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大飯原発「基準地震動評価」が批判されるワケ 島崎氏の指摘を規制委は否定したが… 岡田 広行 :東洋経済 記者

「関西電力・大飯原子力発電所の基準地震動(想定される最大の揺れ)は過小評価されている。(きちんと計算すると、大地震の際には実際の揺れが)現在の基準地震動を超えてしまうことは確かだ」
 原子力規制委員会で2014年9月まで委員長代理を務めた島崎邦彦・東京大学名誉教授(地震学)による問題提起は、原子力規制委による十分な検証計算が実施されないまま、いったんお蔵入りとなった。
 原子力規制委の5人の委員は7月27日の定例会合で、「現時点で大飯原発の基準地震動を見直す必要はない」(田中俊一委員長)との意見で一致。原子力規制庁が島崎氏の要請を踏まえてふだん使っているのとは別の式を用いて試算した内容について、田中委員長は「原子力規制庁の事務方に無理な計算をやらせてしまい、非現実的な結果になった」として、基準地震動見直しの判断材料にはできないとの考えを明らかにした。
 そのうえで原子力規制委や原子力規制庁は、島崎氏が提案した政府の地震調査研究推進本部・地震調査委員会の資料に記載されている別の計算式を使った評価については、「今まで使ったことがない」(櫻田道夫・原子力規制庁原子力規制部長)ことを理由に、実施しない考えを示した。
規制委員会は真っ向から否定
 「(島崎氏は自分が調べた)一部の都合のよいデータだけを持ち出して、われわれにいろいろと宿題を出した。おかげさまでいろいろと勉強させていただいた。でも、おかしいです。島崎先生のご指摘は。率直に受け入れることはできない」
 原子力規制委の田中委員長は、7月27日の委員会会合でこう言い切った。
 田中委員長がいう「都合のよいデータ」とは、島崎氏が説明した熊本地震による新たな知見のことを指している。
 島崎氏は、国土地理院が推定した熊本地震の断層面積を、原子力規制委や電力会社が用いている「入倉・三宅式」に入れて計算したところ、地震モーメント(地震の大きさ)や断層のずれの量が、実際の値に比べて非常に小さくなったと説明。入倉・三宅式を使う限り、原発の審査においても震源の大きさは過小評価されると主張した。こうした見解に対して田中委員長が疑問を投げかけたのである。
 「熊本地震についてどう解釈すべきか、専門家の間でも決着がついていない。にもかかわらず(島崎氏が)一部のデータだけを先取りして、あたかもそれを真のごとくおっしゃるのは納得できない」とも田中委員長は同日の委員会会合で述べている。
 だが、島崎氏の問題提起をきっかけに、これまでに電力会社が原発の耐震設計の前提としてきた基準地震動の計算の仕方に、多くの市民が疑問や不安を抱くよう になったのは事実だ。
 地震動計算の専門家からも、「現在の原発の安全審査のやり方には課題がある。地震動の審査に際しては、自然現象(地震)や人間側の認識が内包する不確かさもきちんと考慮して安全性を確保する必要がある。熊本地震での新しい知見も取り入れ、より安全性を高める形で議論を進めるべきだ」 (藤原広行・防災科学技術研究所・社会防災システム研究部門長)との意見が出ている。

事前に震源断層の長さ・幅の推定は困難
 熊本地震を詳細に調査した専門家は、島崎氏の見方を支持する。地震動研究を専門分野にする東大地震研究所の纐纈(こうけつ)一起教授は、「原発の耐震評価で用いられている地震動の予測手法を熊本地震に適用すると、地震動は過小評価になることがわかった」と本誌の取材に答えている。
 纐纈教授によれば、熊本地震の調査で判明した震源断層モデル(震源断層の長さや幅、地震モーメント、マグニチュードなど)を元に、入倉・三宅式を用いて地震動を計算した結果、「その予測手法で用いられている計算式そのものに誤りはなかった」という。
 その一方で、「大地震が起こる前にいくら詳細な活断層調査を実施していたとしても、震源断層の長さや幅を正確に推定することは困難なので、より正確に計算できる別の予測手法を用いるべきだ」と述べている。
 これはどういうことかというと、電力会社などが用いている入倉・三宅式そのものは、実際に起きた地震のデータを元にすれば、そこから正しく地震動を計算できる一方、大地震が起こる前に電力会社が原発の敷地内や周辺の地質や地層を詳細に調べても、そこで推定した震源断層の大きさから実際に起きる地震動を正確に予測することはできないということを意味している。
 その証拠に、熊本地震を引き起こした布田川・日奈久断層帯北東部の長さは地震が起こる前は約27キロメートルと見積もられていたが、実際に地震が起きてみて調べたところ、震源断層の長さは約45キロだったと纐纈教授は指摘している。こうした検証結果を踏まえて、現在、電力会社や原子力規制委が用いている計算手法を熊本地震の予測に用いた場合、「地震動は過小評価になる」(纐纈教授)というのである。
 ちなみに政府の地震調査研究推進本部が推奨する「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(レシピ)には、主に電力会社や原子力規制委が用いている手法のほかに、「松田式」をベースにした手法がある。後者は同推進本部による「全国地震動予測地図」での活断層地震の地震動評価に用いられている。纐纈教授は「松田式を用いた後者の予測手法で計算した結果のほうが、熊本地震の規模と地震動をより正確に再現できることがわかった」と本誌の取材に答えている。

"不確かさ"の扱いについて体系的な考え方がない
 前出の藤原・防災科学技術研究所部門長も、「入倉・三宅式は査読付きの論文に掲載されており、式自体に誤りはない」と指摘する。そのうえで、同式を用いて地震動を評価する場合には注意が必要だという。
 「入倉・三宅式そのものは、これまでに起きた数多くの活断層型の地震のデータに対して、一本の線を引いた回帰式にほかならない。その背後には、平均値に対して大きなばらつき(不確かさ)が存在している。その不確かさが原発の審査の際にきちんと考慮されているかどうかが重要だ」と藤原氏は強調する。
 こうした見方に対して、原子力規制庁の幹部は原子力規制委の会合で、「大飯原発の審査に際しては、断層の長さについて不確かさを考慮している。断層の角度を寝かせて断層幅を大きく取ることもしている」などと説明している。
 しかし、藤原氏は今の原子力規制庁の審査のやり方では不十分だという。
 「どの程度まで考慮すれば、過去に起きた地震や今後起きる地震がばらつきの範囲に収まるのか、定量的な把握が十分に行われているとは言いがたい。"不確かさ"の扱いについて体系的な考え方を確立し、安全規制の中にきちんとオーソライズすべきだと私は十数年来、指摘し続けてきたが、いまだに実現していない」(藤原氏)。
 続けて藤原氏は、「東日本大震災が起きて地震学の知見の限界が改めて明らかになった。こうした中で、不確かさの扱いがそもそも十分だったのかについても議論すべき。そして、不確かさを体系的に原子力の安全規制の中で扱うルールづくりをしない限り、適切な基準地震動の設定はできない」と警鐘を鳴らす。
基準地震動の考え方を決める際には、「電力会社任せではなく、専門家を含むさまざまな立場の人たちがひざを突き合わせて議論する必要がある」とも藤原氏は本誌の取材に語っている。

再稼働に支障が出るから再検証はできない!?
 長沢啓行・大阪府立大学名誉教授(生産管理システム)は、「原子力規制委の田中委員長は、入倉・三宅レシピしか原発の審査で使えるものはないと語っているが、この認識は間違っている」と指摘する。
 脱原発市民グループ「若狭ネット資料室」室長を務める長沢氏は、これまで、九州電力・川内原発や四国電力・伊方原発など数多くの原発の地震動評価の実態を詳細に検証。再稼働差し止め訴訟などで意見書を提出してきた。
 その長沢氏は次のように指摘する。
 「政府の地震調査研究推進本部が使っているもう一つの予測手法(レシピ)で再計算したほうがより正確である一方、計算された地震動は関電が設定した現在の基準地震動の1.5〜1.6倍程度になる。しかし、そうなると、大飯原発3・4号機では2012年3月のストレステスト(耐震余裕度テスト)で算出された炉心溶融につながる『クリフエッジ』(限界点)を超えてしまうので、原発は再稼働できなくなる。ほかの原発も再稼働が困難になる可能性が高い。だから、(今まで原発の審査で実績がないなどとの理由で)推進本部が用いている手法による再計算を拒んだのではないか」
 このように、基準地震動をめぐるやりとりには政治的な思惑がつきまとう。
 とはいえ、事態は前に動き始めている。原子力規制委によって島崎氏が持ち掛けた論争はいったん幕引きとなったが、原子力規制庁の事務レベルでは、「熊本地震の知見を踏まえると審査のやり方の再検討は不可避」との見方が広がり始めている。
 いみじくも島崎氏は、「科学的事実をいかに反映させるかは、審査にたずさわる人たちの判断や見識による」と語っている。地震動評価のあり方をめぐる議論は、遠くない時期に再開される可能性が高い。

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