[2016_10_03_01]風知草 トモダチのために=山田孝男(毎日新聞2016年10月3日)
 
参照元
風知草 トモダチのために=山田孝男

 安倍晋三首相(62)に小泉純一郎元首相(74)が話しかけている。
 「週刊文春」9月29日号の写真ページ。
 9月15日、東京・青山葬儀所。加藤紘一・元自民党幹事長の葬儀を終えた去り際、車を待つ間、師弟は90秒、並び立った。
 「文春」に出ていない音声をお伝えする。
 小泉「原発、なんでゼロにしないんだよ」
 安倍(微笑、黙礼)
 小泉「原発ゼロのほうが安上がりなんだよ。こんな簡単なことが、どうしてわかんねえかな。ぜーんぶウソだぞ、経産省が言ってんの。原発推進論者が言ってんの、みーんなウソ。だまされんなよ」
 安倍(苦笑、再拝。低頭のまま公用車へ)

     ◇

 小泉はいま、「トモダチ作戦被害者支援基金」に全力を注いでいる。
 東日本大震災の直後、福島沖へ急派され、救援活動にあたった米空母「ロナルド・レーガン」と随伴艦の兵士400人超が体調不良を訴え、白血病などで死者も出ているという。
 空母艦隊は2011年3月13日から17日にかけ、断続的に放射性プルーム(放射性物質を含む煙霧)の中で活動を続けた。
 帰国後、脳腫瘍や甲状腺がんを発症する兵士が続出した。東京電力と日米両国政府は、低レベルの被ばくは認めたが、発病との因果関係は認めない。
 若くして除隊し、保険がなく、医療費も払えぬ元兵士らの窮状を知った小泉が渡米し、直接、事情を聴いたのが今年5月。
 9月1日、元兵士らが東電などを訴え、日米の裁判管轄権を争う訴訟の口頭弁論が、カリフォルニアの高裁で開かれた。
 この時、<日本政府の助言者>が東電の代理人を支持し、「被ばくは米軍の責任」と述べたという。その傍聴記(「週刊金曜日」9月9日号)を読んだ小泉がたちまち反応した。
 「恥ずかしいよ。日本のための救援活動だったんだろ? アメリカの裁判官もあきれたって」

     ◇
 7月5日、小泉は、細川護熙元首相(78)、城南信用金庫(東京)の吉原毅相談役(61)らと募金開始の記者会見に臨んだ。
 自ら経団連に掛け合ったが、「東電が会員企業なので」と拒まれた。
 だが、援軍が現れた。建築家、安藤忠雄(75)。こう言った。「小泉さん、大阪へ来て講演してくれませんか。私が1000人集めます。会費1人1万円で1000万円になる」
 8月、講演に赴くと1300人詰めかけた。東京でも来月16日、安藤方式の小泉講演会をやる。仕掛け人は中小企業経営者団体のトップ。それとは別に、太陽光発電の会社の社長が1000万円くれた。
 それやこれやで5000万円。来春までに1億円集めたいという。

     ◇
 被ばくと発病の関係は微妙である。「発がんの可能性はあるが、急死するかは疑問」と専門家。
 先月7日、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見した小泉に「科学的な根拠を示さず、放射線被害を言うのは無責任では」という質問が飛んだ。
 小泉はこう答えた。
 「私はもう政府の人間じゃない、民間人だ。現に苦しんでいる人がいる。支援するのが私の常識だ」
 批評ではなく、募金。批判ではなく、奉仕。原発政策を守るために「被ばくは米軍の責任」と言い放つ感覚の否定。元首相の常識を私は支持する。(敬称略)=毎週月曜日に掲載

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