【記事37110】Listening:<記者の目>九電・川内原発再稼働へ=津島史人鹿児島支局(毎日新聞2014年12月3日)
 
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Listening:<記者の目>九電・川内原発再稼働へ=津島史人鹿児島支局

◇民意不在の知事「同意」

 鹿児島県の伊藤祐一郎知事が、同県薩摩川内さつませんだい市に立地する九州電力川内原発の再稼働に同意した。福島第1原発事故後に作られた新規制基準に基づき原子力規制委員会が審査している原発で、地元同意に至った第1号となった。新規制基準適合の判断からわずか2カ月弱。スピード決着を可能にしたのは再稼働に前向きな知事の周到な根回しがあったからだ。地元同意手続きに法的根拠はなく、政府は鹿児島での進め方を今後のモデルケースにしたい考えだが、「結論ありき」で民意も介在しない今回のやり方をモデルとするのは間違っている。2日公示された衆院選で、ぜひ再稼働問題も議論すべきだ。

◇否定的意見を「差し引く」愚挙

 「原発に理解の薄いところで結論を出すと錯綜さくそうするだけだ」。再稼働への同意を表明した11月7日の記者会見で知事はこう言い放った。市の一部が川内原発から30キロの範囲に入る姶良あいら市の市議会が7月、知事が「県と薩摩川内市だけで足りる」とした地元同意の対象範囲を広げるよう求める意見書と、再稼働反対や廃炉を求める意見書を可決したことに対する感想だ。

 この発言には姶良市議会の湯之原一郎議長も「残念でならない」と憤った。福島の事故では、姶良市と同様、一部が30キロ圏内に入った福島県飯舘いいたて村民が故郷を失った。湯之原議長は「風向きによっては我々も全てを失う。『市民を守る』という考え方で議員の思いが一致した」と語る。

 川内原発が新規制基準に適合すると判断されたのは9月10日。その後、原発周辺5市町で県と自治体主催の住民説明会が開かれ、薩摩川内市議会、同市長、鹿児島県議会、最後に知事の順に同意を表明した。この間、経済産業相を鹿児島に引っ張り出し「国が責任を持つ」という言質を引き出すなど同意表明しやすい環境整備を進めたのは知事自身だ。一方で、周辺自治体や住民から声が上がっていた同意範囲の拡大要求は黙殺し続けた。

 知事は、住民説明会の参加者に行ったアンケートを基に「住民の理解を得られた」と主張するが、詭き弁べんとしか言いようがない。説明会は原子力規制庁の担当者が、新規制基準に適合した理由を解説するだけで、再稼働への賛否は問わなかった。アンケートも「地震対策」や「津波対策」など、再稼働に向けた九電の安全対策12項目のうち、説明で理解できなかった項目に丸を付けさせるだけの内容だ。

 知事は回答者1937人のうち、理解できなかった項目に一つも丸を付けなかった人が4割いたことなどを理由に「おおむね理解が得られた」と結論づけた。逆に言えば、6割の人に「理解できなかった」項目があった事実を知事はどう受け止めるのか。しかも、同意表明の会見で知事は、12項目すべてに丸を付けた人が2割近くいたことを挙げ「こういう人は最初から理解するつもりがなく、もともと原発反対という意思の固まりだ。それらを差し引けばもう少しいい数字になると思う」と語った。こうした発言を聞くと、知事は再稼働に否定的な意見には、はなから耳を貸す気がなかったのでは、と疑わざるを得ない。

◇強引な手法の既成化許すな

 自治省現総務省出身の元官僚で、出向先の石川県で北陸電力能登原発現志賀原発の立地を担当した経験もある伊藤知事は「資源のない日本では今のところ原発は必要だ」と言い続け、それは一貫している。とはいえ、原発再稼働という国民的な議論がある問題では、自らの主張をいったん棚に上げて多様な意見に耳を傾け、異なる意見の住民も納得できるプロセスでなければならないはずだ。知事は同意表明の会見で「拙速という批判はあるが、拙速をいとわず迅速に進めるのが私の行政の哲学だ」と胸を張ったが、開き直りでしかない。同意手続きに民意が介在していなかったのは明らかだ。

 現在、川内以外にも全国12原発が原子力規制委員会の審査対象になっている。菅義偉よしひで官房長官は11月6日の会見で「川内原発の対応が基本になる」と述べ、鹿児島での同意手続きが今後のモデルケースになるという認識を示した。再稼働2番手と目される関西電力高浜原発がある福井県の西川一誠知事は同意範囲について、伊藤知事同様に「県と立地市町という認識だ」10月24日の会見と語った。

 これに対し原子力政策に詳しい九州大大学院の吉岡斉教授科学技術史は「万が一、原発事故が起これば広範囲に影響がある。再稼働にはある程度広域的な同意が必要というルールづくりを国は急ぐべきだ」と指摘する。繰り返すが、“伊藤流”がモデルケースとして既成事実化されることは許されない。


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