[2021_06_11_01]人間が掘り当てた噴火(島村英紀2021年6月11日)
 
参照元
人間が掘り当てた噴火

 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』は人工的に火山の噴火を起こすフィクションだ。地域を暖めて冷害を救うために噴火が使われる。
 人間の手で噴火を起こすことは実際には不可能だと考えられていたが、アイスランドでマグマ(溶けた溶岩)に穴をあけて実際に噴火を起こしてしまったことがある。
 アイスランド北東部のクラフラ。火山地帯で地熱を利用するためのボーリングを行っていたときに、知られていなかった地下のマグマだまりを偶然掘り当てたものだ。
 この掘削は、地下4キロメートルのところにあるはずのマグマだまりの境界のすぐ上を狙っていた。そこでは地熱をいちばん期待できるからだ。ドリルが1.6キロメートルほど掘り進んだときにマグマだまりを掘り当ててしまった。このマグマだまりは火山学では「マグマポケット」と言われるもので、1立方キロメートル以下と小さい。
 この噴火は幸い大きなものではなかった。被害も出なかった。しかし他では、マグマポケットがたとえ小さくても、より爆発的な噴火を引き起こす可能性はある。
 アイスランドでも、また他の地域でも地下の掘削の前に地震波を使っての調査が行われている。しかし、地震波を使っての調査は完全ではない。小さなものは見えない。また、液体のマグマの中はS波(よじれ波)が通らないことからマグマの存在が分かるのだが、マグマだまりが冷えていれば液体部分よりも結晶の方が多くなってS波を通してしまうのでマグマだまりが見えないのだ。つまり、マグマポケットは通常の技術では検出できないマグマだまりなのである。
 日本にもまだ発見されていないマグマポケットがいくつもあるはずだ。米国・ハワイのキラウエア火山やケニアのメネンガイ火山でもマグマポケットが見つかっている。
 出てきたアイスランドのマグマは、1724〜1729年に大量の溶岩を噴き出し続けた噴火のうち、初期のものと地球化学的に一致した。つまり300年も前の噴火と同時期のマグマポケットが、知られないまま残っていたのだ。
 私がクラフラを訪れたときに、見渡す限りの黒っぽい溶岩原が広がっていた。玄武岩の溶岩原は噴火で出てきたマグマが固まって岩になったものだ。噴火から10年たっても靴の底が熱かったのを覚えている。アイスランドはプレートが生まれて広がる場所で、こうして、何十年にいっぺんずつ、地下からマグマが噴き出してプレートが誕生していくのである。
 アイスランドは地熱が豊富な国だ。首都までの約50キロメートルを熱水を運ぶ太い断熱パイプが延びていて、首都にある家では温水が使い放題だ。暖房や風呂や台所などでの温水を使ったあと、各家庭にある温室を暖めて野菜や苺や花を育てている。
 地熱は発電にも使う。このためアイスランドでは地熱開発のためのボーリングが盛んに行われている。その一環としてこのボーリングも行われていた。
 地熱と水力発電ですべての電力をまかない、火力発電も原子力発電所もなくてすむアイスランドはうらやましい。
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