[2021_12_24_11]初めて太陽に接近した探査機(島村英紀2021年12月24日)
 
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初めて太陽に接近した探査機

 12月に米国の西海岸で開かれる米国地球物理学連合大会は地球物理学の世界最大の学会である。発表数が9000、審査を受けた研究ポスター数は10000にも及ぶ。世界中から地球物理学者が集まるので知られていて、共同研究をした欧州などからの外国人にもよく会う。日本は縦割り学会なので、めったに会わない日本人同士が会える機会でもある。
 今年の話題をさらったのは「歴史上初めて、探査機が太陽に触れた」という米国航空宇宙局(NASA)の発表だった。宇宙探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」が太陽の上層大気であるコロナに初めて到達したというのだ。
 太陽は近くに行くほど温度が高まる。この探査機は特製の遮熱板を太陽に向けた方向にかざして、1400度の熱まで耐えられる。もちろん遮熱板が少しでも向きが違ったら、たちまち探査機が焦げてしまう。
 地球と違って、太陽はガスの塊である。太陽の主成分は水素やヘリウムなどのガスだ。超高温の大気であるコロナに包まれていて、太陽から遠ざかると太陽風というガスの流れに変化する。
 ここは太陽の重力と磁力から太陽の大気の限界と考えられているところで、ここから外には太陽の表面で起こる爆発現象である太陽フレアやコロナ質量放出が出るだけだ。
 コロナが終わって太陽風になる境界面は「アルヴェーン臨界面」といわれているが、どこにあるのかがこれまで分かっておらず、太陽の表面から太陽半径の10倍(約690万キロメートル)〜太陽半径の20倍(約1390万キロメートル)の範囲にあると考えられていた。
 探査機がコロナに到達したのは4月末で、太陽表面から太陽半径の18.8倍(約1310万キロメートル)で、初めてアルヴェーン臨界面に遭遇した。
 その後も、探査機は3回ほどコロナに出入りした。アルヴェーン臨界面の表面は、滑らかな球状ではなく、トゲや谷などのでこぼこな構造を持つことが分かった。
 アルヴェーン臨界面を研究することで「コロナ質量放出」のメカニズム、つまり太陽がどのように荷電粒子を吐き出すかが分かる。このコロナ質量放出が地球に達すると地球の磁気嵐になる。磁気嵐の予知は現在、まだ出来ていない。
 磁気嵐は送電線に損害を与えて送電網を麻痺させたり、人工衛星やGPS(全地球測位システム)などの人工衛星や、航空や漁業に使っている無線障害が出る。実害のないところでは、ふだんは見えるはずのないところでオーロラが見えるといったことにも影響する。
 19世紀には大きな磁気嵐が起きた。当時は現代ほど社会が進んではいなかったので被害は限られていた。この次にはこれではすむまい。悪くすると国家レベルの甚大な被害を及ぼす。
 地球の磁気嵐だけではなく、太陽の秘密が、この探査機によって次々に解かれていくのだろう。
 なお、この探査機の最終目的地はアルヴェーン臨界面よりもっと先だ。太陽半径の8.86倍(約620万キロメートル)にまで接近する予定だという。探査機が焦げるか焦げないかの境まで飛ぶ気なのである。この実験は2025年を予定している。
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