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「炉心溶融」という言葉を禁じたのは誰なのか 政府が情報統制、自治体や住民に事実を伝えず

 東京電力ホールディングスが福島第一原子力発電所事故で「炉心溶融」(メルトダウン)の事実を認識していながら事故発生後2カ月にわたって公表しなかった問題で、同社の「第三者検証委員会」(委員長は田中康久弁護士)は、「清水正孝社長(当時)から『この言葉を使わないように』との指示が社内にあった」と認定した。
 6月16日に公表された第三者委員会の「検証結果報告書」によれば、原発事故から3日後の2011年3月14日午後8時40分頃、記者会見に臨んでいた東電の武藤栄副社長(当時)が、同社の広報担当社員から「炉心溶融」などと書かれた手書きのメモを手渡され、「首相官邸から、この言葉は使わないように」との耳打ちをされた。広報担当社員がその指示を清水社長から直接受けていたことが調査で判明したという。
 第三者委員会の田中委員長によれば、調査に対して清水社長は「よく覚えていない」と繰り返したものの、複数の社内関係者への調査などを通じて間違いがないと判断し、事実として認定した。

   首相官邸から指示があったと認定

 福島第一原発の炉心にあった核燃料が高温で溶け始めている可能性があるとの認識は、すでに前々日の3月12日から原子力安全・保安院の審議官が記者会見で示していた。だが、翌日にはこの審議官は記者会見の担当から外されたうえに、新しい担当者は炉心溶融について肯定も否定もせず、不明と答えた。
 また、3月14日午後7時21分頃からの社内テレビ会議で、福島第一原発の担当者が「約2時間で完全に燃料が溶融する」と発言したことや、武藤副社長が「2時間でメルト(ダウン)、2時間でRPV(原子炉圧力容器)の損傷の可能性あり、良いですね」などと発言していることについても明らかにしている。
 第三者委員会は、延べ70人にのぼる東電の関係者へのヒアリングや政府事故調査委員会の聞き取り調査結果などを元にしながら、炉心溶融を認識していながらも、「対外的には『炉心溶融』を肯定するような発言を避けるべきだとの認識が徐々に広まった」と認定した。
 そのうえで、「官邸側から清水社長が、対外的に『炉心溶融』を認めることについては、慎重な対応をするようにとの要請を受けたものと受け止めていたことが推認される」とした。要は官邸が箝口令を敷いていたというのだ。
 「当時、東電社内では、マスコミに発表する前に官邸側に報告し、事前の了承を得ること、対外的に『炉心溶融』を認めることについては、慎重な対応をすること、の2つの注意事項が伝播していたと認められる」とし、住民や避難誘導をする地方自治体に伝えられるべき情報が政府の統制下に置かれて伏せられていたことがわかったという。

   「炉心溶融」という言葉は使ってはならない

 さらに事故からおよそ1カ月後の4月10日には、東電本店の緊急時対策本部の官庁連絡班から情報連絡班に発信用紙が送付され、そこには「経済産業大臣からの指示事項として「今後の説明およびプレス等にて『炉心溶融』という言葉は使わずに『燃料ペレットの溶融』を使うこと(以後統一すること)」、「(理由)『炉心溶融』はチャイナシンドローム等炉心全体が溶融していることを連想させるため」と記載されていたと報告書は明らかにしている。
 また、この発信用紙は、情報を共有するために、福島第一原発のみならず、同第二原発、柏崎刈羽原発にもファックスされたという。炉心溶融を公表することによる住民のパニックを恐れていたことをうかがわせる内容だ。
 東電が炉心溶融を公式に認めたのは5月24日。この日、東電は原子炉圧力容器内の水位や圧力、温度などを元に分析した結果を公表。そこでは1、2、3号機とも圧力容器底部に大部分の燃料が落下したという評価を初めて明らかにした。
 こうした経緯を踏まえながらも、データがそろったことによる5月の公表よりも前に炉心溶融を判断できなかったことについて、報告書は「不当であったとは言えない」と述べている。その一方で、計測数値や3月12〜14日当時の東電関係者の認識などから「より早期に『炉心溶融』を対外的に認めることも可能であったとの見方もできる」とも併記している。
 そのうえで「いずれにしても、この点は結果論を述べるほかなく、当時の判断の当否については、当第三者検証委員会は判断できない」と歯切れの悪い結論になっている。
 炉心溶融の公表が遅れたことについては、東電の原発が集中立地する新潟県が数年来問題にしてきた。東電は当初から、「炉心溶融を判定する基準を盛り込んだ社内マニュアルは存在しない」との説明を繰り返してきた。それが今年2月になってマニュアルがあったと前言をひるがえした。これをきっかけに第三者検証委員会が発足した。

  官邸の"誰"の指示だったかは未解明

 だが、委員会は当時の菅直人首相を初めとする官邸関係者や海江田万里経産相(当時)などのキーマンへの事情聴取をしておらず、官邸からの指示が誰によるものなのか、依然として未解明の点が少なくない。田中委員長自身も「任意の調査なので限界がある」と認めている。
 報告書では、東電からの通報が炉心溶融の事実を明記していない炉心損傷割合だけであったものの、保安院の説明により官邸は適切な判断ができたということを理由に、「国のなすべき避難指示等の実施に影響はほとんどなかったはず」としている。その一方で、「地元の県、市町村に対する説明としては、不十分な通報だったと言わざるをえない」とも述べている。
 「炉心溶融公表の遅れは、住民自身の避難の判断の遅れや無用な放射線被ばくにつながったのではないか」との記者の質問に田中委員長は、「住民にとっては、国による避難指示だけで十分かというと親切度が足りない」と答えている。
 また、原子力災害対策特別措置法や同法施行規則で炉心溶融判定の基準が明記されていなかったことや原子力緊急事態宣言がすでに出されていたことなどから、炉心溶融の隠ぺいがあったとしても違法性は問えないとの認識も田中委員長は示している。だが、そう言い切れるのか。
 第三者委員会の検証結果を踏まえて、新潟県の泉田裕彦知事は当時の清水社長が「炉心溶融」という言葉を使わないように指示していたことが認められたことで、「これまでの県技術委員会への説明は虚偽であり、きわめて遺憾である」とのコメントを出した。
 第三者委員会が重要な事実を明るみに出した一方で限界もあらわになった以上、公的な機関による関係者への聴取を含めた事実究明と責任の所在の明確化が必要だろう。

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