[2021_10_13_07]ムール貝の貝殻に潮汐と津波の記録が刻まれていることを超解像度分析によって解明しました_プレスリリース(高知大学2021年10月13日)
 
参照元
ムール貝の貝殻に潮汐と津波の記録が刻まれていることを超解像度分析によって解明しました_プレスリリース

 この度、海洋コア総合研究センターの佐野有司センター長、奥村知世特任助教及び東京大学、富山大学、東北大学、大阪教育大学の研究チームが、岩手県大槌湾より採集されたムール貝の貝殻に、潮汐や 2011 年東日本大震災の津波の記録が刻まれていることをNanoSIMS*を用いた超高解像度の化学分析によって明らかにしました。

研究内容
<背景>
 サンゴや貝殻など海の生物が作る炭酸カルシウムの鉱物には、安定同位体比や微量元素の含有量の変化によって、形成時の海水温や塩濃度、pH、栄養塩類などの情報が記録されることが知られており、過去の海洋環境の変化を理解するデータが取得されてきました。こうしたデータが世界各地の試料で得られることで、地域的な海洋環境の変化だけではなく、地球規模での気候変動を過去に遡って復元する試みが進められています。例えば、二枚貝の貝殻の Mg/Ca 比は水温を反映して変化をすることや、シャコガイの貝殻では、1 日ごとの光周期が Sr/Ca 比として検出できることが示されてきました。
 しかし、このような数時間といった短い時間スケールでは、周囲の環境の変動だけではなく、生物の生理生態機能に応答する予期しない化学的振る舞いが生じることがあるため、各生物が作る炭酸カルシウムにどのような環境の記録が残るかを、それぞれの生物ごとに検証をする必要がありました。

*1 NanoSIMS: 高解像度高感度の二次イオン質量分析装置。固体試料にイオンビームを加速して照射し、試料表面から生成したイオン(二次イオン)を質量分析計で検出を装置です。 数十 nm から数十μm の微小領域の微量元素分析や安定同位体分析を行うことができます。

<内容>
 研究チームは、2011 年 9 月 6 日の午前中に岩手県大槌湾から採集したムール貝(Mytilusgalloprovincialis) の貝殻について(図1)、炭酸カルシウム鉱物に含まれる微量元素(Mg, Ba, Sr)の含有量を NanoSIMS にて調べました。ムール貝の成長線に沿って、10 μm の分析点で、100 μm 間隔で試料全体を分析し(低解像度分析)、さらに 2 μm の分析スポットを 3 μm 間隔で試料の一部を詳細に分析しました(高解像度分析)。この試料では成長速度が 1 日につき平均約 60 μm であったことから、低解像度分析は 8 時間に相当する分析点を 1.7 日間隔で測定し、高解像度分析では、約 50 分の成長分に相当する分析点を約 1.2 時間間隔に相当する測定を行いました。

図1. 岩手県大槌湾より採集したムール貝(Mytilus galloprovincialis)。A: 分析した試料全景。B: A の赤線(最大成長軸)で切断した試料貝殻。C:染色した B の黒四角部分の顕微鏡写真。青白い部分が有機物に富む層で、日周期で形成される。この成長層をカウントすることで、貝殻内の時系列モデルを立て、黄色星部分が 2011 年 3 月 11 日に該当する層であると決定した。

 NanoSIMS による分析結果と、水温・降水量・日射量・海水面といった環境条件の変化を比較したところ、ムール貝の貝殻における Mg/Ca 比において、潮位がある一定値よりも低くなり、貝が大気に露出していた時間帯では高い値をとることが示されました(図 2A〜C)。このような Mg/Ca 比の変化は、低い潮位時の貝が大気に露出した際に、貝殻を閉じている間に形成される有機物に富む層に Mg が選択的に吸着することで、相対的に高い含有量になったと推察されます。また、低解像度の分析でも一年のうち比較的低潮位の時期で、Mg/Ca比が高い値を示すことが確認されました。
 一方、2011 年 3 月 11 日の東日本大震災が起こった日に成長したと考えられる部分の高解像度の分析では、その他の部位の約 3 倍の Mg/Ca 比を示していたことがわかりました(図2D〜E)。海底の堆積物を巻き込んだ海水が津波として押し寄せた際には、貝は干潮時と同じく貝殻を閉じ、かつ、日周期の干満より長い時間貝殻を閉じていたため、高い濃度の Mgが濃集したものと推察されます。

図2. 本研究の高解像度分析結果の一部。A〜C:2011 年 8 月 29 日〜9 月 3 日相当部分の高解像度分析結果。A:分析位置、B:2011 年 8 月 29 日〜9 月 3 日の海水面データ、C:NanoSIMS 分析によるMg/Ca 比。潮位がある閾値(赤線)下がったタイミングで Mg/Ca が高い値を取っている。D〜E:2011 年3 月 11 日付近の高解像度分析結果。D:分析位置、E:NanoSIMS 分析による Mg/Ca 比。緑色部分が2011 年 3 月 11 日に津波が発生していた時間帯に相当する。

<意義・将来展望>

 本研究は、ムール貝(Mytilus galloprovincialis)の Mg/Ca 比が潮位を反映して変化することを、世界で初めて明らかにしました。二枚貝の微量元素の変動メカニズムは、統一的なメカニズムでは説明できず、複数の環境要因や生物固有の生理生態要因の複雑な組み合わせで説明されています。今回の研究は、海洋生物の作る炭酸カルシウム鉱物の元素分析から環境条件を読み解くための、新たな指標を提案したものであると言えます。
 今回の研究を基に、Mg の吸着メカニズムの詳細解明や、津波時の貝の応答や生理生態の変化についての検証を進めることで、ムール貝に記録される潮汐サイクルおよび津波時の記録をより定量的に議論できるようになると期待できます。こうした研究が進むことで、二枚貝の貝殻から過去の潮汐記録や津波の記録といった今まで知られていなかった情報を引き出すことにつながります。

<論文情報>
論文名:Influence of normal tide and the Great Tsunami as recorded through
    hourly-resolution micro-analysis of a mussel shell.
   (高解像度の微小領域分析で明らかにしたムール貝殻中の潮汐と大津波の記録)
発表誌:Scientific Reports 11, 19874.
発表論文は こちら から御確認いただけます。


【本件に関する問い合わせ先】
◆研究について
 海洋コア総合研究センター長
 佐野 有司(サノ ユウジ)
 TEL:088-864-6714
 E-mail: yuji.sano@kochi-u.ac.jp
 海洋コア総合研究センター 特任助教
 奥村 知世 (オクムラ トモヨ)
 TEL:088-864-6772
 E-mail:tomoyook@kochi-u.ac.jp
KEY_WORD:津波とムール貝のCA/MG比の関係_:HIGASHINIHON_: