[2022_03_07_01]ロシアによる、人類史上初の運転中の原子力発電所への軍事攻撃は何を意味するか?_牧田寛(日刊SPA!2022年3月7日)
 
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ロシアによる、人類史上初の運転中の原子力発電所への軍事攻撃は何を意味するか?_牧田寛

 原子力発電所が軍隊に攻撃された!
 3月4日午前、昼過ぎまで寝ている間も24時間流しっぱなしにしているCNN U.S.の夜の報道番組AC360°(Anderson Cooper 360 Degrees)で、ウクライナ共和国南部にあるザポロジエ原子力発電所(ZNPP)がロシア軍による攻撃を受け、建屋が被弾、火災が発生しているという緊急速報が入りました。
<※Anderson Cooper 360 Degrees/Fire At Nuclear Power Plant In Ukraine After Russian Assault 2022/03/03 21:00 ETCNN Transcripts>

 欧州最大の原子力発電所がロシア軍による攻撃を受け、建屋が炎上し、銃撃のために消防隊が接近出来ない、但し放射線量の増加は見られないというものでした。
 放射線量は、多くの市民が定点測定している線量観測がSNSによって逐次報じられており、それによって確認が取れたとして賞賛されています。
 これまでに原子炉への軍事攻撃はイスラエルによるイラクのオシラク原子炉爆破(1981年6月7日完成直前)や、フランスのスーパー・フェニックスへの建設中での対戦車ロケットによるテロール(1982年1月)などがありましたが、運転中の商用原子力発電所が軍隊による攻撃を受けたのは初めてのことです。
 商用原子力施設および商用原子力発電所への攻撃は明確な国際法・条訳違反*ですし、最悪の場合、欧州全域に甚大な核災害を発生させますので絶対に行ってはならないことです。

<*ジュネーヴ諸条約及び追加議定書
第一追加議定書
・危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原子力発電所)の保護(第56条)
第二追加議定書
・危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原子力発電所)の保護(第15条)>

 ロシアは、ウクライナ侵略において策源地であるベラルーシ共和国からウクライナの首都キエフへの通過点であるチェルノブイル原子力発電所を既に制圧していました。但しチェルノブイル原子力発電所は、とっくに全炉運用終了、管理廃止措置に入っており、核物質の保全が行われる限り脅威とはなりません。一方でチェルノブイル周辺の立ち入り禁止区域(ZONE)における軍事活動のためにアクチニド(ウランやプルトニウムなどのとても重い放射性元素でアクチニド系列と呼ばれるもの) を含む放射性の塵がまきあげられ、放射線量が急増しているという報告もあります*。
<※チェルノブイリ原発で放射線量が急上昇、危険性は「極めて低い」と ウクライナ侵攻2022/02/26 BBC>

 チェルノブイル核災害では、福島核災害と異なり、原子炉炉心が環境中に吹き飛ばされたため、アクチニドが降下しており、放射性の塵にはたいへんに厄介なものが含まれます。そのため、適切な防護をしていなければロシア兵の長期的健康に影響する可能性があります。その一方でこれは局地的ですのでZONE及び近隣の外への影響は軽微と見込まれます。
 今回ロシア軍に攻撃されたザポロジエ原子力発電所は、欧州最大の原子力発電所*で、最大出力ではウクライナの発電量の20%を占め、現在運転中であることからこの発電所での戦闘は、チェルノブイル原子力発電所とは全く異なり、たいへんな暴挙です。またザポロジエ原子力発電所は、使用済み核燃料の保管状態が良くないことで評判が良いとは言えないところがあります。
<*世界第三位の規模で、世界一位は、休止中の東京電力柏崎刈羽原子力発電所>

 ザポロジエ原子力発電所では、訓練棟が攻撃により破壊され、管理棟なども被弾、使用済み核燃料管理施設や原子炉建屋も被弾しているとされていますが、執筆時点では正確な情報がありません。この正確な情報が無いという事も原子力安全にとり重大な脅威です。

 安全性は西側並みのザポロジエ原子力発電所

 ソ連邦は、大原子力国でしたが、ソ連邦の原子力開発は、過酷事故への備えが薄く、生体遮蔽(放射線遮蔽)はあるものの、格納容器がなかったという事で知られています。チェルノブイルがこれで、根本的な設計思想の欠陥を指摘されました。
 ザポロジエ原子力発電所には六基の原子炉があり、合計6GWhe(電気出力600万キロワット時)近くの発電容量を持ちます。原子炉は、VVER-1000/320といってソ連版のPWR(加圧水型軽水炉)という炉型で、基本設計は合衆国系の大型商用炉と同等のものです。建設開始が1980年でありTMI-2事故(スリーマイル島原子力発電所2号炉事故)以後の原子炉ですから、西側で考える商用原子炉の安全設計は基本的に備えていると考えて良いです。
 また1990年代にVVER-1000シリーズはチェルノブイル核災害の経験も組み込んだ過酷事故対策等の近代化を経ており、本邦の大型加圧水型原子炉並みの安全性はあると考えて良いと筆者は見做しています。
 VVER-1000は、中小型のVVER-440での失敗をもとに東欧向け輸出を前提に設計されていますが、35年の設計寿命です。このためザポロジエ原子力発電所では2010年以後、点検、延命工事が検討、実施されてきました。
 国際原子力機関(IAEA)の発表*では、運転中は4号炉のみで、1号炉は定検中、2号炉と3号炉は停止中、5号炉と6号炉は低出力待機予備運転中とのことです。日本原子力産業協会(JAIF)によれば、2号炉が50%出力で運転中とのことです**が筆者はIAEAによる情報を採用しています。
<*Update 11 IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine 2022/03/04 IAEA>
<**ウクライナの原子力発電所の状況2022/03/04一般社団法人 日本原子力産業協会>

 従って仮に4号炉が緊急停止してもウクライナ全土の送電網が崩壊することはないようです。寒冷地ですので電力喪失は、市民の生命に関わります。有事において大型電源への偏重と依存が送電網に混乱を来し社会の安全を脅かすことは東日本大震災や北海道胆振東部地震が如実に示しています。

 銃を突きつけられて操業中

 ザポロジエ原子力発電所は、ロシア軍による攻撃を受けて建屋の一部(訓練棟とされる)が炎上しましたが、原子炉本体への影響は幸いにして無く、火災も鎮火したとのことです。発電所はロシア軍の制圧下にありますが、運転管理は発電会社によって行われており、ウクライナ人の労働者が銃口を突きつけられながらも操業を続けていると報じられています(CNN New DAY 2022/03/04)。
 運転を素人が強制的に止めれば最悪の核ジャックとなり、最悪の場合原子炉が炉心溶融後に原子炉建屋が爆発・崩壊することもあり得ます。ウクライナの電力会社職員に操業を継続させるという事は、当面、最悪の事態は回避されたと言えます。
 ロシアにとって、商用原子炉は戦略輸出商品*であり、採用例も順調に伸びていることから、原子炉を破壊することや攻撃することは本来あり得ないことです。しかし国際法・条訳に違反して攻撃はなされました。一方、銃で脅しながらであっても操業は継続され、送電線からの遮断も行われていないという事ですので核テロールを行うほどイカれていないようです。
<*ロシアや中国は、原子炉の建設だけでなく職員養成、核燃料供給、核燃料サイクル、運転管理などのパッケージ販売をしており更に借款も含めているために超大型の金融商品でもある。このため日本勢などは特にロシアに対して苦戦してきた>

 既に中身は全く異なるものになっていますが、最新のVVER-1000シリーズは特に手頃な大きさの原子炉としてインドなどで採用され、操業が始まっています。もしもウクライナの原子力発電所を破壊すれば、ロシアにとっても商業上重大な信用問題となります。

 何が目的なのか?

 商用原子力発電所への攻撃は、それにより原子力過酷事故・核災害に直結することとなり、最悪の場合、ウクライナだけでなくロシア、トルコほか欧州・中東・旧ソ連邦全域に甚大な打撃を与えかねない暴挙です。

 大袈裟に言えばDoomsday Device(皆殺し装置)にもなりかねない危険をはらんでいます。仮に国家指導部、この場合はプーチン氏にその気がなくても現地指揮官、現地将兵がおかしな考えを持てば商用原子力発電所は皆殺し装置になり得ます。そうであるからこそ、商用原子力発電所・発電施設はジュネーブ条約で攻撃が禁止されており、ロシアも条訳批准国です。
 では何故攻撃したのか?少なくとも理由は幾つか考えられます。

1)ドニエプル川の制圧
 ドニエプル川はロシアからベラルーシ、ウクライナを経て黒海に流れる大河です。河口部はダムで阻害されていますが、ウクライナの首都キエフまでの水上交通が可能となります。

2)電力の遮断
 ザポロジエ原子力発電所は総容量ではウクライナの20%を占める大電源です。これを送電網から遮断すればウクライナを混乱させられます。但し、現在運転中は4号炉のみですし、送電網から原子力発電所を遮断すると受電も出来なくなり、外部電源喪失という極めて危険なことになります。現実には送電は継続しているとのことです。

3)核物質の制圧
 ザポロジエ原子力発電所には使用済み核燃料が保管されています。商用軽水炉の使用済み核燃料から核兵器を作ることは困難ですが、そうであっても軽水炉級の核物質も厳重管理対象となります。制圧の動機となり得ます。

4)核恫喝(核テロール)
 核施設を支配することは核恫喝に使えます。ロシアほどの大国がそのような真似をするとは考え難いのですが、既にロシアはベラルーシへの核搭載可能なイスカンデルミサイルを持ち込み、世界に向けて核恫喝を行っており、世界から抗議を集めています*。ロシアの国際的信用を地に堕とす行為です。
<*ロシアのウクライナ侵攻と「核の恫喝」に対する抗議声明2022/03/02長崎大学>

 原子力平和利用の大前提が崩れた

 原子力の平和利用は、軍事非転用と軍事攻撃を受けないことが絶対条件です。これまでは、まだ操業開始してなかった(完成前だった)、軍事用だったなどと釈明出来ましたが、ザポロジエ原子力発電所は、民間所有の商用原子力発電所です。

 IAEAのラファエル・マリアーノ・グロッシ事務局長は、2020/03/04に原子力安全と防護の7つの柱を表明しました*。
<*IAEA Director General Grossi’s Initiative to Travel to Ukraine 2022/03/04 IAEA>

1) 原子炉、核燃料プール、放射性廃棄物貯蔵所など、施設の物理的な完全性が維持されなければならない
2) すべての安全・保安システムと設備が常に完全に機能していなければならない
3) 運営スタッフは、安全およびセキュリティの義務を果たすことができ、不当な圧力から解放された意思決定を行う能力を有していなければならない
4) すべての原子力発電所に対して、送電網から安全なオフサイト電力(外部電力)が供給されなければならない
5) サイトへの、またサイトからの中断のない物流サプライチェーンと輸送がなければならない
6) 現場及び敷地外の効果的な放射線監視システム、緊急事態への備えと対応策がなければならない
7)規制当局などとの信頼できるコミュニケーションがあること

 これら7つの柱は、原子力安全、防護の基本中の基本で常識なのですが、これを敢えてIAEA事務局長が表明する事態になり、ロシア軍によって破綻してしまいました。
 人類は、たがが外れた状態と言えて第二第三の原子力発電所攻撃は否定出来なくなりました。これは商用原子力利用への重大な脅威です。
 「ジュネーブ条約があるから原発は攻撃されない」と豪語し、異論を嘲笑する人々がいましたが、「人が作ったルールは人によって破られる」典型が生じたわけです。
 また原子炉を攻撃しても本体は大丈夫と豪語する人が相変わらず居ますが、大型軽水炉には、自律安全性(受動安全性)に弱点があり*、炉心から遠くで生じた取るに足らないトラブルが、人間による適切な対応がなければ短時間で炉心溶融に至る可能性が無視出来ないことはWASH-1400(ラスムッセン報告)で指摘され、ブラウンズフェリー1号炉火災(BF-1 Fire)で現実となる寸前にいたり、スリーマイル島2号炉炉心溶融事故(TMI-2)で実現しています。その後も大小の事故は生じており、福島核災害で決定的となっています。
<*受動安全性を大幅に強化したものが第三世代+炉であるが、フランスのEPR(欧州加圧水型炉)では、建設費が高騰しており経済性が著しく損なわれてしまった。ロシアや中国で実証中である>

 ザポロジエ原子力発電所へのロシア軍による攻撃では、攻撃下にある制御室の映像が報道されており、「直ちに立ち退きなさい」「直ちに原子力施設への攻撃を止めなさい」「重要施設を壊すのか」「被害復旧を邪魔しないで」「君たちは、全世界の安全を脅かしている」などの職員の構内放送での呼びかけが無視されている事がわかります*。これはニューヨーク・タイムズによって映像と文字おこしが公開されています**。
<*Urgent Message Heard On PA System At Nuclear Power Plant During Attack: “Stop Shooting Immediately! You Threaten The Security Of The Whole World” 2022/03/04 21:00(ET)〜 CNN AC 360 Degrees Transcripts>
<**Live Updates: Putin Threatens to Strip Ukraine of Statehood, as Russian Advance Slows 2022/03/04 The New York Times>

 本記事執筆時点(2022/03/05)でロシア軍は、南ウクライナ原子力発電所(VVER-1000 4基)まで20マイル(32km)まで接近しており、更なる原子力施設への攻撃が強く懸念されています。またロシア軍支配下にあるチェルノブイル原子力発電所でも労働者の行動・通信の自由が侵され管理状態が大きく劣化しています。
 原子力施設への攻撃は、人類への犯罪と言えます。この様な国家テロールは断じて許されるものではなく、ロシア政府は直ちにかかる行為を止めて原状回復する義務を人類に対して持ちます。
 また我々は、独裁者というものは有能に見えても破滅的な行動に及ぶという事を何度でも学び取る義務があります。これは中国において多くの皇帝が繰り返してきたことであり、本邦においても豊臣秀吉など歴史上の人物が具体例を残しています。
<文/牧田寛>
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