[2013_04_30_01]特集ワイド 原発新規制基準は安全守れるか 地震・津波想定は裁量次第 「時間切れ」で数値盛り込めず 審査担う専門家が足りない 電力業界は緩和要求一辺倒(毎日新聞2013年4月30日)
 原子力規制委員会・規制庁が原発の新規制基準案をまとめた。5月10日まで意見を公募し、施行は7月だ。だが、この案は審査する側、される側の解釈次第で地地震・津波対策を甘くできる。「新基準だが旧態依然」になる心配がありそうだ。 【柏崎通信部・高木昭午、写真も】

 新基準案は過酷事故が起きにくい設計や、起きた場合の対策強化を義務付けた。一部規定に5年の猶予はあるが、基準を満たさない原発は施行後、規制委が法的に運転を禁止できる。
 地震についてはどうか。原発が電力会社の想定を超える揺れに襲われた事例は福島第1原発をはじめ、この8年間に5回もある=表。慎重な想定を求めるのが当然だろう。
 ところが、新基準案に各原発の地震・津波想定に関する具体的数値の定めはない。盛り込まれたのは想定方法の大枠だけだ。原発周辺の活断層んが起こす揺れの強さを電力会社が自ら試算し、その揺れに耐える原発を造ると定めた。問題はこの試算のやり方だ。
 試算は断層の性質を表す要素を想定、数値化しコンピューターに入力する。主な要素は▽断層の長さ▽断層が地面を揺らすす「パンチカ」に当たる応力降下量▽断層が動き始める点(破壊開始点)の位置▽断層の中で特に強い揺れを出す部分(アスペリティーの位置−など6種類。同じ長さの断層でも応力降下量が大きい方が強い地震を起こす。また破壊開始点が原発に近く、この点と原発の間にアスペリティーがあると揺れは強まる。どの要素も発生前に測定はできず、過去の地震の解析などから想定するしかない。
 規制委の地震・津波基準検討チーム委員の藤原広行・防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長は「想定次第で揺れの強さは2倍程度変わる。応力降下量、アスペリティー、破壊開始点は特に厳しく想定すべきだ」と語る。
 だが実際はどうなったか。旧原子力安全・保安院は福島第1の事故後、各要素の想定基準を作ろうと専門家を集めた意見聴取会で議論した。この席で藤原さんは、応力降下量の想定値として「中越沖地震(07年)と同じ25メガパスカル(メガパスカルは応力の単位)」を主張。保安院は根拠を示さずに2割減の「20メガパスカル」を掲示したが結論は出なかった。保安院廃止で公式の議論は消え、後継のはずの規制委の会合でも議題に上らなくなった。
 新基準案は各要素の「適切な」考慮を求めるが、貝体約数値の記載はない。規制庁は「半年か1年かければ(想定基準を)作れたかもしれないが(7月施行を控え)時間が足りなかった」と釈明する。
 「新基準が実質的に厳しくなるかどうかは審査の裁量の範囲になってしまった」。藤原さんはそう懸念する。電力会社が甘い想定をし、規制委が容認する余地が残された。

 津波想定にも不安がある。

 新基準案は太平洋側の津波に関し、東日本大震災=地震の規模を示すモーメントマグニチュード(Mw)9・0=をエネルギーで2〜8倍上回る地震三つを検討するよう求めた。「南海トラフから南西諸島沿いで起きる地震(Mw9・6)などだ。それらが起こし得る津波の対策を義務付けはしないものの、「対策を取らない場合は理由を説明してもらう」(規制庁)としている。
 気になるのは、世界最大規願の東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)など8原発が並ぶ日本海側の検討対象に、日本海中部地震(1983年、Mw7・9)などを挙げるにとどめたことだ。規制委の検討チーム委員である谷岡勇市郎・北海道大地震火山研究観測センター長は「日本海側でもMw9級の地震・津波は否定できない」と指摘する。谷岡さんによると、日本海側は地震を起こす岩板のゆがみがたまる連度が遅く、Mw9が起きるとして1万年に1回程度だ。だが津波の発生が確認できるのは約3000年前まで。もし前回のMw9が1万年前に起きていれば「次」が今年でもおかしくない。Mw9を検討せずに安心できるか。
 ちなみに秋田県は、日本海側でMw8・69の地震・津波を独白に想定している。
 津波の高さも想定次第だ。河田恵昭・関西大教授は昨年、大阪を襲う南海地震の津波について、断層が滑る角度など7要紫を2万通りに変え試算。従来2・5メートルとされた波高は最大10メートルにも達した。
 規制庁の担当者は「要素想定の妥当性や、対策が必要な地震・津波の規模は個別審査で判断する」と言う。チェック能力が問われるが、規制委・庁には専門家が足りない。
 田中俊一・規制委員長は昨年の記者会見で「規制に必要な知識や人は幅広い、高いレベルが要求されるが(人材確保は)時間がかかる」と認めた。「細かい数値を外部の力を借りずに判断するのは難しい」(規制庁)のが実情だ。
 その「外部の力」にも限界がある。池田安隆・東京大准教授(自然地理学)は旧原子力安全委員会で「耐震安全性評価特別委員会」の要員を務め、電力会社が認めない活断層の存在を指摘した。だが「会社組織が出す論理を個人が崩すのは一苦労。おかしいと感じた点は多かったが全て議論したら本業に差し支える。最重要の断層問題だけに力を注いだ」と打ち明ける。
 田中委員長は「規制は最低(条件)で、それを上回る安全対策を」と訴える。しかし電力会社側に期待はし難い。
 「活断層上でも原発を安全に建設できる場合がある」「設計で想定する津波の際、原発敷地に多少は浸水しても問題はない」・・・電力各社でつくる電気事業連合会は2日にあった規制委の検討チームの会合で、次々に基準案の緩和を求めた。さらに全原発が一律に検討を課される「未知の震源」による地震も、規模を小さめに見るよう訴えた。
 地震は震源となる活断層が未発見の場所でも起きる。基準案は岩手・宮城内陸地震(08年、Mw6・9)など16の実例を挙げ、発見済みの活断層による地震とは別に検討や対策を課している。ただ、実はMw6・5以上の「未知の震源」には検討だけで対策なしとする余地を残し、甘いとみる専門家もいる。にもかかわらず電事連は、岩手・宮城内陸地震などは「事前のデ−夕を分析すれば震源は想定できた」と主張し、さらに甘くしようとしたのだ。
 島崎邦彦・規制委員長代理は「通常は活断層でないと認定するものすら活断層としている」と強引さを批判し「(原発周辺の)活断層評価もこの形で」と、皮肉交じりに電事連の主張を退けた。
 規制委は今月、関西電力大飯原発を対象に、新基準施行後の暫定稼働の可否を決める現状評価を始めた。評価会合は公開だが、関電の言い分を聞くヒアリングは議事概要が出るだけだ。新基準に基づく各原発の審査ではヒアリングも公開し詳細な議事録を出すべきだ。役所と電力会社が甘い規制で手を打ち、事故が起きてから国民が驚く事態は繰り返さないでほしい。

■国内の原発で地震の揺れの強さが想定値を上回った事例
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発生日:05年8月16日
地震名:-
原発 :東北電力女川
観測値:888
想定値:673
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発生日:07年3月25日
地震名:能登半島地震
原発 :北陸電力志賀
観測値:711
想定値:382
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発生日:07年7月16日
地震名:新潟県中越沖地震
原発 :東京電力柏崎刈羽
観測値:2058
想定値:834
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発生日:11年3月11日
地震名:東日本大震災
原発 :東京電力福島第1
観測値:550
想定値:438
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発生日:11年4月7日
地震名:東日本大震災余震
原発 :東北電力女川
観測値:1386
想定値:1091
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※表中の数字の単位は「ガル」。ガルは加速度の単位で、揺れの激しさを表すのに使う。
KEY_WORD:NIHONKAICHUBU_:IWATEMIYAGI_:HIGASHINIHON_:KASHIWA_:OOI_:TSUNAMI_:CHUETSUOKI_: