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第5回 カルデラ噴火!生き延びるすべはあるか?_藤井敏嗣


広域火山灰の分布

(図は省略)
まずは(図1)をご覧ください。火山が日本中に分布している訳ではないのに、日本中、至る所に火山灰層が分布していることを示す証拠が見られます。このような火山灰は噴出源の火山から数100km以上も離れた地域までの広い領域を覆っているため、広域火山灰と呼ばれるもので、数日から1週間程度で降り積もるものと考えられます。広域火山灰は、歴史的には一瞬のうちに広い地域を覆った時間マーカーなので、遺跡の年代決定などに欠くことができないものです。また、ローカルな火山噴出物との上下関係から、その火山の噴火史を読み解くことにも使われます。

また広域火山灰は、規模が大きく、激しい噴火によって数10kmの高さまで噴き上げられた噴煙が上空の偏西風に流される途中で経路の地表に降り注ぐため、日本に分布する広域火山灰は、必ずしも日本の火山から放出されたものばかりとは限りません。一部には、中国と北朝鮮国境の火山、白頭山や韓国領のウルルン島から噴き上げられた火山灰もあります。

火山灰のうち、粒子サイズの大きいものは重いのであまり遠くまで流されないうちに降下し、細粒のものは遠くまで運ばれます。この結果、噴火地点に近いほど粒子サイズが粗い火山灰が厚く堆積し、遠くには細粒の火山灰が薄く堆積することになります。さらに、広域火山灰は巨大噴火が発生したことを示す記念碑ともいえます。広域火山灰をもたらす噴火は、非常に短い期間で地下に蓄えた大量のマグマを放出するため、マグマが抜けた後の空隙に地盤が落ち込み、巨大な鍋状の地形を作ります。この鍋状の地形が「カルデラ」と呼ばれることから、このような巨大噴火を「カルデラ噴火」といいます。また、中には規模が大きく、あまりに広範な領域が破滅的状況になるものもあり、これらは「破局噴火」とも呼ばれます。

最新のカルデラ噴火

このような広域火山灰をもたらした噴火の一例が、鬼界カルデラの噴火です。今からおよそ7,300年前、鹿児島市の南方およそ100kmの島で激しい噴火が発生し、島の大部分が失われて海底に巨大なカルデラが形成されました。放出されたマグマは100立方kmを超えます。当時の島の一部は、現在でも薩摩硫黄島などで確認することができます。この噴火によって発生した火砕流の一部は海上を走り、大隅半島や薩摩半島にまで上陸。また、海中に突入した火砕流の一部は大津波を発生させ、その痕跡は長崎県島原半島で確認できます。

(図は省略)
成層圏にまで到達した巨大な噴煙を構成する火山灰は、途中で火山灰を降下させながら偏西風に流され東北地方にまで達しました。この火山灰はアカホヤ火山灰と呼ばれ、関東地方でも10cm程度、大阪・神戸付近では20cm近くの厚さまで降り積もりました(図2)。この火山灰は今でも各地で確認できます。

活火山のない四国も厚い火山灰で覆われ、南九州から四国にかけて生活していた縄文人は死滅するか、食料を求めて火山灰のない地域に移動し、1,000年近く無人の地となったようです。というのも、この火山灰層の上下から発見される縄文遺跡の土器の様式が全く異なっているからです。このように、活火山の無い四国や近畿、中国地方東部であっても、南九州で大規模な火山活動が起これば、大変な火山災害に襲われることがあるのです。

カルデラ噴火に伴う巨大火砕流

カルデラ噴火には、数10立方kmの火山噴出物を放出するものから、1,000立方kmにも達するような噴出物を放出するものまで、その規模やレベルはさまざまです。

日本の火山の歴史を見ると、この12万年の間では、ほとんどのカルデラ噴火は東北・北海道や南九州に集中しています。しかし規模がやや小さなものや、もっと古い時代のものは関東や中部地方でも発生しています。九州のカルデラを代表する阿蘇山では、30万年前から9万年前までの間に、4回も巨大なカルデラ噴火が発生しています。特に、9万年前の噴火は阿蘇4噴火と呼ばれ、わが国のカルデラ噴火としては最大級のものです。放出したマグマは600立方km以上に達し、先に述べた鬼界カルデラ噴火の5倍以上です。江戸にまで火山灰を降らせた約300年前の富士山宝永噴火の1,000回分に当たるといえば、その例えようもないスケールが想像できるでしょう。

(図は省略)
阿蘇4噴火では、火砕流が九州のほぼ全域を襲い、一部は海を越え、山口県にまで到達したこと(100km以上火砕流が走ったことになる)が分かっています(図3)。さらに、(図1)に示したように、噴き上げられた噴煙から堆積した火山灰は日本全土を覆い尽くし、その厚さは北海道東部でも10cm以上に達します。

もし、カルデラ噴火が起こったら・・・

わが国では、100立方km以上のマグマを放出するカルデラ噴火は、1万年に1回程度発生しています。数10立方km以上の噴火ならば12万年間に18回、つまり6千年に1回程度は「起こっている」ことになります。もちろん、これは平均発生頻度で、前のカルデラ噴火から2,000年のうちに起こったものもあれば、1万数千年以上の後に起こったものもあり、このような規模の噴火で、最後に起こったものが先の鬼界カルデラ噴火なのです。

ところが、これまで平均6,000年間隔で起こっていたカルデラ噴火が、最近7,300年間は発生していません。カルデラ噴火はもはや、いつ起こっても不思議がない現象なのです。その規模にもよりますが、一度、カルデラ噴火が起こると、その周囲100〜200kmの範囲は火砕流で覆われます。火砕流の速度は時速100kmを超えるため、その地域は数時間以内に数100℃以上の高温の火砕流に襲われ、壊滅状態となるのは避けられません。もし、過去と同じようなカルデラ噴火が現代に発生すると、発生場所によっては、数10万〜数100万人の犠牲者が発生するといわれます。

では、火砕流の到達範囲外ならば安心? というと、そうではありません。
南九州で、このような噴火が発生した場合、10cm以上の厚さに火山灰が降り積もる地域は関東以北にまで及び、この領域ではあらゆる農作物は枯死してしまいます。さらに火山灰が数10cm以上の厚さまで降り積もった地域では、灰の重みで建物の屋根が落ち、航空路を含むすべての交通網はまひ状態に陥り、物流も人の移動も困難になると予測されます。貯水池や水道浄化池では火山灰のために取水不可能となり、広域で断水状態が続き、また送電線の断線、電柱などのがいしに降り積もった火山灰によるショートで大停電が起こります。このように、断水や商用電源の断絶が起これば、原子力発電所の甚大な事故につながる可能性があることは、福島第一原発の事故を見れば明らかといわざるを得ません。

これまで述べたように、もし万一、南九州で阿蘇4のような超巨大なカルデラ噴火が発生すれば、日本中が壊滅状態になることは確かです。地震で文明が断絶した例はありませんが、火山噴火が文明断絶をもたらすことは、7,300年前の鬼界カルデラの噴火でも実証済みです。にもかかわらず、わが国ではカルデラ噴火の研究は一向に進んでいないどころか、カルデラ噴火の切迫度を確認する手法の開発すら行われていないのです。

これまでの100年間、わが国の火山活動は異常に静かな時期であったことは第4回で述べた通りです。カルデラ噴火は極端な例としても、今後は、規模の大きな噴火が起こることを想定しなければなりません。静かな時期しか知らないわれわれの火山噴火に対する危機感の薄さから、火山研究に対する資源投入は、地震研究に比べて圧倒的に少ないのが現状です。火山研究の進歩なくして、火山大国日本で生き抜く知恵は見出せないのではないでしょうか。

(2013年3月29日 更新)


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