[2016_11_20_01]元裁判官が赤裸々に暴露「この国の司法では良心を貫くと挫折する」 いびつな日本の権力構造 瀬木比呂志(現代ビジネス2016年11月20日)
 
参照元
元裁判官が赤裸々に暴露「この国の司法では良心を貫くと挫折する」 いびつな日本の権力構造 瀬木比呂志

リアルな裁判官の姿

 ――知られざる裁判所腐敗の実態を元裁判官が告発したとして、著書『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)は大きな話題となりました。今回刊行された『黒い巨塔』は最高裁判所を舞台にした小説仕立ての一冊です。

 司法、裁判所や裁判官の問題については、一通り書いてきました。でも、ノンフィクションでは、やはり限界があるんです。日本の司法権力の特異で歪んだ形、その本質を描くには、自由な小説の方がいいと考えたんです。
 新書では、実感がもちにくい、難しいという声もありました。裁判所はどんなところで、どんな人が裁判官を務めていて、最高裁長官の権力、また、日本の司法の権力構造はどのようなものか。
 それらについての具体的でリアリティーのあるイメージを、面白く興味深い物語の中で実感してもらいたいということです。

 ――今回描かれているのは、裁判をする裁判官というより、一般の人にはなかなか見えてこない、行政官としての裁判官のリアルな姿です。

 日本の裁判所の特殊性は、裁判官が行政官でもあることです。言ってみれば、「役人」。だから、良心的な裁判官でもない限り、行政、政治を追認する役人のような裁判をしてしまうんです。
 戦後もなお裁判所の力は弱く、権力とのつばぜり合いの中で、政治の方を見るようになっていった。さらに、組織を強くするという名目のもと、本来、裁判所ではあるべきではないピラミッド型ヒエラルキーを強化した。そこで際限のない出世競争が行われているんです。
 アメリカでは法曹一元で裁判官に上下関係などありませんし、出世もない。最高裁判所の判事に、地方裁判所の判事が最敬礼するなんて日本だけ。上下関係は本来、あってはならないんですよ。

良識人が異端とされる世界

 ――本書では、最高裁判所の事務総局という権力の中枢ともいうべき場所で、そうした強烈なラットレース、能力のない上司による愚行、理不尽な人事などが次々に展開されていきます。

 主人公は特段、反権力というわけではないんです。裁判官のあるべき姿として、自由主義、法の支配を貫きたいと思っているだけ。でも、そういう人が異端になっていく。
 出世一辺倒の日本の裁判所は、良心があればもちろん、出世志向に迷いややましさを感じてしまうだけでも、挫折するか、上にはいけない。良心を貫こうとすると、左遷されたり、自殺に追い込まれたりする。
 でも、行政、大企業、マスメディアだって、日本の組織は、だいたいこうなっているでしょう。ほぼ相似形ですよ。本作は最高裁を描いていますが、実はこれは日本の権力の普遍的な形なんです。

 ――その結果、何が起こるのか。結末に本当に驚かされる、原発差し止め訴訟の統制とその暗い結末が描かれていきます。

 日本の権力構造の最大の問題は、客観性がないこと。原発行政とその差し止め訴訟を調べるとはっきりわかります。私は元裁判官ですから、中立的な立場から見ていったんですが、日本の原子力行政は確かにおかしい。
 これは本書にも出てきますが、原子力ムラでは、3つの前提が語られていたんですね。「30分以上の全電源喪失は続かない」「日本ではシヴィアアクシデントは起きない」「日本の原発の格納容器は壊れない」。
 これらの言明には何の根拠もないんです。そして実際に東日本大震災によって、福島原発の事故が起きてしまった。
 でも、この3つの言明について、日本を代表する原子力学者たちがお墨付きを与えていました。福島原発事故のあと、欧米人と話していて、何度も驚かれました。どうして専門家がそんなことを言ったのか、どうして人々はそれを信じてしまったのか、と。
 説明しようがないんです。そして今またしっかり精査せずに再稼働させようとしている。欧米なら絶対ありえないと言われました。

 ――日本は権力構造に大きな問題がある、と。

 権力というのは必ず腐敗するものなんです。そして、本来、司法というのは権力をチェックするのが役割です。人が支配するのではなく、憲法や法律が支配する仕組みにしないといけない。 だから、個々の裁判官だけが悪いんじゃないんです。日本人はそういう問題の立て方をしがちですが、それは違う。「権力構造」に問題があるんです。いい人がいても、押し流されてしまう。基本的な構造こそがまず問題にされるべきなんです。
 権力は放っておけば腐敗するから市民が監視しないといけない。その視点が日本人には不足している。だから、根本的なところで誤る。戦争しかり、原発しかり。
 細かなところでは、日本人は立派です。電車だって遅れない。製品も丁寧に作られる。でも、大きなところで間違っていたら取り返しがつかないんです。

 ――権力小説は多々ありますが、どんなところが本書の特徴になりますか。

 たくさんの本が権力の非情なメカニズムを描いています。が、多くの場合、それらは、外の人が情報を手に入れて書いているんですね。中の人間の目ではない。でも、私は、本物の権力を間近で見てきました。その意味で、この小説は、私にしか書けないと思います。
 1年がかりで書きましたが、興味深く読みやすいものにするために、編集者の厳しい指摘を得て3度も書き直しました。まずは小説として面白くないといけないですから。これを読んで司法、裁判所、裁判に興味を持ったら、ぜひ新書や専門書も読んでみてほしいです。
 (取材・文/上阪徹)
 『週刊現代』2016年11月26日号より

KEY_WORD:_