【記事40390】クローズアップ2016 高浜運転差し止め 新基準への不安指摘(毎日新聞2016年3月10日)
 
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クローズアップ2016 高浜運転差し止め 新基準への不安指摘

関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを認めた9日の大津地裁(山本善彦裁判長)の仮処分決定は、「世界一厳しい」(田中俊一・原子力規制委員長)とされる新規制基準をクリアして再稼働した原発に、初めてストップを命じた。東京電力福島第1原発事故で住民の避難エリアが拡大した結果、原発の運転差し止めをめぐる訴訟も立地県だけにとどまらず、「広域化」の様相を呈しており、他原発の再稼働にも影響を与える可能性がある。

「福島調査、道半ば」

 高浜原発をめぐる司法判断は二転三転した。福井地裁は2015年4月、運転差し止めを命じる仮処分を出したが、同年12月の同地裁異議審では取り消され、再稼働を認めた。そして大津地裁は再び、運転差し止めを命じる仮処分決定を出し、停止命令->運転容認->停止命令--という変遷をたどった。

 司法判断のポイントとなったのは、四国電力伊方原発訴訟の最高裁判決(1992年)の解釈だ。同判決は、原発の安全性の判断は事実上行政判断に委ねられ、その立証責任は国や電力会社にあるとの考え方で、近年の原発訴訟のモデルケースとされている。

 最初に運転停止を命じた福井地裁決定は、関電などの「立証責任」には触れなかったが「新基準は合理性を欠く」と指摘した。

 しかし、あとの二つの地裁決定は、この「立証責任」をめぐって判断が180度異なった。運転を認めた同地裁異議審は「関電の立証責任は十分尽くされている」とし、3号機の再稼働(今年1月)に道を開いた。逆に、今回の大津地裁は、伊方訴訟の見解を踏襲しつつも「関電側が十分な立証を尽くしておらず、不合理な点があると推認される」と明記し、「関電は福島事故を踏まえ、安全対策がどう強化され、どのように応えたかについて主張を尽くすべきだ」と、説明不足を再三にわたって批判した。

 福島事故の原因究明については「調査が進まず、道半ば」と明記。そのうえで「安全確保には原因究明が不可欠だが、こうした点に意を払わないなら非常に不安を覚える」と、新基準をまとめた規制委を批判した。新基準についても「適合しても、ただちに公共の安寧(社会平和)の基礎になると考えることにためらわざるを得ない」とした。

 原発の避難計画の不十分さにも言及した。避難計画は、規制委の安全審査の対象外で、国がチェックする機能もない。大津地裁は「国主導での具体的な避難計画が早急に策定される必要がある」と強調した。

 今回の判断は、福井県内の原発を隣の滋賀県住民が差し止め請求し、それが認定されるという原発訴訟の広域化も示した。

 福島事故前は原発から半径8〜10キロが主な避難エリアだったが、福島事故を受けて、政府は半径30キロ圏内に拡大。その範囲内の自治体は避難計画の策定を義務付けられた。高浜原発の30キロ圏内には滋賀県の一部がかかっており、滋賀県民らが「事故で放射性物質が拡散すれば、近畿1400万人の水源である琵琶湖が汚染される恐れがある」と運転停止を求めていた。こうした広域訴訟が増えれば、今後再稼働する他の原発にもブレーキがかかる可能性がある。【酒造唯】
電力、訴訟拡大を警戒

 「非常に重い決定だ。今後各地で同様の訴訟が広がりかねない」。原発再稼働を目指すある大手電力幹部は、原発の「訴訟リスク」の高まりを警戒する。

 原発を抱える大手電力9社の2015年4〜12月期連結決算は、全社が経常黒字を確保したが、原油安による燃料費減少という「一時的な要因」(東京電力幹部)。安定的な収益改善には1基あたり月100億円前後の改善要因とされる原発再稼働が欠かせないと、電力側は主張する。規制委の安全審査をクリアするため、各社は総額2兆円超もの投資をしてきたが、今後再稼働にこぎ着けても、突然の運転停止が続けば、経営へのダメージは計り知れない。

 政府側にも困惑が広がる。運転差し止めが長期化すれば、30年の電源構成に占める原発比率を20〜22%とする目標の実現が危うくなりかねないからだ。

 再稼働の遅れによって電気料金の高止まりが続けば景気への悪影響も避けられない。経産省幹部は「司法判断には対応しようがない。原子力の必要性を粘り強く訴え続けるしかない」と嘆く。

 決定は、新規制基準について、福島第1原発の事故原因が分かっていないことなどから安全への配慮が不十分と注文を付けたが、規制委の田中俊一委員長は定例記者会見で「まだ中身を承知していないので、申し上げることはない」と述べる一方、「現在の基準が世界最高レベルに近付いているという認識を変える必要はない」と強調した。

 新規制基準に基づく安全審査に申請した原発は、これまでに16原発26基。すでに高浜3、4号機のほか、九州電力川内(せんだい)原発1、2号機、四国電力伊方原発3号機の計5基が合格し、再稼働が進む。今回の決定は、今後の安全審査にどのような影響を及ぼすのか。

 菅義偉官房長官は9日の記者会見で「(従来の再稼働を進める方針に)変わりはない」と影響を否定したが、新藤宗幸・千葉大名誉教授(行政学)は「規制委は今回の決定を真摯(しんし)に受け止め、基準のあり方などを見直すべきだ。政府も再稼働を前提とした施策から、住民の安全を最優先したエネルギー政策への転換が求められている」と指摘する。【寺田剛、小倉祥徳、千葉紀和】

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