[2020_10_11_04]ドイツでもっとも後進的だった電力業界に起きた破壊的イノベーション(ニューズウィーク2020年10月11日)
 
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ドイツでもっとも後進的だった電力業界に起きた破壊的イノベーション

──欧州のエネルギー業界は急速な変革を迎えている.....

■ グリーン革命は電気から

 電気、ガス、水、ゴミ処理、公共交通などの公益事業は、当然ながら市民生活と深い関わりをもっている。しかし、これらのインフラ企業は、レガシー・システムとして君臨し、長きにわたる安定した市場支配力を持ったがゆえに、イノベーションから最も遠い企業とされてきた。
 電気は、現代人に不可欠なインフラでありながら、コスト負担は増大し続けている。ドイツを中心とした欧州のエネルギー業界は今、新しいテクノロジーと破壊的なイノベーションにより、急速な変革を迎えている。
 家庭での電力消費は、部屋の照明、調理、暖房はもとより、スマホの充電にいたるまで、電気はますます生活に不可欠なライフラインである。ドイツの電力市場は、20年前に自由化されて以来、大きく変化してきた。これまでドイツでは、RWE、Eon、Vattenfall、EnBWの4大エネルギー供給業者が存在し、電力の販売から取引、電力を供給する送電網であるグリッドまで、すべてがビッグ4の手に委ねられていた。
 ドイツでアパートを借りる際、顧客は自分の地域の責任あるサプライヤーと契約を結ぶ必要がある。ベルリンの賃貸アパートでも、電気は顧客の選択で供給会社を選ぶ必要があり、これまでは大手電力会社の「信頼性」だけが頼りだった。しかし今、安泰とした電力市場にデジタル革命が進行している。

■ 新たな電力供給プラットフォーム

 2016年以来、ヨーロッパのトップ起業家の才能を評価するDigital Top 50 Awardsは、ヨーロッパで最も重要なテック系スタートアップを表彰するイベントである。この賞は、ビジネスとテクノロジーの全範囲をカバーしており、今年、最高賞を授与されたスタートアップに世界の注目が集まった。
 「最高の消費者ビジネスモデル・イノベーション」を受賞したLition(リチオン)は、ベルリンを拠点とする認可エネルギー・プロバイダーであり、電力の流れを供給・需要の両側から最適化できるスマートグリッドを通じて、ドイツ初のグリーン・エネルギーのデジタル市場を確立したスタートアップである。
 リチオンは、グリーンエネルギーの生産者とスマート消費者を直接リンクすることで、消費者が大手電力会社を介さずに、選択したエネルギー生産者に直接電気代の支払いを可能にした。これにより、従来の閉鎖的な電力供給システムに、透明性、経済的魅力、持続可能性を突きつけている。リチオンのプラットフォームは、消費者が隣人の屋根にある太陽光発電設備からエネルギーを受け取るか、再生可能エネルギー会社のソーラーパークからエネルギーを受け取るかを決定できるようにした。
 これまでのところ、電力は取引所を介して、または生産者と大量消費者の間で取引されるのが通例だった。一方、リチオンを使用すると、中規模のソーラーシステムを使用するすべての消費者が生産者になり、他の消費者に電力を販売することができる。リチオンのアプローチは、グリーンエネルギー部門の競争力を高めるのにも役立っている。
 風力や太陽光などのグリーンエネルギー源との直接取引は、一般の人々も望んでいるが、リチオンはこれを実現し、プラットフォームの利用手数料で企業を運営している。現在、20人のチームを雇用しており、現在の年間売上高は300万ドルで、来年は700万ドルに達すると予測されている。これまでに約500万ドルの外部投資が集められ、同社は現在、160以上の都市に顧客を持ち、2022年末までに23万5千人の顧客獲得を成長目標に掲げている。

■ 電力の分散取引を可能にしたブロックチェーン

 電気自動車の充電は、電気が安いときにだけに行いたいと思う人は多い。しかし、これを実現するには、夜間の電気だけでなく、一時間ごとに電気料金の変動に対応し、実際に安価な電気の供給を実行できる仕組みが必要となる。
 リチオンは、こうした仕組みにブロックチェーン技術を用いることで対応する。分散化アプリケーションに特化したリーサリアムを元にしたブロックチェーン・エネルギー取引ソリューションを、電気自動車の充電ステーションに接続するなど、スマートで実用的な計画も視野に入れている。現在、リチオンの顧客は毎月のエネルギー料金を約20%節約し、生産者は最大30%高い利益を生み出している。生産者が顧客によって選択されると、意思決定力はエネルギー・コングロマリットから消費者にシフトすることになる。
 リチオンは、ブロックチェーン技術を電力の需要と供給のピア・トゥ・ピアに対応させ、プラットフォームを完成させた。分散する生産者と消費者を直接接続し、グリーンなエネルギーを簡単かつ費用効果の高い方法で取引を可能にしたのが特徴である。ドイツでは、すでに170万の住宅に太陽光発電が導入されている。これは自然エネルギー電力生産の徹底した分散化であり、電力は中央の大規模発電所や電力取引の寡占だけではなく、170万を超える太陽光発電設備も支えている。
 2020年6月、リチオンは家庭用ソーラーシステムを販売しており、住宅所有者をエネルギーの「プロシューマー(生産消費者)」に変え、余剰エネルギーを市場に直接販売できるオプションも用意されている。グリーン電力を購入する消費者は、将来を見通している。しかし、電力市場のシステムは時代遅れとなっている。リチオンは、この市場を変えたいと考えてきた。
 確立された公益事業は、依然として市場シェアの大部分を占めている。しかし、リチオンに代表される電力市場の革命家の登場で、今後数年でレガシーは崩壊し、スタートアップが電力ビジネスの大部分を奪うだろうと予測されている。リチオンはエネルギー企業ではなく、エネルギーも販売するテクノロジー企業なのだ。

■ 電力交換価格の正確なルート

 電気料金は1時間ごとに調整され、消費者に直接提供できる。旧来のエネルギー会社は、それを消費者に還元せず、約100年間、固定的な料金体系を維持してきた。彼らには力、資金があるが、最適な電力供給のためのソリューションを顧客に提供していない。現在、電力供給の最適化に挑むスタートアップが焦点とするのは、まさに大手電力会社の覇権と消費者の間にあるギャップなのだ。
 ドイツ連邦エネルギー&水管理協会(BDEW)によると、ドイツには約1,300の電力サプライヤーがあり、顧客はどこに住んでいるかに関係なくサプライヤーを選択できる。2019年には、合計約2,200社がドイツのエネルギー市場で活躍している。現在でもビッグ4は、依然として国内市場のほぼ半分を独占しているが、その力は崩壊しつつある。市場をクリーンアップしたいと考えるデジタルでグリーンな企業が増加しており、それは間違いなくドイツのグリーン・トレンドとなっている。
 そして何より重要なのは、彼らは長い間顧客に伏せられていた電力会社の主要な公益性を明らかにし、大手電力会社と顧客とのギャップを埋めたことである。本来顧客のためのイノベーションを怠り、安定的な利益追求に邁進してきた大手電力会社は、今、革命の嵐の前で怯えている。
 ドイツには以前、いくつかの原発や大規模な発電所があったが、今では全国に何千ものグリーン発電所がある。その間、電力消費量は増加しており、電気自動車は充電を必要とし、スマートフォンは常にソケットに接続されている。暖房も今や電気に依存している。しかし、エネルギーは消費者にとってますます高価になっている。そのため、複雑な新エネルギーの世界にソリューションを提供する新興企業が増えているのだ。

■ 顧客優先のサービス

 リチオンは、バイオガス、太陽光発電、風力、水力発電からのみ、グリーン電力を生産する独立した電力生産者と協力している。屋上にソーラー・システムを備えた太陽光発電を行う個人世帯は、使用しない電力量をドイツの送電網に供給し、リチオンのマーケットプレイスで販売することができる。農家は、バイオガス・プラントを建設し、電力生産者としての第2の収益の柱を作成する場合にも、リチオン・システムを使用できる。
 リチオンは、破壊的なイノベーションと技術を通じて、エネルギー産業に革命を起こしている。このベルリンのスタートアップは、2018年の初めに始まったばかりだ。リチオンの創設者は、ビッグ4のひとつであるVattenfallのビジネスITスペシャリストとして長い間働いていた。彼らは新しいアイデアを実装しようとしたが、サイロ化した企業内では実現できなかった。そこで彼らは自ら起業に乗り出した。電力市場は、ドイツで最も後進的な市場の1つである。しかし、確立された企業でのイノベーション意欲の欠如は、逆に新しいプレーヤーにとって絶好の機会となったのだ。
 ベルリンのリチオンは、設立以来、ソフトウェアグループSAPと協力してブロックチェーン技術を継続的に開発してきた。さらに協業の一環として、ベルリンのモバイル・バンクとして急成長を遂げたN26が有する200万人の顧客に、N26バンキング・アプリ内で特別な電気料金を提供している。
 リチオンの次のマイルストーンは、2021年末までに、ビジネスまたはプライベートを問わず、10万人を超える顧客を獲得することだ。現在、顧客数は毎月4桁ずつ増えている。

武邑光裕
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