【記事52650】クローズアップ2017 原発避難者訴訟判決 国・東電の無策非難 「安全より経済優先」(毎日新聞2017年3月18日)
 
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クローズアップ2017 原発避難者訴訟判決 国・東電の無策非難 「安全より経済優先」

 東京電力福島第1原発事故の避難者らによる集団訴訟で、国と東電の責任を認めた17日の前橋地裁判決は、東電が東日本大震災の約9年前には津波に原発が襲われることを知り得たと認定するとともに、原子力政策を推し進めながら東電に対策を命じなかった国の怠慢を批判した。一方で、原告側が求めていた賠償額とは大きな隔たりがあり、被害者救済という面ではなお課題を残したと言える。
 「国の賠償責任を認めたことは大変大きい。東電と同じ責任があると判断した点も極めて重要だ」。判決後、鈴木克昌弁護団長は前橋市内の集会で語った。
 東電は巨大津波を予見し、事故を防ぐ対策を取れたのではないか。原子力行政を推進した国に責任はなかったのか−−。原告のこの訴えに対して判決は、原発事故の影響の大きさ、危険性を踏まえ「常に安全側に立った対策をとるという方針を堅持しなければならないのに、経済的合理性を安全性に優先させたと評されてもやむを得ない」と東電の対応を厳しく非難した。
 政府の地震調査研究推進本部は2002年7月、福島県沖を含む日本海溝で「マグニチュード(M)8級の津波地震が起きる可能性がある」と指摘した。東電はこの「長期評価」をもとに08年、福島第1原発に到来が想定される津波を最大15・7メートルと試算。だが、この試算に合わせた対策が取られることはなく、東電は電力会社の研究者や大学教授らでつくる「土木学会」が策定した津波の計算式「津波評価技術」を根拠に、想定津波を6・1メートルと「過小評価」した対策を実施。東日本大震災当日を迎えた。
 これに対し判決は、非常用電源の高所配置など比較的容易な対策もあったのに怠ったことなどを問題視した。判決は原子力災害の際、事業者が過失の有無にかかわらず賠償するよう定めた原子力損害賠償法を適用し、民法の不法行為に基づく賠償請求は退けたが、東電について「適切な津波対策が達成されることはおよそ期待困難だった」と事実上の過失を指摘。規制権限を有するにもかかわらず津波対策を命じなかった国の対応も指弾した。
 判決は、国の責任も詳述。旧原子力安全委員会が06年9月に新耐震基準を策定し、国は東電など事業者に各原発が適合しているか精査するよう指示したが、東電は07年8月、津波対策が含まれていない中間報告書を国に提出。これ以降、国が津波対策を命令しなかったのは違法に当たると指摘した上で「国は原子力の平和的利用を主導的に推進する立場にあり、規制権限を適切に行使し、原子力災害の発生を未然に防止することが強く期待されていた」と述べた。
 前橋地裁が審理した証拠や争点は他の同様の集団訴訟や、3月29日に公判前整理手続きが開かれる東電元幹部の刑事裁判とも多くが共通する。刑事裁判で被害者の代理人を務める海渡雄一弁護士は前橋地裁判決について「新耐震基準の適合性チェックをずるずると引き延ばした国の怠慢をはっきりさせた。私たちの主張と共通する。他の裁判にも影響を与える流れを作る画期的な判決だ」と話す。

原発事故の被害を巡る主な集団訴訟

 同種訴訟が多数あることから、今後さらに東京高裁の控訴審で議論が続く公算が大きい。菅義偉官房長官は17日の記者会見で「判決内容を十分に精査し、対処方針を検討する」と述べ、東京電力ホールディングスの広瀬直己社長も「判決をしっかり見て精査して対応したい」と上級審の判断を仰ぐ姿勢をにじませた。【伊藤直孝】

賠償、請求の40分の1 被害者救済なお課題

 国と東電の責任を認める一方、賠償総額が請求に対して40分の1ほどの計3855万円にとどまるのは、国の審査会が東電の支払い基準を定めた「中間指針」について一定の合理性を判決が認めているからだ。半数以上の原告について「慰謝料は東電からの支払い済みの金額を超えない」として請求を退けている。
 中間指針は多くの被災者に共通する損害を早急に賠償するために国の原子力損害賠償紛争審査会が2011年8月にまとめた。東電は指針を踏まえ、避難指示区域で1人月10万円▽自主避難者には原則的に総額8万円−−などと基準を設け、各地の訴訟の原告らは「自主避難でも避難に合理性があるのに、賠償が少なすぎる」などと訴えてきた。
 判決に対して、専門家からは「中間指針を追認している」との批判もあるが、一方で慰謝料算定基準については独自の枠組みも示しており、▽内心の静穏な感情▽ふるさと喪失−−など精神的損害5項目を慰謝料の考慮要素として挙げ、各原告があてはまるかを個別に判断した。
 それでも、実際に認められた賠償上積み額は、避難指示区域などに居住していた19人には75万〜350万円だったが、自主避難の43人には7万〜73万円にとどまり、自主避難の合理性については厳しい判断も目立った。福島県いわき市から自主避難した原告女性は、事故直後の11年3月に避難した10日間について約20万円の慰謝料が認められた。だが、女性が事故2カ月後から県外避難した点について判決は「いわき市内は高い放射線量もなく、特別に懸念する事情は見当たらない」と避難の合理性を否定し賠償の対象外とした。
 原発事故全国弁護団連絡会の米倉勉弁護士は「判決は慰謝料を独自に算定するとしながら、実際には中間指針と同程度の賠償にとどまっている。司法の救済策として不十分だ」と話した。【土江洋範】

福島第1原発の津波対策を巡る動き

2002年
 2月 土木学会が原発への想定津波を計算する「津波評価技術」策定(東電はこの後、想定津波を5.7メートルに)
 7月 政府の地震調査研究推進本部が「長期評価」公表。福島沖でもM8級の津波地震が起こりうると指摘
    ー> 数カ月後には東電は大津波を予見できた

2006年
 5月 東電が国との津波対策の勉強会で、10メートル超の津波が到来すると炉心損傷を招く危険性があると報告

2007年
 8月 東電が新しい耐震指針への適合状況に関する中間報告を国に提出
    ー> 国が津波の安全対策を東電に命令しなかったのは違法

2008年
 5月 東電が長期評価に基づき最大津波15.7メートルと試算

2009年
 2月 津波評価技術に基づく再評価で、東電が想定津波を6.1メートルに変更

2011年
 3月 東日本大震災。原発敷地に10メートル超の津波が襲来し、全電源が喪失して原発事故が発生
      ※ー>は前橋地裁の判断

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