[2020_08_21_01]ブームの火星探査(島村英紀2020年8月21日)
 
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ブームの火星探査

 このところ火星探査がブームだ。地球と火星が2年に1度、距離が近くなるタイミングを狙って、この7月には、新入りの中国やUAE(アラブ首長国連合)も火星探査機を打ち上げた。
 現在、火星を周回している探査機は、米国が3つ、欧州連合とインドが各1つ。今度中国とUAEが増えれば、7つの衛星が火星の周囲を回ることになる。これらによって火星の大気観測や気候のデータは随分増えるだろう。
 だが火星に着陸しなければ分からないことも多い。地質や岩石は着陸しなければ知ることはできない。また、それらから得られる火星の歴史を推測することもできない。
 しかし、着陸は周回衛星よりも一段と難しい。
 着陸機は時速約2万キロで正確に12度の角度で火星の大気圏に突入する必要がある。ちょっとでも角度が大きすぎると着陸する速度が出すぎてバラバラになる。角度がちょっとでも小さいと、火星の大気圏にはねかえされてしまうのだ。
 角度だけではない。時速2万キロから時速約8キロまで、わずか7分で減速しなくてはならない。大気圏との摩擦で温度が上がるので1500℃もの温度に耐える耐熱シールドを備え、パラシュートを展開して減速し、パラシュートとシールドを切り離したら、今度は火星表面までロケットエンジンの逆噴射ブースターを噴射させ安全な速度まで下げて着陸しなければならないのだ。
 火星への探査機の軟着陸と表面の探査は米国しか成功していない。ロシアは旧ソ連時代に火星探査で米国に先行したが、着陸機は失敗が続いている。2016年には欧州宇宙機関(ESA)とロシア共同の着陸機が着陸に失敗して、木っ端みじんになった姿が他国の周回衛星から撮影されている。2019年にもインドの着陸機が着陸に失敗して無惨な姿で発見された。
 UAEの探査機は周回衛星どまりだ。中国は来年2月に周回軌道に入ったあと、5月ごろ着陸機を分離させる。着陸に成功するかどうかに注目が集まっている。
 では、なぜ火星を目指すのだろう。
 太陽系で火星と同じく地球の隣の星、金星は表面温度が500℃にも達して海は蒸発してしまった。生物が暮らせる環境ではない。探査機はこの熱で何機も死んでしまった。いつも厚い二酸化炭素の雲に覆われている。
 火星は同じく隣の星だが、雲に覆われていないので地球からよく見える。地球より1.5倍ほど太陽から遠いので太陽の熱を受けることが少なく、他方、大きさが地球の半分しかない。このため地球よりもずっと早く冷えてしまった。
 一方で、地球と同時期の46億年前に作られた内部は地球ほど対流やプレート運動で混ざり合っていないので、内部の構造が誕生初期に近い形で保存されている可能性がある。地震があるとしても地球の地震とは大いに違うだろう。
 火星は昔から火星人の舞台として想像されてきた。いまは、一時は生命があったとしても原始的な生物だけだということが分かっているが、運河もあり昔の川も見えて、地球にとってロマンの多い兄弟の星なのである。

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