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『夕刊フジ』2016年7月29日(金曜)5面コラムその161。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 穏やかな地点でも起きる岩屑なだれ

 4月に起きた熊本の地震で、木が茂った斜面が、まるでめくれたようにはげ落ちてしまったところがある。熊本県南阿蘇村河陽(かわよう)の高野台団地を襲った土砂災害。5人が犠牲になった。
 この河陽の土砂災害がじつは「岩屑(がんせつ)なだれ」だったということが火山学者の調査から分かった。
 岩屑なだれとは火山地帯で発生する大規模な地滑りで、雪や氷がなだれるなだれと違って、噴石や火山灰が流れ下るものが岩屑なだれだ。いったん走り出すと時速100キロをこえる高速で駆け下る。とても逃げられない速さだ。
 崩れた斜面は傾斜角度が10度にも満たない緩斜面だが、600メートル近くも流れ下った。この角度では地震で崩れただけでは土砂が流れない。
 南阿蘇村は阿蘇山の西麓、西に約2−5キロのところに広がっている。河陽の岩屑なだれは、かつて阿蘇山から噴出した噴石や火山灰が降り積もっていたものが地震で一挙に崩れてしまった岩屑なだれだった。
 この地区では、約2100年前の弥生時代の遺構が岩屑なだれによって土砂に覆われて埋没していたことが分かっていた。つまり岩屑なだれが繰り返し起きてきたところなのだ。
 関東地方に広く拡がっている関東ローム層をはじめ、日本では火山からの噴出物に覆われている土地は多い。火山地帯は日本の至るところにある。桜島大根も、長野県や群馬県のレタスも、火山からの噴出物ゆえに育つものなのである。
 岩屑なだれが起きる可能性がある斜面は熊本には限らない。新しい噴火が引き起こすこともあれば、熊本のように地震が引き起こすこともある。緩斜面でも起きるのが恐ろしい。
 たとえば静岡県御殿場市は富士山頂から約20キロ東、標高約500メートルのところにある。なだらかな斜面の上に作られた町だが、この斜面は、富士山が岩屑なだれを起こして崩壊して作られた。
 この斜面が作られたのは約3000年前である。だが、そのときに富士山が噴火した証拠はない。つまり富士山の噴火ではなくて、地震によってこの岩屑なだれが起きたのではないかと考えられている。いままで富士山では、不確かなものも含めて12回も岩屑なだれが起きたことが知られている。
 箱根でも大規模な岩屑なだれが起きたことがある。約3500年前、大規模な岩屑なだれや火砕流が出て箱根の外輪山の内側を埋めつくした。いまは平坦で湿原やゴルフ場が広がっている仙石原(せんごくばら)を作り、川をせき止めて芦ノ湖も作った。この岩屑なだれは外輪山の西側にある長尾峠を越えて外輪山の外側にまで流れ出した。
 御殿場や仙石原の岩屑なだれは、富士山や箱根の周辺で起きたなかで最後のものだ。
 富士山西側の大沢崩れでは、いつも崩壊が続いている。このように、富士山をはじめ各地の火山ははとても崩れやすい構造なのだ。
 これからも、どこかが崩壊して、たとえ緩斜面でも岩屑なだれが駆け下る可能性がないとは決して言えないのである。

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