[2017_03_18_06]原発事故 国と東電に賠償命令 「巨大津波予見」の衝撃 全国の避難者訴訟 影響も 東電訴訟判決要旨(東奥日報2017年3月18日)
 「東京電力は2008年に巨大津波を予見していた」−。福島第1原発事故の責任追及で最大の焦点だった予見可能性について、前橋地裁が画期的な判決を言い渡した。甚大な被害をもたらす原発事故の特性を踏まえ、最大限の安全対策が必要だったとする司法判断。全国の避難音訴訟や強制起訴された旧経営陣らの刑事裁判の行方に影響する可能性もある。主張を一蹴された東電や国の衝撃は計り知れない。

 判決言い渡しのあった17日午後3時、広瀬直己・東電社長は経団連会館で経営状況についての記者会見中。速報が流れると会場の空気は一変した。「判決文をしっかり読んで・・・」と広瀬氏。動揺は隠しようもなかった。
 史上最悪の原発事故を巡る同種訴訟は全国で約30件。刑事や他の民事訴訟でも責任追及が進む。いずれも争点の核心は津波の予見可能性だ。「可能かどうか」を飛び越え「実際に予見していた」とする判決は想定外の内容だったようだ。
 衝撃は電力業界全体に広がった。より高い安全性を求める世論の高まりは各地の原発再稼働の行方に影響するからだ。ある電力会社の関係者は「十分な安全対策はしている」と従来の立場を繰り返すばかりだった。
 かつて原発設置許可や運転差し止めに関する訴訟で住民側の請求を次々と退けてきた司法。だが事故発生後は、福井、大津地裁が相次いで差し止めを命じるなど、「万が一の事態にも備えるベきだ」との立場を取る判断も出始めていた。福島原発告訴団の河合弘之弁護士は「今回の判決の事実認定は刑事裁判にも影響するはず」と勢いづく。
 電力会社と一体で原発事業を進めてきた国の責任。判決はもう一つの重要な争点についても大きく踏み込んだ。賠償命令までは予想しなかったのか、経済産業省が「今後、関係省庁と協議したい」とコメントしたのは判決の約2時間後だった。
 国策である原子力事業の関連法制は複雑で、原発事故の責任の所在は分かりにくい。事故の際の対応を定めた原子力損害賠償法にも、電力会社が賠償をして国が必要費用を援助する独特の規定がある。訴訟で国側は、規制権限の存在さえも否定していた。
 だが判決はこの主張を退け「07年8月には東電の自発的対応や、口頭指示では適切な対策を期待するのは困難と認識していた」と指摘。この時点で対策を命じれば事故は防げたと言い切った。
 事故の責任は主に事業者にあり国の責任を認めるハードルは高いというのが裁判の「相場」だが、今回の判決は国と東電に同等の責任を認めた。東洋大の大坂恵里教授(民法)は「ひとたび原発事故が起きれば甚大な被害が出る点を重く見た画期的な判断だ」と高く評価している。
 事故から6年。福島県内外では今も7万7千人が避難を続ける。ほぼ唯一の支援だった住宅の無償提供が今月末で打ち切られる自主避難者の生活は特に厳しさを増す。国が賠償基準を定めた「中間指針」をかたくなに守ろうとする東電の姿勢には批判が強い。
 今回の判決は既存の補償枠組みにとらわれず「ふるさとの喪失」「転校」「将来への不安」など、多様な苦しみに目を向けた独自の基準を示し、原告それぞれの慰謝料を算定した。福島原発被害首都圏弁護団の中川素充弁護士は「責任の認定は第一歩。今後の裁判を通じて被災者救済策の根本的な見直しを求めていく」と補償の充実に意欲を見せた。

東電訴訟判決要旨

 東京電力福島第1原発事故避難者の集団訴訟で、17日の前橋地裁判決の要旨は次の通り。

 【事故原因】
 津波が到来し、6号機を除く各タービン建屋地下に設置された配電盤が浸水し、冷却機能を喪失したことが原因。

 【予見可能性】
 東電が予見できた津波の高さが、原発の敷地地盤面を超える津波と言えれば予見可能性を肯定できる。
 東電は、1991年の溢水事故で非常用ディーゼル発電機(DG)と非常用配電盤が水に対して脆弱(ぜいじゃく)と認識していた。
 国の地震調査研究推進本部が策定・公表する「長期評価」は、最も起こりやすそうな状況を予測したもの。2002年7月31日に浸された長期評価は、三陸沖北部から房総沖の日本海溝で、マグチュード(M)8クラスの地震が30年以内に約20%、5年以内に約30%の確率で発生すると推定した。原発の津波対策で考慮しなければならない合理的なものだ。公表から数カ月後には想定津波の計算が可能だった。東電が08年5月ごろ「敷地南部で15・7b」と試算した結果に照らし、敷地地盤面を優に超える計算結果になったと認められる。
 東電は、非常用電源設備を浸水させる津波の到来を、遅くとも公表から数カ月後には予見可能で、08年5月ごろには実際に予見していた。

 【結果回避可能性】
 配電盤の浸水は、給気口から浸入した津波によるものだ。@給気口の位置を上げるA配電盤と空冷式非常用DGを上階か西側の高台に設置する−などいずれかを確保していれば事故は発生せず、期間や夏用の点からも容易だった。東電は高台周辺で堆積物調査を行い、津波が浸水すると考えにくいことを知っていた。

 【侵害利益】
 原告が請求の根拠とする平穏生活権は@放射性物質で汚染されていない環境で生活し、被ばくの恐怖と不実にさらされない利益A人格発達権B居住移転と職業選択の自由C内心の静穏な感情を害されない利益−を包括する権利だ。請求根拠に健康被害や財産権侵害は含まれていない。

 【慰謝料算定の考慮要素】
 原発施設は一度炉心損傷になると、取り返しのつかない被害が多数の住民に生じる性質がある。
 国と東電の非難性の有無と程度は考慮要素になり得る。東電は@常に安全側に立った津波対策を取る方針を堅持しなければならないのに、経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむを得ないような対応だったA津波対策を取るベきで、容易だったのに、約1年間で実施可能な電源車の高台配備やケーブルの敷設という暫定的な対策さえ行わなかったB規制当局から炉心損傷に至る危険の指摘を受けながら、長期評価に基づく対策を怠ったーと指摘できる。東電には特に非難に値する事実があり、非難性の程度は慰謝料増額の考慮要素になる。
 (賠償水準となっている)国の中間指針は多数の被害者への賠償を迅速、公平、適正に実現するため一定の損害額を算定したもの。あくまで自主的に解決するための指針で、避難指示に基づく避難者と自主避難者に金額の差が存在しても、これを考慮要素とするのは相当でない。指針を超える損害は最終的には裁判などで判断される。

 【個々の損害】
 原告個々の損害は、平穏生活権侵害で精神的苦痛を受けたかどうかを検討する。慰謝料は、侵害された権利利益の具体的内容と程度、避難の経緯と避難生活の態様、家族の状況、年齢、性別などの一切の事情を考慮するのが相当。

 【国の責任】
 国は(耐震性を再確認する)バックチェックの中間報告を東電から受けた07年8月の時点で、それまでの東電の対応状況に照らせば、東電の自発的な対応や、国の口頭指示で適切な津波対策が達成されることは期待困難という認識があった。国は規制権限を行使すれば事故を防げたのにしなかった。著しく合理性を欠き国賠法上、違法だ。規制権限がないという国の主張は、事故発生前から津波対策を取り扱っていた実際の国の対応に反し、不合理で採用できない。
 国の責任が東電と比べて補完的とは言えず、国が賠償すべき慰謝料額は東電と同額だ。
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