【記事32215】レファレンス2013年11月号 主要記事の要旨 原子力発電所の地震リスク― 耐震設計基準と活断層評価を中心として ― 小池拓自(国立国会図書館2013年11月15日)
 
参照元
レファレンス2013年11月号 主要記事の要旨 原子力発電所の地震リスク― 耐震設計基準と活断層評価を中心として ― 小池拓自

※以下はPAGE 78〜83の抜粋
1 原発建設初期の耐震設計審査指針
(1) 耐震設計審査指針策定以前
 日本で最初の商業用原発である日本原子力発電の東海発電所(東海原発、設置許可:昭和34(1959)年、営業運転開始:昭和41(1966)年、平成10(1998)年運転終了)は、地震のないイギリスから導入した原子炉であることから、地震対策が最大の問題となった。しかし、当時は原発のための「体系的耐震設計法として確立したものはなく」(25)、事業者である日本原子力発電は、地震工学の有識者による地震対策委員会を設置して対策を検討した。
 耐震設計については、施設の重要度に応じて、炉心等の主要構造物について当時の建設基準法の定める震度の3倍、使用済燃料貯蔵庫は同1.5倍に耐えられるものとする等とした静的設計(水平震度を基準とした設計)が基本となった。また、地震震度の期待値(主に鎌倉時代以降の地震記録等から推計)と地下構造(ボーリング調査から解析)により地震動(加速度)の推定も実施されており、動的設計(支持基盤や構造物の振動特性等を踏まえて、想定する地震動の構造物への影響を考慮する設計)の考え方も取り入れられていた。(26)
 通商産業省(当時)は、東海原発の設計・建設の時期にあたる昭和33(1958)年、原発の安全に関する基準を整備するため、諮問機関として原子力発電安全基準委員会を設置した(同委員会地震対策小委員会が耐震設計を検討。)。昭和36(1961)年には、同委員会が「原子力発電所安全基準第一次報告書」をまとめ、耐震設計については、「構築物、機械系ともに重要度分類によって、設計地震力を異なったレベルに設定する。基準地震力は建設地点の地震歴を調査して行う。設計方針は静的設計を基本とするが、その重要度および振動特性によっては動的解析により検討もしくは設計を行う」(27)とされた(第19章)。(28)
 その後、日本原子力発電の敦賀原発(設置許可:昭和41(1966)年、営業運転開始:昭和45(1970)年)、関西電力の美浜発電所(美浜原発、設置許可:昭和41(1966)年、営業運転開始:昭和45(1970)年)、東京電力の福島第一原発(設置許可:昭和41(1966)年、営業運転開始:昭和46(1971)年)等が次々と設計・建設された。これらの原発の耐震設計にも重要度分類に応じて、建築基準法を上回る耐震性を与える方法が適用された(29)。
 当時の耐震設計の主な課題は、想定する地震の大きさと、実際的な耐震解析法であった(30)。設計用の地震動の想定については、「個別のプラントごとに社内委員会の形で議論」(31)され、実際には、「地震歴と過去の震害を調べ、地震活動度の低い地点を選ぶ」(32)との考え方を踏まえて、主に鎌倉時代以降の歴史資料による地震履歴を重視していた(33)。プレート・テクトニクスや活断層についての知見を得た現代の目から見れば、歴史資料に依拠した検討は不十分の感が否めない。重要度の高い設備については、静的設計に加えて、動的設計が求められていたが、その解析方法については課題が残されていた(34)

(2) 耐震設計審査指針の策定
 昭和52(1977)年、原子力委員会は、耐震設計の基本を含んだ「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」を、翌年の昭和53(1978)年には、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を策定している(最初の耐震設計審査指針)。同年に原子力委員会から分離独立した原子力安全委員会(35)は、昭和56(1981)年に、同耐震設計審査指針を改訂して、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(旧指針)を策定した。(36)
 耐震設計審査指針は、これまでの安全審査の経験を踏まえ、地震学・地質学等の知見を工学的に判断したものである。その基本方針には、@想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有すること、A建物・構築物は原則として剛構造(建物の柱や梁を強固にし、耐震壁や筋かいを配して地震力に対する変形を小さくする堅固な構造)とすること、B重要な建物・構築物は岩盤に支持させなければならないことが明記されている。
 より具体的には、建築基準法に依拠した静的地震力に加え、建設地点別に設計用最強地震と設計用限界地震を設定し、原発施設の重要度(As、A、B、Cの4段階。AsはAクラスの内で特に重要度が高いもの)に応じて、設定された地震動に対応する設計を求めるものである。設計用最強地震とは、歴史的調査により判明した建設地点の過去の大地震と過去1万年前以降に活動した周辺の活断層から想定される最大地震である(基準地震動S1)。設計用限界地震とは、過去5万年前以降に活動した周辺の活断層や地震地体構造から想定される最大地震やM(マグニチュード)6.5・震源距離10kmの直下地震である(基準地震動S2、基準地震動S1を上回る。)。例えば、原子炉圧力容器、原子炉格納容器等の最重要設備(Asクラス)は、静的設計について建築基準法対比で3倍の地震力と設計用最強地震による地震動S1に耐える設計(Aクラスの基準)を満たした上で、さらに設計用限界地震による基準地震動S2に対して、安全機能を維持する設計をしなければならない。(表2)(37)

(3) 旧指針の特色と留意点
 原発の重要な構造物は、第三紀層あるいはそれ以前の岩盤(258万年前に始まる第四紀よりも古い岩盤)に建設されるため、地震動を2〜3倍に増幅する表層地盤の影響を排除することができる。岩盤への建設や、建設地周辺に想定される個々の震源に基づいて実施される耐震設計は、一般の建築物のみならず超高層ビルや橋梁の建設であっても見られない特色である(38)。さらに、地震対策として、大型振動台による実験やコンピュータによる解析評価によって構造物の安全性を実証されていることや、地震時の自動停止機能を備えること等を根拠として、通商産業省(当時)は、原発の耐震安全性を説明していた(39)。
 前述した『日本の活断層』の刊行が、昭和55(1980)年であることを考えれば、昭和56(1981)年の旧基準が、活断層を想定地震に用いたことは評価すべきであろう。ただし、活断層に関する知見が急速に進む前であり、1万年前あるいは5万年前以降の活動を活断層判定の基準とした点や、プレート・テクトニクスが日本において定着する前でもあったことから、プレート間地震や沈み込むプレート内の地震についての検討が不足している点等の見直しは、次の改訂を待つ必要があった。
 また、旧指針策定前に認可建設された原発については、事業者(電力会社)が、同指針に基づく耐震安全性を自主保安の一環として確認したに過ぎない。その確認内容は、阪神淡路大震災を契機に原発の地震リスクが一般の関心事となって後に公表された。(40)

2 耐震設計審査指針の大幅改訂
 旧指針は、平成13(2001)年に一部の用語に係る規定を改訂したものの、20年以上の間、大きな改訂は行われなかった。原子力安全委員会は、旧指針策定後の地震学や地震工学に関する新たな知見の蓄積や、耐震安全性に係る設計や技術の著しい進歩、特に平成7(1995)年に発生した阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)以降に進んだ調査研究の成果を取り入れるため、平成13(2001)年から耐震設計審査指針の見直しのための審議を開始した(41)。

(1)改訂のポイント
 平成18(2006)年、@基準地震動の評価策定方法の高度化(地質調査の高度化を含む。)、A耐震安全に係る重要度分類の見直し、B「残余のリスク」(後述)の定義と対応を主な変更点として、耐震設計審査指針は大幅に改訂(改訂指針(42))された。(43)

【基本方針】
 表現は若干変更されたものの、想定される地震に対して、大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を持たせるとの方針は継続されている。ただし、免震構造の進歩を踏まえ、建物・構築物を剛構造とする原則は削除された。また、重要な建物・構築物は岩盤に支持させなければならないとした規定は、対象をすべての建物・構造物に広げた上で、十分な支持性能を持つ地盤に設置するものとされた。さらに旧指針にはない「残余のリスク」(想定を上回る地震動が生起する可能性)が定義され、これを十分認識しつつ、合理的に実行可能な限り小さくするための努力が払われるべきことが明記された(ただし、このリスクを評価しその影響を定量化する確率的安全評価手法を安全審査に導入することは見送られた。)。

【耐震設計上の重要度分類】
 旧指針の4分類(As、A、B、C)のうち、Asクラスを含むAクラス全体がAsクラスと同等の扱いとするSクラスに改められ、改訂指針の分類は3つとなった(S、B、C)。これは、残余のリスクを考慮する観点から、旧指針でAクラスとされていた事故発生時の影響緩和機能(非常用炉心冷却系等)についても、圧力容器や制御棒と同等の厳しい耐震性を求めるものである。

【基準地震動の評価策定】
 耐震設計のための基準となる地震動については、旧指針の設定した設計用最強地震に対する基準地震動S1と設計用限界地震に対する基準地震動S2が統合・高度化された基準地震動Ssが策定されることになった。基準地震動Ssは、極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なものとされる。なお、基準地震動Ssの策定方法は、@敷地ごとに震源を特定して策定する地震動と、A震源を特定せず策定する地震動に分けられる。また、旧指針では、水平方向の一律1/2としていた鉛直方向の地震動評価も個別に策定することとなった。
 震源を特定する地震動としては、旧指針が想定していた「内陸地殻内地震」(Tでは陸域の浅い地震、内陸型地震として説明。)に、「プレート間地震」(海溝型地震)、「海洋プレート内地震」(Tでは沈み込むプレート内の地震として説明。)が加わり、3つのタイプの地震が検討対象となった。また、内陸地殻内地震の震源として考慮する活断層の範囲は、旧指針の1万年前(基準地震動S1)あるいは5万年前(基準地震動S2)から、後期更新世(12〜13万年前)以降の活動が否定できないものに拡大された(その認定については、最終間氷期(7〜8万年前から約13万年前)の地層又は地形面に断層による変位・変形が認められるか否かによる。)。なお、活断層の位置・形状・活動性等を明らかにするため、敷地からの距離に応じて、地形学・地質学・地球物理学的手法等を総合した十分な活断層調査を行うことが明記された。
 さらに、地震動評価を高度化するため、旧指針時代からの応答スペクトルに基づいた評価(震源を点と仮定して、震源と施設敷地の距離および地震のマグニチュードから地震動を評価)に加え、旧指針では参考扱いとされた断層モデル(震源を面としてとらえ、施設敷地での地震動を解析的に評価。施設に近い断層による地震動評価に有効とされる。)に基づいた評価を行うこととなった。
 震源を特定しない地震動としては、旧指針が設定していたM6.5・震源距離10kmの直下地震に替えて、建設地の地盤特性を踏まえた地震動を想定することとなった。地震動の想定にあたっては、過去に国の内外で発生した震源と活断層の関連付けが困難な内陸地殻内地震の観測記録が参照されることとなり、より大きな直下型地震に備えるものである。

【耐震設計方針】
 Sクラスの重要施設は、新たな基準地震動Ssに対して安全機能を保持し、また、弾性設計用地震動Sd(Ssの1/2以上に設定される。)(44)と所定の静的地震力(旧指針と同等)の大きい地震力に対して耐える設計が求められている。BクラスとCクラスの施設については、所定の静的地震力(旧指針と同等)に耐え、特にBクラスのうち共振のおそれのある施設についてはその影響を考慮した設計が求められている。

【地震随伴事象】
 旧指針には言及のない地震に伴って起こる事象(地震随伴事象)について、新たな記載がなされ、背後斜面の崩壊や津波への考慮が明記された。

(2) 改訂指針の留意点
 前記のように、原発の耐震安全性を一層向上させるため、改訂指針は最新の知見を数多く採用している。ただし、想定を上回る地震動の生起する可能性については、その確率を求めるのみであって、「残余のリスク」そのものへの対応は十分に行われず、津波に対しては地震随伴事象としての考慮のみで、具体的なリスクの言及はなかった(45)。なお、既存の原発については、改訂指針に照らして、事業者が自主的に安全確認を実施、その報告を求められた(いわゆるバックチェック)(46)。報告について規制当局による評価が行われるものの、設置許可等への法的影響はない。(表3)

3 福島第一原発事故を踏まえた新規制基準
(1) 原子力規制委員会の設置
 福島第一原発事故の教訓を踏まえ、平成24(2012)年6月に成立した「原子力規制委員会設置法」(平成24年法律第47号)は、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする原子力規制委員会を設置し、経済産業省、文部科学省、内閣府等が所掌していた原子力の安全確保に関する事務を同委員会に一元化した(原子力安全・保安院と原子力安全委員会は廃止された。)。同法は、その附則において、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(昭和32年法律第166号。以下「原子炉等規制法」という。)等の一部改正も規定している。(47)
 この結果、原発の設置許可は原子力規制委員会の権限となり、その基準は原子力規制委員会規則として定めることとなった(48)。また、事後規制の許可済施設への適用(バックフィット制度)が導入され、原発事業者は、原子力規制委員会規則として定める技術的基準に施設を適合させる義務を負うこととなった(49)。

(2) 新規制基準の施行
 原子力規制委員会は、重大事故対策(シビアアクシデント対策)(50)の義務づけや、津波対策の大幅強化を含む地震・津波対策の厳格化等を柱とした原発の新規制基準(当初は安全基準と呼ばれた。)をまとめた(51)。新規制基準は、原子力規制委員会の規則と告示として公布され、同時に基準に関連した審査ガイド等の内規が公開された(平成25年7月施行)(52)。耐震設計関係については、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」等の規則に加え、多数の内規(「敷地内及び敷地周辺の地質・地質構造調査に係る審査ガイド」、「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」、「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」、「基礎地盤及び周辺斜面の安定性評価に係る審査ガイド」等)に規定されている。
(後略)


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