[2017_10_10_02]丹羽宇一郎氏が提言 今の日本こそ「戦争の真実」学ぶべき(日刊ゲンダイ2017年10月10日)
 
参照元
丹羽宇一郎氏が提言 今の日本こそ「戦争の真実」学ぶべき

 この国のトップは緊迫する北朝鮮情勢に「対話より圧力」と拳を振り上げ、設立されたばかりの新党の女性党首は「リアルな安保」を入党条件に掲げる。社会全体に開戦前夜のようなムードが漂う中、中国大使を務めた経験を持つ国際ビジネスマンである日中友好協会会長の丹羽宇一郎氏は近著「戦争の大問題」で、こう訴えかけている。今こそ日本人は「戦争の真実」を知らなければいけない。

■今の政治は「民の声」が反映されていない

  ――近著をまとめるのに多くの戦争体験者や軍事専門家に直接、話を聞き歩くのは大変だったと思います。そこまでの労力を払って、この時期に「戦争の大問題」を世に問うたのはなぜですか。
 トランプ米大統領の誕生により、世の中に幾つもの「真実」が出てきました。ポスト・トゥルース、オルタナティブ・ファクト、フェイク・ニュースとか。客観的な事実より虚偽であっても、個人の感情や心情に訴えかける方が世論に強い影響力を与えてしまう。「真実とは何か」と考える機会をくれたトランプ大統領には感謝しますが、「戦争の真実」について私は考えました。戦争を知らない人々がますます増えゆく日本で戦争が近づく中、戦争とは一体何か、その真実は誰が決めるのか。

  ――確かに「真実」にもいろいろありますね。
 戦争から帰還した人がオルタナティブ・ファクトを語っている可能性もあるわけです。ならば大勢から話を聞かなければ真実は分からない。真実の度合いを広く深く自分の感覚で正確に知りたかった。戦争のリアルを知る人々は90歳を越えています。私も含め戦争体験者にはあまり時間はない。存命中にお会いして話を聞き、戦争を知らない世代に戦争の真実を活字で残す。それが、われわれの世代の義務です。

  ――本の冒頭に引用された「戦争を知らない世代が政治の中枢となったときはとても危ない」という田中角栄元首相の言葉が印象的です。
 やはり戦争を知らない世代は戦争のリアルなイメージを持ちえない。戦争の「におい」とか「味わい」とか。最近も麻生副総理が北朝鮮からの武装難民の射殺に言及しましたが、彼は人を撃った経験があるんですか。人と人が1対1で撃ち合うなんてできません。人間ができない残酷なことは戦争体験者は絶対口にはしません

  ――角栄氏の危惧がまさに顕在化しています。
 若い人は、先の大戦で日本兵は勇ましく撃ち合って戦場に散ったと思っているけど、帰還者に話を聞くと、大半は撃っていない。ひたすら歩き、さまよい、飢餓や疫病で亡くなった人々が圧倒的に多い。実際に引き金を引いた人も敵兵を目の前にして撃ってはいない。あの辺にいるはずだと目をつぶってバババッと撃っている人が大半です。今のシリアの戦闘映像と同じ。だから人を殺した実感がない。だが、それが戦争の本当の残酷さです。

  ――そんな目には遭いたくありませんね。
 ただ、本当の戦争を知る人々は、その体験を自分の子供たちにも話せない。食料を奪ったり、友達の肉を食べたり。いざという時にそこまで残酷な動物となった経験を語れるわけがない。戦争は人を狂わせます。だから体験者は皆「戦争だけはやらないでくれ」と口をそろえるのに、戦争をイメージできない世代には「やろう」と粋がる人が多い。こんな怖いことはない。
「あきらめない対話」が回避の唯一の道

  ――北朝鮮問題では、日本のトップが率先して戦争に向かおうとしているように見えます。
 日米両国が世界から孤立するように「力には力」と叫び、トランプ大統領は国連で北朝鮮の「完全破壊」に言及しましたが、出口なき戦略です。北朝鮮が崩壊すれば、日本にも中国や韓国と同じく難民が漂着します。日本海側には人口60万人から80万人の県が並ぶ。北朝鮮の人口は2500万人余り。数十万人が生きるために必死になって日本海側に押し寄せたら、食料や宿はどうするのか。想像を絶する事態となります。

  ――今の北朝鮮の立場は日米開戦前夜の日本に似ています。
 金正恩委員長を追い込めば、「野垂れ死にするぐらいなら玉砕してでも」と、第2次大戦突入時の日本の心境にさせるだけです。そこまで追い詰められた経験を持つ日本が、声高に制裁を叫ぶのは歴史を学んでいない証拠。トランプ大統領の挑発に真っ先に反対すべきは本来なら日本のはずです。

  ――「地下に逃げろ」というミサイル避難訓練も無意味です。
 今やロケット戦争の時代です。中国の習近平国家主席も昨年、陸海空軍に加え、「ロケット軍」を新設し、党中央軍事委員会の組織を変えました。最近明らかとなった新たな人事では、軍事戦略を立案する「連合参謀本部」の中枢を7人もの幹部で構成する最大の組織に改変しました。7人のうち陸軍出身2人、海空軍出身は1人ずつ。ロケット軍出身は3人を占め、軍の主流に躍り出ました。これからはロケット中心の戦いになると、中国はみているのです。

  ――なるほど。
 ロケット中心の戦争で、最大の脅威は原発です。日本に現存する原発は54基。原発は1基で広島型原爆の1000倍の放射性物質が貯め込まれているといわれています。どこか1つでもロケット弾が落ちれば、日本は広島型原爆の1000倍、5カ所なら5000倍の放射能に覆われてしまいます。この狭い国土がそれだけの放射能汚染を浴びれば、日本人はどうなりますか。だから、戦争は絶対に避けなければいけないのです。

  ――トランプ大統領の口汚い舌戦に同調する安倍首相は本当に日本の安全を考えているのか疑問です。
 北朝鮮のロケット弾は日本列島を射程内に捉えていますが、米国全土にICBMを飛ばす能力はまだない。米国は難民ラッシュも逃れられる。日本が北朝鮮を敵に回した時のリスクは米国とは比較になりません。また、米国は原爆を落とされたことも、本土爆撃や侵略された経験もない。「戦争の怖さ」を知らない人ばかりの国と、世界唯一の被爆国のトップが同じ「イケイケ」の考えでは、世界的な信用を失います。

■安倍首相は2年間の「核凍結」を米ロに迫れ

  ――国連演説で安倍首相は「対話による(北朝鮮)問題解決の試みは一再ならず無に帰した」とまで言い切りました。
 安倍首相自身、どれだけ北朝鮮と対話してきましたか。ひとこともしていないのに等しい。拉致問題だって何ら進展していない。「対話は無力」と言う前に、まず話し合うべきです。そもそも先の大戦の戦勝5カ国がまず核兵器を持ち、インドやパキスタンは“やり得”で保有を認められた。いつでも保有国は核兵器を使えるのに、北朝鮮だけ許さないのは常識的にみてアンフェア。核開発を放棄してイラクやリビアの二の舞いになるのを避けるなら、北朝鮮も命懸けで核を持つしかない。他に力がないのですから。

  ――核保有国は身勝手です。
 だからこそ、戦争と核兵器の怖さを思い知らされた日本が核保有国を説得すべきです。安倍首相が真っ先に説得すべきは核大国の米国とロシアです。表向きは北朝鮮を非難し続けてもいい。何らかの理由をつけてドイツとともにトランプとプーチン両大統領と会談し、水面下で2年間の核兵器凍結を提案する。1年は短いし、3年は長すぎます。簡単ではないのは百も承知です。それでもケンカは最後に強い者が一歩、引くものです。解除すれば再び核戦争の危機ですから、2年間の凍結は自動延長されます。ここまで深謀遠慮を巡らせて実現させれば、安倍首相はノーベル平和賞ものです。

  ――歴史に名を残したがる首相ですから、ぜひ動いて欲しいものです。
 核戦争回避にはこの道しかない。安倍首相はこの国を放射能の渦に巻き込み、滅ぼしていいのですか。日本には何ら得はないのに、米国と一蓮托生の北朝鮮への強烈非難には中国もおかしいと感じています。あそこまで日米同盟に懸命なのは、北朝鮮ではなく、中国が攻撃対象の「本命」なのかと

  ――今度の総選挙は、敵ばかり増やした安倍首相の外交姿勢が問われるべきです。
 安倍首相にはひとこと言いたい。「あなたの民主主義とは何ですか」と。今の政治は「民の声」が反映されていません。日本は議会制民主主義の国とはいえ、選挙に勝てば何でも許されるわけではない。民主主義とはオールウェイズ(常に)民が主です。「力対力」では民が犠牲となる戦争を近づけるだけです。野党が今、手を結ぶべきは戦争を遠ざけること。民が主なら、最後まで対話をあきらめてはいけません。「戦争の大問題」に比べれば、小池都知事がどうこう言ったなんて、非常に些末な話です。そういう意味で今度の選挙は民主主義の根幹が問われているのです。

(聞き手=本紙・今泉恵孝)

▽にわ・ういちろう 1939年、名古屋市生まれ。名大法学部卒業後、伊藤忠商事に入社。98年社長に就任。99年に不良債権約4000億円の一括処理を断行し、翌年度決算で同社史上最高益(当時)を記録。2010年、豊富な中国人脈が注目され、民間出身として初の中国大使に就任した。


KEY_WORD:_: