【記事29530】防災基礎講座_マグニチュードについて_山本剛靖_気象庁地震予知情報課_課長補佐(予防時報2012年10月19日)
 
参照元
防災基礎講座_マグニチュードについて_山本剛靖_気象庁地震予知情報課_課長補佐

1.はじめに

 平成23年3月11日14時46分に発生した「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」は、近代地震観測開始以降、日本周辺で発生した最大規模の地震であった。このとき気象庁は、地震発生直後の14時49分に津波警報・注意報を発表するとともに、この地震の規模をマグニチュード(M)7.9と発表した。その後16時00分の報道発表(第1報)においてM 8.4、17時30分の報道発表(第3報)においてM 8.8、さらに、3月13日12時55分の報道発表(第15報)においてM 9.0と、マグニチュードの値を3度にわたって更新した。
 この3度にわたるマグニチュードの数値の更新と最終的なM 9.0という数値の大きさは、マグニチュードそのものへの関心を強く生じさせたように思われる。ここでは、マグニチュードについて概説するとともに、気象庁が発表するマグニチュードについて解説する。

2.マグニチュードとは

 震度が、その場所ごとの揺れの強さを表す指標であるのに対し、マグニチュードは、揺れの大元である地震そのものの規模を表す指標である。ひとつの地震に対して地震の規模はひとつしかないはずだが、地震の規模を直接測定する手段はなく、なんらかの方法で推定するしかないため、極端に言えば、その推定方法の数だけマグニチュードがあることになる。

(1)リヒターのマグニチュード
 最初のマグニチュードは、1935年にリヒター(C. F. Richter)が定めた。リヒターは、強い揺れを引き起こした地震ほど規模の大きな地震という自然な発想に基づき、地震計で記録された地震波形の最大振幅をマイクロメートル単位で測定した値を、震源から離れると振幅が小さくなることを考慮して震央距離100 kmでの値に換算し、その常用対数を取った値をマグニチュードと定義した。たとえば、換算した最大振幅が10 mmであれば、マグニチュードは4となる。
 リヒターのマグニチュードの提案後、用いられる地震計の特性や地震波形のどの部分の波の最大振幅を用いるかによって様々なマグニチュードが生まれた。代表的なものとしては、表面波マグニチュード(Ms)や実体波マグニチュード(mb)などがあり、米国地質調査所(USGS)など海外の機関が発表するマグニチュードに使われてきた。
 それらは、リヒターのマグニチュードと整合するように算出式が定められたが、用いられる地震波の周期帯の違いから、すべてのマグニチュード算出方法間で整合がとれるわけではない。なぜなら、地震の規模が大きくなるほど周期の長い地震波が強く放出されるようになるため、たとえば、短い周期帯の地震波が用いられる実体波マグニチュード(mb)は、6を超える辺りから規模を正しく見積もることができなくなり、より長い周期帯を用いる他のマグニチュードに比べて小さくなってしまう。

(2)モーメントマグニチュード(Mw)
 地震モーメントは、断層の面積、断層の平均ずれ量、そして断層周辺の岩盤の変形しやすさの指標である剛性率の積で表現できる。この地震モーメントを用いて、従来のマグニチュードの数値とおおむね合致するように換算式を


とした。こうして得られるマグニチュードをモーメントマグニチュード(Mw)と呼ぶ。
 モーメントマグニチュード(Mw)を算出する方法もまたいくつかある。観測された地震波形との比較から、断層の傾きや断層のずれの向きと大きさを表すモーメント・テンソルを求めることができる。これをモーメント・テンソル解析といい、この解析から地震モーメントが算出される(特に断層のずれの大きい場所(セントロイド)も求める場合はセントロイド・モーメント・テンソル解析(CMT解析)という)。地震データからモーメントマグニチュード(Mw)を求める手法としては、これが一般的である。
 地震モーメントを求める方法はこれ以外に、地震データに基づく震源過程解析や地殻変動データに基づく断層パラメータ解析、あるいは津波観測値から津波波源を経て海底地殻変動を推定し断層パラメータ解析する方法など、断層面積とずれ量を解析した結果から求める様々な方法がある。
 なお、近代地震観測が始まって以降これまでで最大規模の地震は、1960年に発生したチリ地震で、そのモーメントマグニチュード(Mw)は9.5である。

3.気象庁が発表するマグニチュード

(1)気象庁マグニチュード(Mj)と
  モーメントマグニチュード(Mw)
 気象庁は、震度1以上を観測する地震が発生したとき、震源の位置とマグニチュードを早急に決定して、地震情報として発表している。この地震情報を通じて発表するマグニチュードは、基本的に気象庁マグニチュード(Mj)である。気象庁マグニチュード(Mj)もまた、地震波の最大振幅を用い震央距離を考慮して算出する手法のひとつである。
 気象庁マグニチュード(Mj)は、現在、水平動の変位振幅あるいは上下動の速度振幅から観測点毎に算出される値の平均として求められている。現在用いられている算出式は2003年9月に改定したものであり、同時に、過去にさかのぼって(現在は、1923年1月まで)気象庁の地震カタログにまとめられている地震のマグニチュードも再計算された。このマグニチュードの改定は、気象庁マグニチュード検討委員会での検討に基づいて行われた2)。この検討委員会では、物理的な意味が明確であるというモーメントマグニチュード(Mw)の利点を認めつつ、算出に時間を要するため地震発生直後に行う規模の推定に使えないこと、小規模の地震では算出できないことなどから、気象庁マグニチュード(Mj)を引き続き使用していく一方、モーメントマグニチュード(Mw)も算出し公表していくという方向性が示された。
 気象庁によるモーメントマグニチュード(Mw)の算出は、CMT解析によって行われている。1994年の津波地震検知網の整備に合わせて全国20か所に広帯域地震計を整備し、海外の観測データも使用してCMT解析を試験的に開始し、2002年1月から正式にMj 5.0以上の地震についてCMT解析を行っている。

(2)マグニチュードの発表と更新
 前述のとおり、気象庁は、震源の位置と気象庁マグニチュード(Mj)を早急に決定し地震情報として発表している(@)。その後、より多くの地震観測データを用いて精査し、震源の位置と気象庁マグニチュード(Mj)を更新している(A)。通常、この更新は翌日行われるが、被害を伴うような地震について報道発表するような場合には、地震発生後1時間程度を目途に行うことにしている。
 一方、CMT解析については、地震発生の15分後に自動解析による速報的な結果を得るが、こちらもその後精査したうえでモーメントマグニチュード(Mw)を算出する(B)。これらの精査結果は、気象庁ホームページ、『週間地震概況』や『地震・火山月報(防災編)』などの気象庁が発行する定期刊行資料などに掲載されるほか、『地震・火山月報(カタログ編)』にデータ集の形でまとめられ、一般の利用に供される。
 最終的に地震カタログにとりまとめられるマグニチュードとして、気象庁マグニチュード(Mj)とモーメントマグニチュード(Mw)のいずれを用いるかについては、現在、次のように整理している。
・原則として気象庁マグニチュード(Mj)を用いる。
・巨大地震や津波地震の場合のように、気象庁マグニチュード(Mj)に比べてモーメントマグニチュード(Mw)が有意に大きく算出され、気象庁マグニチュード(Mj)では地震の規模を適切に表現できていないと考えられる場合には、モーメントマグニチュード(Mw)を用いる。
 これは、気象庁マグニチュード(Mj)が約90年間の長きにわたるデータの一貫性をもち、微小地震から大地震まで幅広い規模の地震に対して算出できるという長所を持つとともに、モーメントマグニチュード(Mw)ともおおむね整合することからの整理である。

(3)東北地方太平洋沖地震時の発表
 東北地方太平洋沖地震の際に気象庁から発表したマグニチュードの経過を、以上の流れに則して述べれば、次のようになる。
@:Mj 7.9、A:Mj 8.4、B-1:Mw 8.8、B-2:Mw 9.0。
 B-1とB-2はいずれも精査したモーメントマグニチュード(Mw)だが、解析に用いた地震波の周期帯は前者が83〜333秒、後者が200〜1,000秒と後者の方が長い周期を含んでおり、データ長も前者が30分間、後者が50分間と後者の方を長く取った。
 このように通常よりも長い周期帯の波形を用いて精査したのは、東北地方太平洋沖地震の震源域がかなり広く、通常の解析で用いる周期帯では断層運動の全体を十分に把握しきれていなかったからである。実際、後者の方でより大きな値が得られた。気象庁による近地地震波形及び遠地地震波形を用いた震源過程解析から得られたモーメントマグニチュード(Mw)も9.0という値になっており、この地震の規模を表すのに妥当な値であると考えられる。平成24年7月現在、マグニチュードの値として気象庁マグニチュード(Mj)ではなくモーメントマグニチュード(Mw)を使用している地震は、東北地方太平洋沖地震だけである。(後略)

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