[2016_06_27_01]菅元首相「東電は官邸に責任転嫁している!」 「炉心溶融」を隠ぺいしたのは誰なのか? 岡田 広行:東洋経済 記者(東洋経済オンライン2016年6月27日)
 
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菅元首相「東電は官邸に責任転嫁している!」 「炉心溶融」を隠ぺいしたのは誰なのか? 岡田 広行:東洋経済 記者

 東京電力による炉心溶融(メルトダウン)隠ぺい問題で、同社が設けた「第三者検証委員会」が当時の首相官邸関係者への事情聴取をしないまま、「官邸側からの要請」に言及したことが問題になっている。当時、総理大臣として原発事故の収拾に当たっていた菅直人衆議院議員(民進党)に、第三者検証委員会が公表した報告書についてどのように考えているのか、直撃した。

 ――東京電力ホールディングスが設置した「第三者検証委員会」(委員長=田中康久弁護士)による福島第一原子力発電所の炉心溶融(メルトダウン)隠ぺい問題に関する「検証調査報告書」が6月16日に公表されました。同報告書では、事故時の炉心溶融隠ぺいについて、当時の清水正孝社長が「官邸側から、対外的に『炉心溶融』と認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたと理解していたものと推認される」との記述があります。その一方で報告書では「清水社長や同行者から徹底したヒアリングを行ったが、官邸の誰から具体的にどのような指示ないし要請を受けたか解明するまでには至らなかった」とも述べています。

 まず申し上げたいのは、「第三者検証委員会」を名乗っているが、東電が依頼した弁護士3名から構成されているということだ。第三者という以上、この場合は政府からも東電からも離れた立場の第三者でなければならない。そうでなく、東電が選んだ弁護士が「第三者」を名乗っていること自体、おかしなことだ。しかもそのうちの1名は、舛添要一・前東京都知事の政治資金に関する第三者調査委員会のメンバーでもある。舛添氏の時も問題になったが、頼んだ弁護士が依頼人に不都合な報告をするはずがない。そもそも、第三者による検証報告書の名に値しない。

第三者委は事情聴取なしに「官邸要請」と推認

――報告書を読んでどのように感じましたか。

 これとは別に、内容で最も問題であるのが「官邸側」という表現だ。「要請を受けた……と推認される」と記述している。そこまで書き記すのであれば、「官邸側」とは誰なのかが明らかにされているべきだ。「官邸側」という人間はいない。

 当時、官邸には総理大臣だった私のほかに、官房長官、官僚、東電関係者も詰めていた。清水氏に聞いても記憶がないという。「官邸側」という言葉を誰が語ったのか。聞いた人間も分からなければ、その人が誰から聞いたかも分からない。当時の官邸関係者に調査協力依頼があってしかるべきだが、私にも当時官房長官を務めていた枝野幸男・民進党幹事長にもいっさい話がなかった。

 調査を担当した弁護士は「職務権限がないこと」を理由にしているが、私自身は以前に職務権限がなかった民間事故調査委員会による聴取にも協力した。

「官邸側」の中身も調べずに東電がそういったものに配慮してやったというのは、東電による隠ぺいを官邸の責任にすり替えようとするものだ。

[写真有]「第三者検証委員会」による記者会見、中央が田中委員長(記者撮影)。翌日の菅氏の「説明を受けたい」との申し入れに対し、田中氏は「説明はできません」と断ってきたという

――東電の廣瀬直己社長は報告書を踏まえて6月21日に記者会見を開きました。その場では、「官邸側からの要請うんぬん」に関しては事実認識を示さずに、再発防止に全力を挙げるとだけ、繰り返しました。

 何度も申し上げるが、第三者検証委員会という以上、一般の方々は裁判所のような第三者が検証したとの印象を持つ。実際は違っていて、東電自らが頼んだ弁護士に検証させたのだから、東電の責任で検証したと言うべき。東電は当事者であるにもかかわらず第三者に任せたという形で、まさに舛添さんにそっくりだ。この点については調査不十分なものを公表したということで、謝罪するならば謝罪してほしい。

「民進党を攻撃する材料として出したとしか思えない」

――菅さんのツイッターによれば、菅さんご自身が第三者調査委員会委員長の田中弁護士の事務所に翌6月17日に電話し、田中氏本人に「今日中に報告書について説明を受けたいと申し入れた」とのことです。

 同日の午前中に電話したところ、田中弁護士は午後に「説明はできません」と断ってきた。おそらく関係者と相談したのだろう。「おかしいじゃないですか。『官邸側』という言葉を使っている以上、説明する義務があるでしょう」と申し上げたが、義務を果たそうとしない。

――参議院議員選挙が近い時期に報告書が出たことによる影響は。

 民進党を攻撃する材料として出したとしか思えない。それ以外にこの時期に出す理由がない。枝野幹事長も怒っており、法的措置を取りたいと語っている。その判断については執行部に任せているが、衆議院の原子力問題調査特別委員会でも取り上げたいと思っている。国会が閉会中でもできる。第三者検証委員会の田中委員長にも来ていただきたい。

――当時のやりとりを振り返って、どこに問題があったと思われますか。

 原発の状況がどうなっているかは、東電の現場以外知りようがない。東電が自分たちの発電所で炉心溶融していると判断すれば、私たちにその内容を伝えるとともに、世の中に公表するのが当然だ。私や官房長官がそれを止めなければならない理由はまったくない。

 現に枝野氏は当時の記者会見で炉心溶融の可能性があると説明しているし、私も外部の専門家からその可能性があることは一般的な意見としては聞いていた。ただし、その専門家の見解は推測に過ぎない。私は東電や原子力災害対策本部の助言役である原子力安全委員会の斑目春樹委員長(当時)に原発の正確な状況を尋ねていたのだから、東電がきちんと伝えるのが当然だ。

東電は炉心溶融の見通しを報告せず

 第三者検証委員会の報告書では、炉心溶融については事故から3日後の2011年3月14日のやりとりに着目しているが、実際にははるか前のできごとのほうが問題だ。私は最近になって知ったが、東電社内では事故直後の3月11日17時15分の時点で、1時間後には原子炉内の水が蒸発し、燃料棒が露出して炉心溶融が起こることが認識されていた。

 このことは、福島原発事故の真相究明を続けている新潟県の技術委員会の資料を読み込む中で、政府事故調査委員会の中間報告書97ページに記されていることが最近になってわかった。そこには次のような記述がある。

 「17時15分頃、発電所対策本部技術班は、1号機について、炉心の露出が開始する有効燃料頂部(TAF)に原子炉水位が到達する時間の予測を検討し、その結果、このまま原子炉水位が低下すればTAF到達まで1時間と推測した」

 つまり、当時、福島第一原発免震重要棟にあった東電の対策本部では、原発事故の初日にあと1時間で水位が有効燃料の頂部まで下がってくることを予測していた。そして政府事故調の中間報告では「(東電)本店対策本部も、テレビ会議システムを通じて同様の情報を得ており、同様の認識であったと考えられる」とも記述されている。

 TAFに到達すれば、まもなく炉心溶融が始まることは、原子力事業者であれば容易にに分かることだ。しかしこの内容は東電の社内だけにとどめられ、東電を監督する原子力安全・保安院(当時)にも伝えられなかった。結果として、保安院経由で東電から情報を入手していた官邸にもこの情報は入ってこなかった。このことは4月19日の衆議院環境委員会で、参考人として出席した廣瀬社長からも東電が情報を送っていなかった事実を確認している。

 その一方で、東電は間違った情報を官邸に報告してきた。水位計が壊れていることに気づかずに、事故当日の11年3月11日22時に「燃料棒の上の450ミリメートルまで水がある」との報告が来た。だから私はその時点では炉心溶融が起きているとは認識していなかった。

 当時、原子炉格納容器内の圧力が異常に上昇していた。もし格納容器内が爆発したら大変なことになると思い、私は住民に避難を指示した。もし3月11日17時15分の時点で東電から炉心溶融の予測についてきちんと報告されていれば、もっと早期により広い範囲で住民に避難を指示していた可能性が大きい。

清水社長、武黒フェローの調書は公表されていない

――当時、官邸には原子力の専門家として東電から武黒一郎フェローが来ていた。炉心溶融問題でも武黒氏が事情を知るキーパーソンであるとの認識はお持ちですか。

 私が東電の中の事情を推測することはできない。ただ、武黒氏といえば、原子炉への海水注入をめぐる問題で、東電の社内テレビ会議を通じて福島第一原発の吉田昌郎所長に中止の指示をした人物。吉田氏は本店に聞こえるような大きな声で現場に「止めろ」と言った一方、実際には海水注入を続けさせる芝居を打った。原子力の専門家である武黒氏がなぜ止めろと命じたのかいまだに理解できない。

 この問題をめぐっては11年5月20日に現首相の安倍晋三氏がメルマガを使って私を攻撃してきた。翌21日の朝刊では読売新聞や産経新聞が「首相意向で海水注入中断」(読売)、「『首相激怒』で海水注入中断」(産経)と報じ、安倍氏のコメントも記事中で引用した。この問題は自民党による攻撃から菅内閣への不信任案提出につながった。しかし、後になってその内容が間違っていたことが明らかになった。武黒氏が官邸のせいにして吉田氏に中断の指示をしていたこともわかった。

――真相究明には、何をすべきだと思いますか。
 政府事故調の資料に関しては、吉田所長の調書こそオープンになったが、清水社長の分は公表されていない。武黒氏を含む東電幹部の多くも同様だ。東電社内のテレビ会議映像も全面的には公開されていない。映像があっても音声がなかったり、途切れ途切れのものもある。徹底的に調査するのであればそういうものも再調査して公表すべきだ。それをやらないで、東電社内だけで聞き取りをしても、とても公正な調査とは言えない。

[写真有]舛添知事のケース同様に”第三者”とは名ばかり?第三者検証委員会の報告書を田中委員長から受け取る廣瀬・東電社長(撮影:尾形文繁)

第二次国会事故調で徹底検証を

――今回の隠ぺい問題は、原子力発電事業者としての、東電の適格性や信任問題にもつながりませんか。
 まったくその通りだ。国会事故調が終了した時に、黒川清委員長(当時)は後継組織を作ってほしいとおっしゃっていた。与野党でもその点では認識が一致していた。しかし、自民党は政権に戻ってからは福島原発事故の真相究明には不熱心で、後継組織を作るという与野党の約束をサボタージュしている。

 福島原発事故のいちばんの問題は、事故そのものが終わっていないことと同時に、事故の検証が終わっていないということだ。事故を検証する場として、第二次の国会事故調を設置すべきだ。ここ数年の間に新たに分かってきた事実もあるのだから、徹底的に検証を進める必要がある。それがなければ、実効性のある安全対策は決められるはずがない。

 そして、東電は事故を起こした当事者として検証をきちんとしてくださいとお願いするべきだ。それをせずに自分に都合のいい調査だけをやって、なおかつ炉心溶融のマニュアルも隠していたのだから、誰も信用しない。

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