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高浜原発運転差し止め仮処分 大津地裁決定(2016年3月9日)全文

高浜原発運転差し止め仮処分の、大津地裁決定全文(「裁判所の判断」部分)は以下の通り。

 【主文】

 1 関西電力は、福井県高浜町田ノ浦1において、高浜発電所3号機および同4号機を運転してはならない。
 2 申立費用は、関電の負担とする。

 【理由】

 1 争点1(主張立証責任の所在)について

 伊方原発訴訟最高裁判決は「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取り消し訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会もしくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議および判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会もしくは原子炉安全専門審査会の調査審議および判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。原子炉設置許可処分についての右取り消し訴訟においては、右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準ならびに調査審議および判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである」旨判示した。

 原子力発電所の付近住民がその人格権に基づいて電力会社に対し原子力発電所の運転差し止めを求める仮処分においても、その危険性すなわち人格権が侵害されるおそれが高いことについては、最終的な主張立証責任は債権者(住民ら)が負うと考えられるが、原子炉施設の安全性に関する資料の多くを電力会社側が保持していることや、電力会社が、一般に、関係法規に従って行政機関の規制に基づき原子力発電所を運転していることに照らせば、上記の理解はおおむね当てはまる。そこで、本件においても、関電において、依拠した根拠、資料等を明らかにすべきであり、その主張および疎明が尽くされない場合には、電力会社の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。

 しかも、本件は、福島第1原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政に大幅な改変が加えられた後の事案であるから、関電は、福島第1原子力発電所事故を踏まえ、原子力規制行政がどのように変化し、その結果、本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され、関電がこの要請にどのように応えたかについて、主張および疎明を尽くすべきである。

 このとき、原子力規制委員会が関電に対して設置変更許可を与えた事実のみによって、関電が上記要請に応える十分な検討をしたことについて、関電において一応の主張および疎明があったとすることはできない。当裁判所は、当裁判所において原子力規制委員会での議論を再現することを求めるものではないし、原子力規制委員会に代わって判断すべきであると考えるものでもないが、新規制基準の制定過程における重要な議論や、議論を踏まえた改善点、本件各原発の審査において問題となった点、その考慮結果等について、関電が道筋や考え方を主張し、重要な事実に関する資料についてその基礎データを提供することは、必要であると考える。そして、これらの作業は、関電が既に原子力規制委員会において実施したものと考えられるから、その提供が困難であるとはいえないこと、本件が仮処分であることから、これらの主張や疎明資料の提供は、速やかになされなければならず、かつ、およそ1年の審理期間を費やすことで、基本的には提供することが可能なものであると判断する。

 2 争点2(過酷事故対策)について

 (1)東京電力福島第1原子力発電所事故によってわが国にもたらされた災禍は、甚大であり、原子力発電所の持つ危険性が具体化した。原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときには必ずしも優位であるとはいえない上、その環境破壊の及ぶ範囲はわが国を越えてしまう可能性さえあるのであって、単に発電の効率性をもって、これらの甚大な災禍と引き換えにすべき事情であるとはいい難い。

 関電は、福島第1原子力発電所事故は、同発電所の自然的立地条件に係る安全確保対策(具体的には、津波に関する想定である)が不十分であったために、同発電所の「安全上重要な設備」に共通要因故障が生じ、放射性物質が異常放出される事態に至ったもので、新規制基準が福島第1原子力発電所事故を踏まえて形成されていることから、福島第1原子力発電所事故と同様の事態が生じることを当然の前提とする住民らの主張は合理的ではないと主張する。しかしながら、福島第1原子力発電所事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ばの状況であり、本件の主張および疎明の状況に照らせば、津波を主たる原因として特定し得たとしてよいのかも不明である。その災禍の甚大さに真摯(しんし)に向き合い、二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての関電の主張および疎明はいまだ不十分な状態にあるにもかかわらず、この点に意を払わないのであれば、そしてこのような姿勢が、関電ひいては原子力規制委員会の姿勢であるとするならば、そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚えるものといわざるを得ない。

 福島第1原子力発電所事故の経過からすれば、同発電所における安全確保対策が不十分であったことは明らかである。そのうち、どれが最も大きな原因であったかについて、仮に、津波対策であったとしても、東京電力がその安全確保対策の必要性を認識してさえいれば、同発電所において津波対策の改善を図ることが不可能あるいは極度に困難であったとは考えられず、防潮堤の建設、非常用ディーゼル発電機の設置場所の改善、補助給水装置の機能確保等、可能な対策を講じることができたはずである。しかし、実際には、そのような対策は講じられなかった。このことは、少なくとも東京電力や、その規制機関であった原子力安全・保安院において、そのような対策が実際に必要であるとの認識を持つことができなかったことを意味している。現時点において、対策を講じる必要性を認識できないという上記同様の事態が、上記の津波対策に限られており、他の要素の対策はすべて検討し尽くされたのかは不明であり、それら検討すべき要素についてはいずれも審査基準に反映されており、かつ基準内容についても不明確な点がないことについて関電において主張および疎明がなされるべきである。そして、地球温暖化に伴い、地球全体の気象に経験したことのない変動が多発するようになってきた現状を踏まえ、また、有史以来の人類の記憶や記録にある事項は、人類が生存し得る温暖で平穏なわずかな時間の限られた経験にすぎないことを考えるとき、災害が起こる度に「想定を超える」災害であったと繰り返されてきた過ちに真摯に向き合うならば、十二分の余裕をもった基準とすることを念頭に置き、常に、他に考慮しなければならない要素ないし危険性を見落としている可能性があるとの立場に立ち、対策の見落としにより過酷事故が生じたとしても、致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思想に立って、新規制基準を策定すべきものと考える。関電の保全段階における主張および疎明の程度では、新規制基準および本件各原発に係る設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない。

 (2)次に、本件で問題となった過酷事故対策の中でも、福島第1原子力発電所事故において問題となった発電所の機能維持のための電源確保について検討すると、関電の考えによれば、例えば、基準地震動Ssに近い地震動が本件各原発の敷地に到来した場合には、外部電源が全て健全であることまでは保障できないから、非常電源系を置くということになる。わが国は地震多発国ではあるものの、実際、本件各原発の敷地が毎日のように基準地震動Ssに近い地震動に襲われているわけではないから、その費用対効果の観点から、外部電源についてはCクラスに分類し、事故時には非常用ディーゼル発電機等の非常用電源(Sクラスに分類)により本件各原発の電力供給を確保することとするものである。経済的観点からのこの発想が福島第1原子力発電所事故を経験した後においても妥当するのか疑問なしとしないが、そのような観点に仮に立つとすれば、電源事故が発生した際の備えは、相当に重厚で十分なものでなければならないというべきである。

 ここで、新規制基準に基づく審査の過程を検討してみると、過酷事故発生に備えて、関電は、安全上重要な構築物、系統および機器の安全機能を確保するため非常用所内電源系を設け、その電力の供給が停止することがないようにする設計を持ち、外部電源が完全に喪失した場合に、発電所の保安を確保し、安全に停止するために必要な電力を供給するため、ディーゼル発電機を用意することとし、これを原子炉補助建屋内のそれぞれ独立した部屋に2台備えることとしている。またそのための燃料を7日分、燃料油貯油槽を設けて貯蔵するとしたり、直流電源設備として蓄電池を置いたり、代替電源設備として空冷式非常用発電装置、電源車等を設けることとしたことが認められる。また、原子力規制委員会の審査においては、これらの設置に加え、これらが稼働するための準備に必要な時間、人員、稼働する時間等について審査し、要求事項に適合していると審査した。ほかにも、過酷事故に対処するために必要なパラメータを計測することが困難となった場合において、当該パラメータを推定するための有効な情報を把握するための設備や手順を設け、原子炉制御室およびその居住性等について検討しており、これらからすれば、相当の対応策を準備しているとはいえる。

 しかし、これらの設備がいずれも新規制基準以降になって設置されたのか否かは不明であり(ただし、空冷式非常用発電装置や、号機間電力融通恒設ケーブルおよび予備ケーブル、電源車は新たに整備されたとある)、ディーゼル発電機の起動失敗例は少なくなく、空冷式非常用発電装置の耐震性能を認めるに足りる資料はなく、また、電源車等の可動式電源については、地震動の影響を受けることが明らかである。非常時の備えにおいてどこまでも完全であることを求めることは不可能であるとしても、また、原子力規制委員会の判断において意見公募手続きが踏まれているとしても、このような備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたといってよいか、ちゅうちょせざるを得ない。

 したがって、新規制基準において、新たに義務化された原発施設内での補完的手段とアクシデントマネジメントとして不合理な点がないことが相当の根拠、資料に基づいて疎明されたとはいい難い。

 (3)また、使用済み燃料ピットの冷却設備の危険性について、新規制基準は防護対策を強化したものの、原子炉と異なり一段簡易な扱い(Bクラス)となっている。安全性審査については、原子炉の設置運営に関する基本設計の安全性に関わる事項を審査の対象とすべきところ、原子炉施設にあっては、発電のための核分裂に使用する施設だけが基本設計に当たるとは考え難い。すなわち、一度核分裂を始めれば、原子炉を停止した後も、使用済み燃料となった後も、高温を発し、放射性物質を発生し続けるのであり、原子炉停止とはいうものの、発電のための核分裂はしていないだけといってよいものであるから、原子炉だけでなく、使用済み燃料ピットの冷却設備もまた基本設計の安全性に関わる重要な施設として安全性審査の対象となるものというべきである。

 使用済み燃料の処分場さえ確保できていない現状にあることはおくとしても、使用済み燃料の危険性に対応する基準として新規制基準が一応合理的であることについて、関電は主張および疎明を尽くすべきである。また、その上で、新規制基準の下でも、使用済み燃料ピットについては、冠水することにより崩壊熱の除去が可能であると考えられるが、基準地震動により使用済み燃料ピット自体が一部でも損壊し、冷却水が漏れ、減少することになった場合には、その減少速度を超える速度で冷却水を注入し続けなければならない必要性に迫られることになる。現時点で、使用済み燃料ピットの崩壊時の漏水速度を検討した資料であるとか、冷却水の注入速度が崩壊時の漏水速度との関係で十分であると認めるに足りる資料は提出されていない。

 3 争点3(耐震性能)について

 (1)前提事実および前記とおり、福島第1原子力発電所の重大な事故に起因して、原子力に関する行政官庁が改組され、原子力規制委員会が設立され、新規制基準が策定されたものであり、新規制基準は、従前の規制(旧指針および新指針)の上に改善が図られている。当裁判所は、前記1のとおり、本件各原発の運転のための規制が具体的にどのように強化され、関電がこれにどのように応えたかについて、関電において主張および疎明を尽くすべきであると考える。

 ところで、関電は、新規制基準においては、耐震性の評価に用いる基準地震動の策定方法の基本的な枠組みは変更されず、基準地震動の策定過程で考慮される地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては、より詳細な検討が求められることになったと主張している。この点、福島第1原子力発電所事故の主たる原因がなお不明な段階ではあるが、地震動の策定方法の基本的な枠組みが誤りであることを明確にし得る事由も存しないことからすると、従前の科学的知見が一定の限度で有効であったとみるべきであり、これに加え、地震動に係る新規制基準の制定過程からすれば、新規制基準そのものがおよそ合理性がないとは考えられないため、関電において新規制基準の要請に応える十分な検討をしたかを問題とすべきことになる。

 (2)このような観点から、関電の提示する耐震性能の考え方について検討すると、敷地ごとに震源を特定して策定する地震動を検討する方法自体は、従前の規制から引き続いて採用されている方法であるが、これを主たる考慮要素とするのであれば、現在の科学的知見の到達点として、ある地点(敷地)に影響を及ぼす地震を発生させる可能性がある断層の存在が相当程度確実に知られていることが前提となる。そして、関電は、関電の調査の中から、本件各原発付近の既知の活断層の15個のうち、FO―A〜FO―B〜熊川断層および上林川断層を最も危険なものとして取り上げ、かつこれらの断層については、その評価において、原子力規制委員会における審査の過程を踏まえ、連動の可能性を高めに、または断層の長さを長めに設定したとする。しかしながら、関電の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけではなく(地質内部の調査を外部から徹底的に行ったと評価することは難しい)、それが現段階の科学技術力では最大限の調査であったとすれば、その調査の結果によっても、断層が連動して動く可能性を否定できず、あるいは末端を確定的に定められなかったのであるから、このような評価(連動想定、長め想定)をしたからといって、安全余裕をとったといえるものではない。また、海域にあるFO―B断層の西端が、関電主張の地点で終了していることについては、(原子力規制委員会に対してはともかくとしても)当裁判所に十分な資料は提供されていない。関電は、当裁判所の審理の終了直前である2016年1月になって、疎明資料を提供するものの、この資料によっても、上記の事情(西端の終了地点)は不明であるといわざるを得ない。

 (3)次に、関電は、このように選定された断層の長さに基づいて、その地震力を想定するものとして、応答スペクトル(震源との距離などから計算された地震の揺れの推計結果)の策定の前提として、松田式を選択している。松田式が地震規模の想定に有益であることは当裁判所も否定するものではないが、松田式の基となったのはわずか14地震であるから、このサンプル量の少なさからすると、科学的に異論のない公式と考えることはできず、不確定要素を多分に有するものの現段階においては一つのよりどころとし得る資料とみるべきものである。したがって、新規制基準が松田式を基に置きながらより安全側に検討するものであるとしても、それだけでは不合理な点がないとはいえないのであり、相当な根拠、資料に基づき主張および疎明をすべきところ、松田式が想定される地震力のおおむね最大を与えるものであると認めるに十分な資料はない。

 また、関電は、応答スペクトルの策定過程において耐専式(電力業界が独自に策定した、震源との距離などから地震の揺れの強さを推計する手法)を用い、近年の内陸地殻内地震に関して、耐専スペクトル(耐専式で得られた応答スペクトル)と実際の観測記録の乖離(かいり)は、それぞれの地震の特性によるものであると主張するが、そのような乖離が存在するのであれば、耐専式の与える応答スペクトルが予測される応答スペクトルの最大値に近いものであることを裏付けることができているのか、疑問が残るところである。なお、関電は、耐専スペクトルの算出に当たっては、基本ケースのみならず、「傾斜角75度ケース」、「アスペリティ一塊ケース」、「アスペリティ一塊・横長ケース」を検討しているが、各ケースの応答スペクトルはかなり似通っており、ケースを異ならせることによりどの程度の安全余裕が形成されたかを明らかにし得ていない。関電の検討結果によれば、最大加速度(水平)については、基準地震動Ss―1の700ガルが最大であったというのであるから、FO―A〜FO―B〜熊川断層の3連動(傾斜角75度ケース)の応答スペクトルを超えるところが想定すべき最大の応答スペクトルということになるが、以上の疑問点を考慮すると、基準地震動Ss―1の水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいか、十分な主張および疎明がされたということはできない。

 断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を踏まえた基準地震動については、関電は、結果的に、応答スペクトルに基づく基準地震動を超えるものは得られなかったとしているが、関電のいう、地震という一つの物理現象についての「最も確からしい姿」とは、起こり得る地震のどの程度の状況を含むものであるのかを明らかにしていないし、起こり得る地震の標準的・平均的な姿よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータは特段得られていないとの主張に至っては、断層モデルにおいて前提とするパラメータが、本件各原発の敷地付近と全く同じであることを意味するとは考えられず、採用することはできない。ここで関電のいう「最も確からしい姿」や「平均的な姿」という言葉の趣旨や、関電の主張する地域性の内容について、その平均性を裏付けるに足りる資料は、見当たらない。

 (4)震源を特定せず策定する地震動については、関電は、2004年に観測された北海道留萌支庁南部地震の記録等に基づき、基準地震動Ss―6およびSs―7として策定し、この基準地震動Ss―6(鉛直、485ガル)が結果的に最大の基準地震動(鉛直)となっている。関電の主張によれば、これは、「地表地震断層が出現しない可能性がある地震について、断層破壊領域が地震発生層の内部にとどまり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震」を設定して応答スペクトルを策定したとする。このような地震動についてそもそも予測計算できるとすることが科学的知見として相当であるかはともかくとして、これらの計算についても、関電による本件各原発の敷地付近の地盤調査が、最先端の地震学的・地質学的知見に基づくものであることを前提とするものであるし、原子力規制委員会での検討結果がこの調査の完全性を担保するものであるともいえないところ、当裁判所に対し、この点に関する十分な資料は提供されていない。

 4 その余の争点について

 (1)争点4(津波に対する安全性能)について

 津波に対する安全性能についても、上述の観点から検討しなければならない。新規制基準の下、特に具体的に問題とすべきは、1586年の天正地震に関する事項の記載された古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が死亡した旨の記載があるように、この地震の震源が海底であったか否かである点であるが、確かに、これが確実に海底であったとまで考えるべき資料はない。しかしながら、海岸から500メートルほど内陸で津波堆積物を確認したとの報告もみられ、関電が行った津波堆積物調査や、ボーリング調査の結果によって、大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってよいか、疑問なしとしない。

 (2)争点5(テロ対策)について

 関電は、テロ対策についても、通常想定し得る第三者の不法侵入等については、安全対策を採っていることが認められ、一応、不法侵入の結果安全機能が損なわれるとはいえない。もっとも、大規模テロ攻撃に対して本件各原発が有効な対応策を有しているといえるかは判然としないが、これについては、新規制基準によって対応すべき範疇(はんちゅう)を超えるというべきであり、このような場合は、わが国の存立危機に当たる場面であるから、他の関係法令に基づき国によって対処されるべきものであり、またそれが期待できる。したがって、新規制基準によってテロ対策を講じなくとも、安全機能が損なわれるおそれは一応ないとみてよい。

 (3)争点6(避難計画)について

 本件各原発の近隣地方公共団体においては、地域防災計画を策定し、過酷事故が生じた場合の避難経路を定め、広域避難のあり方を検討しているところである。これらは、関電の義務として直接に問われるべき義務ではないものの、福島第1原子力発電所事故を経験したわが国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉(ちしつ)している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよいのではないだろうか。このような状況を踏まえるならば、関電には、万一の事故発生時の責任は誰が負うのかを明瞭にするとともに、新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全確保対策にも意を払う必要があり、その点に不合理な点がないかを相当な根拠、資料に基づき主張および疎明する必要があるものと思料(しりょう)する。

 しかるに、保全の段階においては、同主張および疎明は尽くされていない。

 5 被保全権利の存在

 本件各原発は一般的な危険性を有することに加え、東北地方太平洋沖地震による福島第1原子力発電所事故という、原子力発電所の危険性を実際に体験した現段階においては、関電において本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され、それにどう応えたかの主張および疎明が尽くされない限りは、本件各原発の運転によって住民らの人格権が侵害されるおそれがあることについて一応の疎明がなされたものと考えるべきところ、本件各原発については、福島第1原子力発電所事故を踏まえた過酷事故対策についての設計思想や、外部電源に依拠する緊急時の対応方法に関する問題点、耐震性能決定における基準地震動策定に関する問題点について危惧すべき点があり、津波対策や避難計画についても疑問が残るなど、住民らの人格権が侵害されるおそれが高いにもかかわらず、その安全性が確保されていることについて、関電が主張および疎明を尽くしていない部分があることからすれば、被保全権利は存在すると認める。

 6 争点7(保全の必要性)について

 本件各原発のうち3号機は、今年1月29日に再稼働し、4号機も、2月26日に再稼働したから、保全の必要性が認められる。以上の次第で、住民らの申し立てによる保全命令は認められることになるところ、住民らの主張内容および事案の性質に鑑み、担保を付さないこととする。

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