして、東京電力の株主が、旧経営陣5人に対し22兆円を会社に賠償するよう求めた裁判で、東京地方裁判所は元会長ら4人に合わせて13兆3000億円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。
 原発事故をめぐり旧経営陣の民事上の責任を認めた司法判断は初めてで、賠償額は国内の裁判では過去最高とみられます。
 東京電力の株主たちは、原発事故が起きたために廃炉作業や避難者への賠償などで会社が多額の損害を被ったとして旧経営陣5人に対し、22兆円を会社に賠償するよう求めました。
 13日の判決で東京地方裁判所の朝倉佳秀裁判長は、勝俣恒久元会長と清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、それに武藤栄元副社長の4人に合わせて13兆3210億円の賠償を命じました。
 判決は、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の信頼性について「推進本部の目的や役割、メンバー構成などから一定のオーソライズがされた相応の科学的信頼性がある知見だった」として「旧経営陣に津波対策を義務づけるものだった」と指摘しました。
 そのうえで「旧経営陣はいずれも重大な事故が生じる可能性を認識しており、事故が生じないための最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示すべき義務があったのに怠った。浸水対策をとっていれば重大な事態を避けられた可能性が十分ある」として、4人の賠償責任を認めました。
 小森明生元常務についても過失があったと認めましたが、就任したのが震災の前の年の6月で、対策を指示しても間に合わなかったとして、賠償責任はないと判断しました。
 賠償額は廃炉と汚染水の対策費用として1兆6150億円、被災者への損害賠償で支払いを合意している7兆834億円、さらに除染と中間貯蔵の対策費用で平成31年度までに必要とされた4兆6226億円の総額で、これらが最終的に東京電力の負担になるとして、旧経営陣による損害と認定しました。
 原発事故をめぐり旧経営陣の民事上の責任を認めた司法判断は初めてで、賠償額は国内の裁判では過去最高とみられます。

 旧経営陣5人の責任と体質批判

 判決は、旧経営陣5人それぞれの責任について次のように認定しました。
【武藤栄元副社長】
 原発事故当時、原子力部門のトップだった武藤栄元副社長は震災の3年前、2008年6月と7月の会議で、津波評価の担当部署から「長期評価」などをもとに東京電力の子会社が試算した津波の想定に関して報告を受けていました。
 福島第一原発に高さ15.7メートルの津波が押し寄せる可能性を示すものでしたが、武藤元副社長は信頼性が不明だと評価しました。
 これについて判決は「社内の専門部署の説明や意見に反する独自の判断だった」と指摘し、津波対策に着手させるべきだったのにその義務を怠ったと認めました。
 さらに、「長期評価」の見解を踏まえた地震の取り扱いについて土木学会に検討を依頼している間、津波対策を指示しなかったことは「対策の先送りで許されない」と批判しました。

【武黒一郎元副社長】
 原発事故の前年まで原子力部門のトップを務めた武黒一郎元副社長については、2008年8月上旬には武藤元副社長の判断や「長期評価」の概略を認識していたとして、原発で重大な事故が起きる可能性も認識できたと指摘しました。
 そのうえで、「最低限の津波対策を速やかに実施するよう指示する取締役としての義務があったのに、武藤元副社長の判断をそのまま認めた」として過失があったと判断しました。

【勝俣恒久元会長と清水正孝元社長】
 原子力部門の直接の責任者ではなかった2人に対しても役員としての責任を認めました。
 勝俣恒久元会長については東京電力の業務執行に関して内部で重要な情報を共有する「御前会議」に出席し、2008年に国が指示した地震・津波対策の安全性の再評価通称「バックチェック」について積極的に質問し意見を述べるなど業務執行を指示する権限を持っていたと指摘しました。
 そのうえで、2009年2月に行われた会議で、巨大な津波が来る可能性が権威ある機関の見解として示されていることや、ほかの原子力事業者が対応を検討していることなどを説明され、新たに津波対策をとらない限り重大な事故に至る可能性があると認識したと認定。それにもかかわらず、対策をとっていない原子力部門の判断を調査や確認もせずに信頼したとして、「確認を怠ったことは許されることではない」と指摘しました。
 また、清水正孝元社長についても「会議で意見を述べ、指示する業務執行の権限を持っていた」として、勝俣元会長とともに、原子力部門の判断に著しく不合理な点がないか確認すべきだったと指摘しました。

【小森明生元常務】
 原発事故当時原子力部門のナンバー2だった小森明生元常務についても判決は、ほかの取締役と同じように津波対策を指示する義務があったのに怠った過失があると判断しました。
 しかし、取締役である常務に就任したのが震災の前の年で、原発の建物の浸水を防ぐための「水密化」の工事には2年程度かかるため、就任後に指示したとしても間に合わなかったとして、賠償責任までは認めませんでした。

【東京電力の体質厳しく非難】
 さらに、判決は旧経営陣の対応を含む東京電力の体質を厳しく非難しました。
 原発事故の前の会社の対応については、「万が一にも重大な事故を起こさないよう、最新の科学的知見を踏まえてどのような対策が可能か、いかに早く対策を取るかという原子力事業者として厳しく求められる安全意識に基づいて行動するのではなく、むしろほぼ一貫して規制当局に対してどうすれば現状維持できるか、そのために有識者の意見の都合の良い部分を利用し、都合の悪い部分を無視するかに腐心してきたことが浮き彫りになった」と指摘。そして、旧経営陣について「津波対策の担当部署がもはや現状維持ができないと本格的に津波対策を取ることを提案しても、こうした意見を取りいれることなく、津波対策を一切行わなかった。こうした判断や対応は当時の東京電力の内部では当たり前といえる行動だったのかもしれないが、原子力事業者として求められる安全意識や責任感が根本的に欠如していたものといわざるを得ない」と厳しく批判しました。

 記者はどう見る

 この判決について社会部 伊沢浩志記者の解説です。

Q.判決のポイントは。

A.主な争点は、
 ▼国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の信頼性
 ▼巨大津波が原発を襲う可能性を旧経営陣が事前に予測できたかどうか
 ▼対策を講じていれば事故を防ぐことができたかどうか
でした。
 株主側は、「長期評価」は信頼できるとした上で、「旧経営陣は巨大津波が原発を襲う可能性を事前に認識していて、必要な対策をとるべきだったのに怠った」と主張しました。
 一方、旧経営陣側は「『長期評価』の信頼性は低く、巨大津波による被害は予測できなかった。仮に予測できていたとしても対策は間に合わなかった」などと主張していました。
 判決は、株主側の主張をほぼ全面的に認めた形です。
 「長期評価」については国の機関の目的や役割やメンバー構成などから、「一定のオーソライズがされた相応の科学的信頼性がある知見だった」として、「経営陣に津波対策を義務づけるものだった」と認定しました。

Q.訴えられていたのは旧経営陣5人だが、賠償が命じられたのは4人なのはなぜか。A.判決は、5人全員が対策を講じる義務を怠ったと判断しています。
 原子力部門のトップだった武藤元副社長が「長期評価」について信頼性が不明だと判断し、事故を防ぐための津波対策を速やかに講じるよう指示せず、そのほかの4人も武藤元副社長の判断をそのまま認め、対策を指示しなかったと指摘しました。そして、東京電力の担当部署が指示を受けて、原発の建物の中に水が入らないようにする「水密化」という対策をとっていれば、重大事態を避けられた可能性は十分あったとしています。
 小森元常務も過失があったとされましたが、取締役に就任したのが震災の前の年だったため、2年程度かかる「水密化」の対策を指示しても不可能だったとして賠償責任はないと判断されたのです。

Q.今回の裁判は株主が会社に変わって旧経営陣の責任を追及する株主代表訴訟で、賠償は株主に対してではなく東京電力に行うことになる。13兆円を超える賠償額が認められたのはなぜなのか?

A.認められたのは
 ▼廃炉と汚染水の対策費用として1兆6150億円
 ▼被災者への損害賠償で支払いを合意している7兆834億円
 ▼除染と中間貯蔵の対策で平成31年度までに必要とされた4兆6226億円の総額です。
 これらが最終的には東京電力の負担になるとして、旧経営陣による損害だと認定しました。国内の裁判では過去最高の賠償額とみられます。

Q.今回の判決の意義は?

A.判決は冒頭で「原発事故が発生すると従業員や周辺住民だけでなく国民全体に対しても甚大な被害を及ぼし、ひいてはわが国そのものの崩壊にもつながりかねない。原子力事業者には重大事故を万が一にも防ぐ社会的な義務がある」と指摘しました。それにもかかわらず旧経営陣は対応を怠ったとして、「原子力事業者に求められている安全意識や責任感が根本的に欠如していたと言わざるを得ない」と厳しく非難しました。

 原子力事業を担う会社の役員には重い責任と、より慎重な判断が求められることを極めて厳しくつきつけたといえます。

 原告団「社会的責任を認定してくれた」

 判決のあと、原告団は東京地裁の前で「株主勝利」と書かれた紙をかかげ、支援者たちに報告をしました。
 原告の1人は「取締役たちの安全意識や責任感が根本的に欠如していたということを裁判所は、はっきり言いました。会社を運営するということは、社会的責任をともなうということを認定してくれました」と声を震わせながら語りました。
 また海渡雄一弁護士は、判決について「裁判所の東電に対する激しい怒りがはっきり示されていて画期的だ」と述べたうえで、来年1月に判決が予定されている旧経営陣3人に対する刑事裁判の控訴審についても「決定的な影響を与えるだろう」という見解を示しました。

 原告団が記者会見「歴史的な意味がある名判決」

 判決を受けて、原告団が東京・霞が関で記者会見を開きました。
 原告の1人である木村結さんは「東電のずさんな経営を許してはいけない、首都圏の電気をつくるために福島の人たちが危険にさらされる現実を変えなければと長きにわたって闘ってきた。原子力発電所は、ひとたび事故を起こせば、取り返しのつかない被害を生命と環境に与えるもので、その重責を担う覚悟を持たないものは取締役などになってはいけないということを示していただいた」と述べました。
 海渡雄一弁護士は「原発事故で非常に苦しい生活に追い詰められた大勢の住民に心から喜んでもらえる100点満点の判決になったと思う。原子力事業者の取締役たちに事故の責任があると認定されたことで、今後各地の原子力事業者の経営判断にも影響が出てくると思う」と述べました。
 また、河合弘之弁護士は「きょうの判決で非常に印象的だったのは裁判官たちの正義感だ。手を抜いて逃げ回って、何も対策を取らずに事故を起こした旧経営陣に対する怒りが満ち満ちていた。歴史的な意味がある名判決だと思う」と述べ、判決を高く評価しました。

 東京電力「改めて心からおわび申し上げます」

 判決について東京電力は、「個別の訴訟に関することは回答を差し控えさせていただきます」としたうえで、「原発事故により、福島県民の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて、心からおわび申し上げます」とするコメントを出しました。
 勝俣元会長と清水元社長の代理人弁護士「コメント差し控える」
 判決について、東京電力の勝俣恒久元会長と清水正孝元社長の代理人をつとめる弁護士は「判決内容を精査できていないので、コメントは差し控える」としています。
 福島の集団訴訟 原告団長「よく賠償責任認めたと思う」
 先月、最高裁で判決が言い渡された福島県内の原発避難者の集団訴訟で原告団長を務めた中島孝さん(66)は、「よく賠償責任を認めたと思う。自己破産してしまうような金額だが、廃炉にかかる膨大な費用を考えると素直な判断だと思う。控訴するだろうが、2審の高等裁判所もこの判断を踏襲してほしい」と話していました。
 そのうえで「原発事故から11年たったが、被害は広く、深く、長い。処理水が海洋放出されれば福島の命運は尽きると思う。国も含めて、この事故の原因やいきさつを検証し、反省するプロセスが引き続き求められるので、司法には頑張ってもらいたい」と語りました。

 福島 いわき市民は

 東京電力の旧経営陣4人に巨額の賠償を命じる判決が言い渡されたことについて、福島県いわき市で聞きました。
 市内の64歳の会社員の男性は、「刑事裁判では無罪判決が出ていたが、予期しない事象であってもある程度の準備はできたのではないかと思うので今回の判決は妥当だと思う」と話していました。
 61歳の会社員の男性は、「危険があることが事前にわかっていたので、賠償の支払いを命じる判決が出たのだと思う。電力事業者は安定供給のためにしっかりとした対策をしてほしいと思う」と話していました。
 一方、市内で飲食店を経営する69歳の男性は、「自分もあのような津波が来るとは思っていなかったので、旧経営陣だけに責任を負わせるのはどうかと思う」と話していました。

 萩生田経済産業相「いかなる事情よりも安全性を優先させる」

 オーストラリアに出張中の萩生田経済産業大臣は、「個別の訴訟における判決についてのコメントは差し控えるが、今後も原子力を活用していくうえで安全神話に陥って、悲惨な事故を防ぐことはできなかったという反省を忘れることなく、いかなる事情よりも安全性を優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げていきたい」と述べました。

 官房長官「国民の懸念解消に全力挙げていく」

 松野官房長官は午後の記者会見で、「個別の訴訟の判決でコメントは差し控える。今後も、原子力を活用していく上では安全神話に陥って悲惨な事故を防げなかったという反省をいっときたりとも忘れることなく、いかなる事情よりも安全性を優先をさせ、国民の懸念の解消に全力を挙げていく」と述べました。
 また、今回の判決が政府の原子力政策に影響するかどうか問われ、「原子力発電所の再稼働は、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた場合に、その判断を尊重し、地元の理解を得ながら進めるのが政府の方針だ」と述べました。

 会社法の専門家「原子力事業の特殊性 かなり重視した判断」

 判決について会社法が専門の関西学院大学の伊勢田道仁教授は、「津波や地震という災害のリスクに対する原子力事業者の責任が問われた初めてのケースで、重大な事故が起きると国全体に甚大な被害が起きる原子力事業の特殊性をかなり重視した判断だ」と指摘しました。
 そのうえで、「ひとたび事故が起きればばく大な損害賠償を求められることになり、ほかの原子力事業者への影響も非常に大きいと思う。13兆円余りという金額はインパクトも大きく、それだけ裁判所が原子力事業に関わる会社の役員の責任は重いと判断したと考えられる」と話していました。

 原子力政策などの専門家「必要な対策 取らなかった責任を明示」

 13日の判決について、原子力政策などが専門で、福島第一原発事故では内閣官房参与として対応にあたった多摩大学大学院の田坂広志名誉教授は、「個人4人に13兆円という大きな賠償額が示されたことと、旧経営陣には、必要な対策を取らなかった責任があることを極めて明確に示した判決だ」と指摘しました。
 また、「経営者が安全対策を怠った場合には、現場に関与していなくても、専門的な知識がなくても、最後は極めて大きな責任を問われることが示された。東京電力に対する責任がどう問われたかについては、そのままほかの電力会社にも当てはまり、自らの組織の在り方を見直す非常に重要な警鐘だ」と述べ、東京電力を含め原発を運営する電力事業者は、経営陣が安全への責任を自覚するべきだと指摘しました。
 そのうえで、「最悪の事態には至らないとして対策が後手に回るというのは、日本の企業や組織にもある根本的な問題で、最後の責任は自分には来ないという、楽観的で甘い対策のまま放置する傾向が高い。判決は、集団的な無責任体制への警告だとも受け止められる」と述べました。

 過去も巨額の賠償を命じる判決

 会社の損害について株主などが経営陣の責任を追及した裁判では、これまでにも巨額の賠償を命じる判決が出ています。
 2011年に発覚した巨額の損失隠しをめぐって大手精密機器メーカー「オリンパス」の会社や株主が歴代の経営陣16人に対し会社が受けた損害の賠償を求めた裁判では、元社長と元監査役、それに元副社長の3人に総額594億円を会社に賠償するよう命じた判決がおととし確定しています。
 「蛇の目ミシン工業」が仕手グループに300億円を脅し取られた事件をめぐって株主が旧経営陣5人を訴えた裁判では、2審の東京高等裁判所が583億円の賠償を命じ、その後、確定しました。
 同じ年の2月には「ダスキン」の旧経営陣に53億円の賠償を命じた判決が確定していましたが、「蛇の目ミシン工業」の賠償額はその10倍を超え、当時、確定した賠償額としては過去最高とみられていました。
 13日の判決は13兆円余りの賠償を命じ、こうした過去の判決をはるかに上回るものとなりました。

 勝俣恒久 元会長

 勝俣恒久 元会長は東京都出身の82歳。
 1963年に東京電力に入社後、企画部長や常務、副社長を経て、2002年に原子力発電所のトラブル隠しの不祥事を受けた刷新人事で社長に就任。
 在任期間中、経団連の副会長や電気事業連合会の会長を務め、政財界に大きな影響力を持っていました。
 2007年には新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発が7基がすべて停止し、燃料費コストが大きく膨らむなど28年ぶりの赤字を計上する中、2008年に社長を退きました。
 その後、会長となり、2011年3月の福島第一原発事故の際、体調不良で入院した当時の清水社長に代わって指揮を執ったほか、事故後の賠償をめぐって政府と交渉にあたるなど、引き続き存在感を発揮しました。
 しかし、原発事故により東京電力は巨額の赤字を抱えることになり、公的資金の投入など経営再建策に理解を得たい政府の意向で2012年に会長を退任しました。
 勝俣 元会長は、これまでの裁判の中で原発に大きな津波は来ないと思っていたと述べたうえで、国の地震調査研究推進本部の「長期評価」や、巨大な津波が押し寄せる可能性があるとした想定などについて「知らなかった」と繰り返し主張していました。

 清水正孝 元社長

 清水正孝 元社長は神奈川県出身の78歳。
 1968年に東京電力に入社し、資材部長や副社長などを務めたあと、2008年に勝俣氏の後継として社長に就任。
 福島第一原発の事故発生時は社長でしたが、周辺の住民が避難を余儀なくされるなど多大な損害を与えた経営責任をとって事故からおよそ3か月後、退任しました。
 これまでの裁判では、福島第一原発の事故の前に津波について安全性に危惧があるという報告や説明を受けたことはないと主張しました。
 また事故について謝罪した一方で「安全性をないがしろにして設備投資を惜しんだことはない。誠心誠意、業務に努め、取締役としての注意義務を果たしてきた」と証言していました。

 武黒一郎 元副社長

 武黒一郎 元副社長は東京都出身の76歳。
 1969年に東京電力に入社し、柏崎刈羽原発の所長などを務めたあと2005年から原子力部門のトップ、原子力・立地本部長を務めました。
 2007年に起きた新潟県中越沖地震では、副社長として、全基が停止し火災も発生した柏崎刈羽原発の再稼働に向け、復旧作業を指揮したほか、地元での説明に当たりました。
 この過程で当時社長だった勝俣氏も出席する通称「御前会議」を開催。
 この場で福島第一原発に敷地の高さを超える津波が来るという計算結果があることが報告されたとされています。
 2010年には副社長を退任し、福島第一原発の事故の際は、社長を補佐するフェローとして、総理大臣官邸に派遣され、政府との連絡役を担いました。
これまでの裁判では津波への対策がとられなかったことについて「試算値の根拠はあいまいで、対策という次のステップに進むのは望ましくないと考えた。安全に影響があるかきちんと確認したかった」と証言しています。

 武藤栄 元副社長

 武藤栄 元副社長は東京都出身の72歳。
 1974年に東京電力に入社し、原子力技術課長や原子燃料サイクル部長など原子力部門の中枢を歩み、2005年に原発の安全対策を担当する原子力・立地本部の副本部長に就任。
 2010年には副社長となり、武黒氏のあとを受けて、原子力部門トップの本部長に就任しました。
 武藤元副社長は原子力に関する高い専門知識から社内で信頼が厚かったとされ、福島第一原発の事故の際にも、当時の吉田昌郎所長が、たびたび助言を求めていました。
 2008年に国が指示した地震・津波対策の安全性の再評価、通称「バックチェック」への対応で福島第一原発に最大15.7メートルの高さの津波がくるという計算結果の報告を部下から受け、この時、土木学会に検討を委ねたとされています。
 これまでの裁判では、国の地震調査研究推進本部の「長期評価」に基づいて、敷地の高さを超える津波が到達するという計算結果がまとまったことについて「長期評価は根拠も分からず、信頼性もないと部下から報告され、土木学会の専門家に意見を聞いて、必要があれば対策することになった。当時の判断は合理的だったと今も思っている」などと証言していました。

 小森明生 元常務

 小森明生 元常務は兵庫県出身の69歳。
 1978年に東京電力に入社し、2008年から2010年まで福島第一原子力発電所の所長を、2010年からは常務となり、原子力・立地本部の副本部長を務めました。
 福島第一原発の事故直後は、社内の原子力緊急時対策本部で本部長だった当時社長の清水氏の代行を務めたほか、収束作業の拠点だった福島第一安定化センターの所長を2013年まで兼務しました。

 朝倉佳秀裁判長とは

 原発事故について東京電力の旧経営陣の賠償責任を初めて認めた東京地方裁判所の朝倉佳秀裁判長は大学在学中に司法試験に合格し、1993年に裁判官になりました。最高裁判所の民事局の課長や内閣審議官を務めた経験もあります。
 2020年10月に東京地裁の裁判長になり、今回の裁判では終盤から審理に携わり、勝俣元会長や清水元社長などの本人尋問も行いました。
 また、去年10月には裁判官として初めて福島第一原発の敷地内に入り、視察を行いました。
 13日、判決を言い渡す直前に朝倉裁判長は法廷で傍聴する人たちに向かって「判決の途中で言いたいことがあっても、心の中でお願いします。法廷から出たら思う存分声をあげてください。審理が終わった去年11月からだいぶお待たせしましたが、7か月余りかけて書いた判決を最後まで聞いて下さい」と語りかけ、主文を読み始めました。
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