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【即時停止の衝撃】(下)訴訟リスク…原発再稼働を阻む新たなハードルに

 「国ではなく、これからは、司法がキャスチングボートを握ることになった」。大津地裁が関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止めの仮処分決定を出した9日夜、西日本の大手電力会社首脳は表情を曇らせた。

 運転中の原発の停止を命じた司法判断に、関電だけでなく業界全体に激震が走った。この幹部も「人ごとではない。このままでは大変なことになる」と危機感を募らせた。

 原発を再稼働したい電力会社は、原子力規制委員会の新規制基準に適合するよう対策を急いでいる。だが、大津地裁決定は「福島第1原発事故の原因究明は今なお道半ばで、徹底的に行うことが不可欠。この点に意を払わない姿勢が規制委にあるとするならば、非常に不安を覚えるものといわざるを得ない」と、規制委へ疑念を示した。

 さらに、新基準についてもより厳しい姿勢を要求。これまで規制委のハードルをクリアすることに注力していた電力会社が、新たに「訴訟リスク」にも本腰を入れて向き合わざるを得なくなったことを意味した。

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 原発差し止め訴訟の判例となっているのは、四国電力伊方原発設置をめぐる平成4年の最高裁判決だ。

 「原子炉施設の安全審査に関する資料を持つ行政庁が、設置を許可した審査過程が合理的だと立証する必要があり、立証を尽くさなければ不合理な点があると推認される」。原発の安全性に関する詳細な資料を持たない原告に代わり、さまざまな資料を握る行政に安全性の立証責任があるという内容だ。

 大津地裁の山本善彦裁判長は最高裁判決を引用しつつも、福島事故後に原子力規制行政がどのように強化され、関電がどう応えたのかを立証する責任を負うと判断。安全性について、従来に比べ重い立証責任を一民間企業の関電に求めた。

 元東京高裁判事で中央大法科大学院の升田純教授は「関電も資料を持っており、一定の立証責任はある」としながら、「関電とすれば法令上の新基準を満たして安全性を確保したのに、高度な科学技術に関する知識、能力のない裁判所が自らが基準を示すような決定になっている」と分析。「初めから結論ありきだったのではないか」と指摘する。

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 25年2月、最高裁司法研修所で裁判長クラスの判事を対象に、複雑困難訴訟をテーマにした研究会が開かれた。産経新聞が情報公開請求した議事録によると、全国から判事41人が参加。議論の軸は、伊方原発訴訟の最高裁判決だった。

 大半は判決を支持する意見だったが、「原発事故は取り返しがつかない事態になる一方、原発を止めても取り返しのつかない事態にはならない」との意見もあった。

 これまでの司法判断は原発規制当局の設置手続きの適否を重視するケースが多かった。だが福島事故後、新基準に対する評価に踏み込んでおり、升田氏は「あってはならないが、裁判官の属性に影響されることは否定できない」と語る。

 早期の取り消しを勝ち取って再び原子力の火がともることを確信してともにがんばろう−。大津地裁の決定が出た9日夜、関電社員らに八木誠社長名のメールが届いた。11日に会見した岩根茂樹副社長も「訴訟リスクを会社として認識し、今一度個々の争点で主張を強化したい」と語った。

 現在、全国で行われている原発運転差し止め訴訟は20件を超える。訴訟リスクを乗り越えなければ、原発の継続的な運転は望めない。

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 この連載は中島高幸、池田祥子、藤谷茂樹、中山玲子、木ノ下めぐみが担当しました。

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