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原子力市民委員会声明 「熊本地震を教訓に原子力規制委員会は新規制基準を全面的に見直すべきである」の急所_吉岡斉


      吉岡斉(よしおか・ひとし)
      原子力市民委員会座長
      九州大学大学院比較社会文化研究院教授
      元・政府事故調査・検証委員会委員

1.改正規制基準の在り方(1)

□ 1.九州の住民を中心として、川内原発近傍における巨大地震の発生リスクを根拠に、九州電力川内1・2号機を停止せよとの要求が出されている。こうした不安は杞憂とは言えない。
□ 2.しかし川内原発に危険が急迫しているとまでは言えない。それゆえ原子力規制委員会として、原子炉等規制法64条を発動して、九州電力に対して川内1・2号機の運転停止を命令するのが、困難であることは理解できる。
 
□ 3.とはいえ熊本地震によって、新規制基準の欠陥が明白となったので、一刻も早く新規制基準を見直し、「改正規制基準」を制定すべき。
(危険の急迫に関するガイドラインも作るべき。)
□ 4.川内1・2号機は現時点で、十分な安全性が確保されていないので、原子力規制委員会は、「改正規制基準」が策定されるまで、川内1・2号機を停止するよう、九州電力に要請すべき。そしてバックフィットルールに則り、「改正規制基準」のもとで新たに審査を進めるべき。

2.改正規制基準の在り方(2)

□ 5.また原子力規制委員会は、関西電力高浜3・4号機、四国電力伊方3号機、および高浜1・2号機に対する設置変更許可についても、それにもとづいて再稼働手続きを進めないよう各電力会社に要請し、「改正規制基準」が制定されたのちにバックフィットルールに則り、審査を再開すべき。
□ 6.まだ設置変更許可を受けていない原子炉については、「改正規制基準」が制定されるまで、原子力規制委員会は適合性審査を停止すべき。
□ 7.熊本地震によって露呈した新規制基準の欠陥のうち、下記2点が決定的に重要。(1)過酷事故の際に周辺住民の安全を守るための実効性ある地域防災計画の審査が、原発の建設・運転を許可する際の法律上の要件となっていないこと。(2)耐震設計審査基準が、既設原子炉の大半を合格させようという配慮のもとに策定された、本質的に緩いものであること。

3.実効性なき地域防災計画を放置(1)

□ 8.地域防災計画の策定・実施については、自治体(都道府県、市町村)が直接的な責任を負うことになっている。しかし原子力規制委員会がその適切さを審査し、合否判定を行う法令上の仕組みがない。
□ 9.今まで自治体から提出された「地域防災計画(原子力災害対策編)」は、鹿児島県のものをはじめとして全く現実性がない。
□ 10.それらはみな「防災・避難インフラ」(避難先、避難手段、避難・防災組織、情報の伝達・共有等)が完全な機能を果すことを前提とした机上の計画であり、また要援護者(高齢者、入院患者、介護施設入所者等)への配慮も欠けている。福島原発事故の教訓を忘れている。
□ 11.また現在の原子力災害対策指針や防災計画は、屋内退避に過度に依存したものとなっている。だが熊本地震のように、地震で家屋が崩壊または屋内にとどまることが危険な状況では、屋内待避に依存した防災計画では無力であるばかりか、むしろ危険性を高め、混乱をまねく。

4.実効性なき地域防災計画を放置(2)

□ 12.防災関係組織の要員の安全確保についても、今の防災計画では決められていない。(1)被災者の避難や輸送にあたる輸送業者、福祉関係者、自治体職員なども被ばくの危険にさらされるが、一般の労働者に被ばくを強要するような作業を課せられるのかという問題が未解決のまま。(2)警察官、消防士、自衛官は、一般の労働者とは別に議論するべきだが、被ばく作業を強要してよい理由はない。(3)この点は原発作業員(電力会社社員、協力会社社員等)も同様だが、どのような状況であれば、労働者の危険回避のための職場放棄が許されるのか、何ら規定がない。(福島事故から何を学んだのか。)

□ 13.国土が細長く平地が少なく自然災害が苛烈な日本では、あらゆる地域防災計画が机上の空論となることは必然である。すなわち、多くの被災者を置き去りにすることを暗黙の前提とした防災・避難計画しか立てることができないと考えられる。そのようなものを防災・避難計画として容認して良いのか。

5.耐震設計基準の不十分さ(1)

□ 14.耐震設計審査指針は、福島原発事故を踏まえ、従来(2006年)の指針から一定程度改善された。何よりも津波対策が、新規制基準に組み込まれたことは評価できる。また活断層が耐震重要施設の直下にある場合は設置許可を出さないとしたことも評価できる。だがそれ以外についてはわずかな改善にとどまる。
□ 15.たとえば解放基盤面での基準地震動Ssは、各原発でわずかに引き上げられた程度である。その策定手法は、電力会社の裁量の余地が大きい。基準地震動を上回る地震が近年頻発していることは、その決め方が地震動の過小評価を導きがちであり、「残余のリスク」の「残余」を広く残したために、それが日常的に顕在化していることを強く示唆する。さらに基準地震動を引き上げても、設備の補強はほとんどなされていない(配管の補強等にとどまる)。大掛かりな補強工事を不要とするために安全率の切り下げが行われている疑いが濃厚。

6.耐震設計基準の不十分さ(2)

□ 16.今までの基準地震動Ssに対する設計方針は、単一の大きな地震動によって、放射能閉じ込め機能が失われなければよいという考え方に立つ。ところが熊本地震では、益城町(ましきまち)において震度7の地震動が繰り返し襲うなど、「繰り返し地震」が起きている。基準地震動Ss未満でも大きな地震動に繰り返し晒されれば、施設の安全機能が損なわれる恐れがある。熊本地震で1回目の地震動に耐えても2回目以降の地震動で倒壊した建物は少なくない。それと同様のことが原子炉施設でも起こりうる。原子力規制委員会は「繰り返し地震」を前提として耐震設計審査基準を全面的に見直すべきである。
□ 17.また熊本地震では10日間以上にわたり、一部の送電線の不通が続いた。外部電源系の耐震設計上の重要度をCクラスからSクラスに引き上げるべきとの見解を原子力規制委員会は尊重すべきである。(福島第二原発ではわずか1系統だけ生き残った外部電源系統を頼りに、危機に陥った4基の原子炉を安定状態に導くことができた。原子力規制委員会はこの教訓から何を学んだのか。)

7.関係者の責任

□ 18.原子力発電所などの核施設の過酷事故を、再び起こさないことに関して、一番重い責任を負うのは原子力規制委員会である。その規制委員会が、川内1・2号機の安全宣言のようなものを出しているのは見苦しい。直ちに規制基準見直しに着手すべきである。しかしそれ以外の組織も大きな責任を負う。 
□ 19.九州電力は、発電用原子炉を運転中の、全国で唯一の電力会社である。安全が保証されない状態で川内1・2号機の運転を続けることの経営リスクを真摯に検討すべきである。脱原発勢力との陣取り合戦のような発想で、日本が原発ゼロ状態に戻るのを何としても阻止しようと、運転継続に固執することは賢明ではない。原発再稼働を目指している他の電力会社にも同じことが言える。
□ 20.鹿児島県は、県民の生命・健康・財産を守る責任を有する。現在の新規制基準がその使命を果す上で不十分であることを認識し、その見直しを原子力規制委員会に要請するとともに、九州電力への再稼働同意を取り消す勇気が必要である。他県も同様である。

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