[2017_07_01_04]津波試算、予見性立証の柱 弁護側「対策しても防げず」(東奥日報2017年7月1日)
 検察官役の指定弁護士は冒頭陳述で、「最大15.7メートルの津波が原発敷地を襲う」との2008年の試算結果を最大の柱に、東京電力の勝俣恒久元会長ら3人には予見可能性があったことを裏付けようと試みた。一方、弁護側は「実際の津波は試算を上回る規模。試算に基づく対策では事故を防げなかった」と反論。裁判所がどう判断するか注目される。
 指定弁護士の冒頭陳述によると、東電子会社は、政府の地震調査研究推進本部が02年に公表した長期評価を基に、福島沖で大地震が起きたとの想定で試算した結果を東電に提示。最大15.7メートルの津波襲来に備え、海抜10メートルの敷地に10メートルの防潮提を設置するなど、大がかりな工事が必要だとも報告した。
 指定弁護士は、法廷の大型モニターに、東電側が作製したとみられる津波対策のイメージ図などを映し出し、対策が具体的に検討されていたことを示そうとした。
 試算を知った当時原子力設備管理部長だった吉田昌郎氏=後に福島第1原発所長、13年に死去=は、原子力・立地副本部長だった武藤栄元副社長に判断を仰ぐこととし、08年6月10日に報告。武藤元副社長は担当者に対策の検討を指示した。
 担当者はその後も、既存の防波提をかさ上げする方策や、沖合に防波提を設置するケースの検討を矢継ぎ早に子会社へ依頼。同年7月31日に開かれた再度の打ち合わせで結果を報告した。だが武藤元副社長は「土木学会に検討してもらう」と方針を一変。担当者の意見は採用されなかった。
 武藤元副社長は翌8月上旬、試算結果を原子力・立地本部長だった武黒一郎元副社長に伝達。勝俣元会長が出席することから「御前会議」と呼ばれた09年2月の打ち合わせでは津波対策が議題になり、この席で吉田氏は「14b程度の津波が来る可能性があるという人もいる」と発言した。
 試算が国の旧原子力安全・保安院に伝えられたのは震災4日前の11年3月7日。保安院の担当者は説明に驚き、早急に対策が必要だと指導したものの、東電は何も対応を取らず、大津波が原発を襲った。
 試算について武黒元副社長の弁護側は、武藤元副社長からの報告は「本人に記憶がない」と説明。勝俣元会長側は吉田氏の発言を聞いたことを認めながらも「この発言で津波を予見できたとは言えない」と主張した。
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