【記事92410】福島原発刑事裁判無罪判決と特重施設の問題はつながっている 第二の福島第一原発事故を阻止できない理由はここにある 誰が見てもおかしい福島原発刑事裁判無罪判決 山崎久隆(たんぽぽ舎副代表)(市民の意見_177号2019年12月1日)
 
参照元
福島原発刑事裁判無罪判決と特重施設の問題はつながっている 第二の福島第一原発事故を阻止できない理由はここにある 誰が見てもおかしい福島原発刑事裁判無罪判決 山崎久隆(たんぽぽ舎副代表)


 世界でも例のない「3基の原発の同時炉心溶融」を引き起こした福島第一原発事故。その責任を誰が取るのか。福島原発刑事裁判は強制捜査もされず、身柄も拘束されず、検察が起訴せず、市民が構成員の第五検察審査会で二度にわたり「起訴相当」と議決しての「強制起訴」でやっと公判が開かれた。
 そして9月19日判決で、永渕健一裁判長は「被告人を全員無罪」とする驚くべき判決を下した。問題点はどこにあるのだろうか。

1 避難中の住民死亡認定の誤り

 この裁判は、元東電取締役3名に対して業務上過失致死傷罪に問う裁判だった。検察官役の弁護士は求刑で禁固5年を求めた。
 論告求刑によれば、勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の3人は、東電の原子力事業を推進してきたが、その中で、2011年3月11日の東日本太平洋沖地震において何の備えもなく原発を地震と津波により壊滅的破壊に至らしめ、その後に双葉町の双葉病院などから「原子力災害対策特別措置法」による広域避難を余儀なくされ、避難中または避難後に少なくても44名の住民を死に至らしめる「業務上過失致死傷罪」に問われる罪を犯した。
 初公判は2017年6月30日、3月12日までの37回の公判を経て結審していた。
 判決では、双葉病院の患者の死亡は認めたものの、それが放射性物質の拡散により自衛隊も避難活動を繰り返し中断し、治療はおろか水や食料さえもないままに放置されていたこと、原発事故により避難も妨げられていたことが触れられていない。避難中とその後の死亡には原発事故による放射性物質の影響があったことが認定されなければ、原子力災害との関係は見えてこない。意図的に外したと思われる。

2 津波対策の先送り認定の誤り

 津波対策工事は、東電経営陣により先送りされていた。
 被告は津波対策工事を計画していたにもかかわらず、それを実施しなかった東電の責任者である。
 2002年7月31日、文科省に置かれた地震調査研究推進本部は、三陸沖から房総沖にかけての長期評価を公表した。それによれば日本海溝沿いで、今後30年以内にマグニチュード8.2前後の津波地震の発生確率は20%と評価、それに関し原子力安全・保安院が長期評価に基づき津波の評価計算を求めた。しかし東電は、それを先送りした。
 さらに保安院は2006年9月に耐震バックチェック(新耐震設計審査指針に基づき原発の安全性を再評価すること)を求めた。
 ところが2007年7月16日、中越沖地震が発生し柏崎刈羽原発が大被害を受けて全原発が止まった。そのうえ東電は復旧作業に巨額の費用を費やし、2年間にわたり赤字に陥った。
 2008年1月に東電が東電設計に委託して行った耐震バックチェック用の計算を実施した。この結果15.7メートルの津波に襲われることを計算で導き出し、保安院に報告書を提出した。
 勝俣会長以下の経営陣は、その結果と対策についても担当者から報告されていたのだが、裁判では「説明を受けた記憶はない」などと被告人質問で証言していた。
 2008年6月には、東電担当者から武藤副社長に津波対策が説明され、15.7メートルの津波が到達するまでの時間や到達の様子を報告していた。それに対して沖合防波堤建設の許認可手続についてや、機器類への対策、津波被害を低減させる方法の検討を指示するなど、対策を進め始めていたことが証言されていたのだが、これは裁判所が認定をしなかった。
 原発事故は、何としても防がなければならないはずだ。ところが永渕裁判長はそのような認識はなかった。つまり原発事故の恐ろしさについて理解がないとしか思えないのである。
 判決文でも「絶対的安全性の確保までを前提として(規制されて)はいなかった」などと書いている。しかし本件事故のような「全電源喪失」「炉心溶融」「原子炉圧力容器破損」「格納容器破損」でヨウ素換算にして90万テラベクレル(希ガスを除く。チェルノブイリ原発事故の17%程度)もの放射性物質の拡散、などという事故が起きる可能性については、国も事業者も「各種安全対策を施しているため起こりえない」「チェルノブイリ原発事故のような事故は日本では起きない」としていたことはみんな知っている。震災前は「仮想事故」として、およそ起きるとは考えられないような事故の想定でも86テラベクレルつまり福島の1万分の1を想定していたに過ぎない。

3 伊方最高裁判決違反

 1992年の伊方原発差止訴訟の最高裁判決では、「災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で十分な審査を行わせる」と書いている。
 伊方原発は原子炉設置許可処分取消訴訟(行政訴訟)であり、訴訟の性格は異なるものの、認定事実に違いはないから、原発の事故に関する裁判所の認定として、今回は大きな誤りを犯している。
 原発の過酷事故は「起こりえる」との判断をした。
 確かに原子力規制委員会は「事故は起こりえるもの」として、新規制基準において福島第一原発事故の100分の1以下に放出放射線量を抑制することを目標に新規制基準を決めたが、あたかもこの考え方が事故以前からあったかのように書いている。しかしそんなわけがない。
 新規制基準はそもそも、「万が一にも起こらないように」すべき過酷事故を発生させた規制行政と、事業者の不十分な事故対策についての反省からスタートしている。言い換えるならば伊方判決に求められていた事故を防止するための規制と対策が、福島第一原発には実施も採用もされていなかったことが露呈した。
 「住民が大規模な避難を余儀なくされる事故は起こりえない」。震災前の安全神話は3・11で脆くも崩壊した。ところが永渕裁判長は、崩壊した安全神話に対して「絶対的安全性」は規定されていなかったなどという。言い換えれば、福島第一原発事故のような事故にまで備えよとはされていないと言い出した。もともと「あり得ない」としてきたことを無視したうえで、起きたことに責任を負わなくて良いならば、およそ裁判の意義などなくなってしまうだろう。
 これは原発推進を後押しするための判決である。(その2に続く)

4.新規制基準審査の問題点

 「新規制基準とは、重大事故を防止するための基準ではなく、重大事故が起きたらどう対処するか、という基準」(国会事故調査委員会・田中三彦委員)
 これまでの原発の推進体制では、福島第一原発事故のようなことは起こらない、起こさない前提だった。これが安全神話を形成するベースになった。
 新規制基準(原子炉等規制法改正2013年12月)の制定が目指したのは、大地震や津波などに遭遇しても福島第一原発の100分の1程度の放出に留めることであり、過酷事故を防止することではない。規制委も繰り返し「事故を防ぐことが目的ではない」と述べている。
 また、過酷事故発生時には必要になる住民避難、原子力防災体制の確立については、現行法でも依然として自治体任せであり、規制委は原子力防災体制には責任を負っていない。
 これでは「福島第一原発事故の教訓に学んだ」とは言えず、市民を守るためにあるはずの規制は、原子力を推進するために必要な範囲で実施されているといわざるを得ない。

5.「特定重大事故等対処施設」の設置義務の変遷

 原発などの核事故対策は、福島第一原発事故以後に初めて「原子炉建屋への故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムに対してその重大事故等に対処するために必要な機能が損なわれるおそれがないものであること」との規定が設けられ、これを達成するため「特定重大事故等対処施設」(特重施設)の設置を義務づけた

 特重施設に要求されたのは、
 イ.原子炉冷却材圧力バウンダリの減圧操作機能
   (例えば、緊急時制御室からの原子炉減圧操作設備)
 ロ.炉内の溶融炉心の冷却機能
   (例えば、原子炉内への低圧注水設備)
 ハ.原子炉格納容器下部に落下した溶融炉心の冷却機能
   (例えば、原子炉格納容器下部への注水設備)
 ニ.格納容器内の冷却・減圧・放射性物質低減機能
   (例えば、格納容器スプレイへの注水設備)
 ホ.原子炉格納容器の過圧破損防止機能
   (例えば、排気筒を経由しない格納容器圧力逃がし装置)
 ヘ.水素爆発による原子炉格納容器の破損防止機能
   (例えば、水素濃度制御設備)
 ホ.サポート機能(例えば、電源設備、計装設備、通信連絡設備)
 ヘ.上記設備の関連機能(例えば、減圧弁、配管等)となっている
   (実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び
    設備の基準に関する規則の解釈より)。

 しかしこれを有して運転をしている原発は一つもない。義務づけていたのにどうして存在しないのか。
 それは、設計・施工が困難なので時間が必要として、もともと新規制基準策定5年後、つまり2018年7月には完成していなければならないのに、各原子力施設が再稼働を申請し、それが認可され、さらに工事計画申請が認可された日から5年以内に出来ていれば良いと、規制委が事業者に便宜を図り規則を変更してしまったからだ。
 ところが今度は、その緩和された規制基準さえ守れない事態となった。

6.川内原発などの現状

◎ 最初に規制委が、川内原発1号機について特重施設の設置許可を出したのは2018年5月7日の審査会合だ。
 川内原発は2015年8月に新規制基準後初めて再稼働したが、特重施設の設置はプラント本体の工事計画認可(2015年3月18日)から5年間の猶予期間が設定されていたので、運転を継続するには2020年3月までに特重施設の建設を完了させる必要がある。

◎ 特重施設では原子炉建屋に大規模な損傷が発生し、常設の冷却設備が使えない事態でも燃料プールや原子炉を冷却できるように整備することとされている。
 原子炉格納容器への注水機能や電源設備、通信連絡設備の他、これらの設備を制御する緊急時の制御室を備えており、既存の中央制御室を代替する能力が要求される。

◎ これら施設の設置に5年の猶予を与えられたのに、さらに九州電力は、この期限も守ることが困難との見通しを明らかにしたのである。
 規制委は4月24日の定例会合で、期限の延長を認めないとし、不適合状態になった原発は原則として運転停止を求める方針を全会一致で決めた。

◎ 最初に期限が切れる川内1・2号機は、既に順次定期検査を設定し、長期間運転を停止する計画を九電は策定している。
 川内原発の他には関電高浜1〜4号機、四電伊方3号機で工事計画認可の審査が進められているが、同様に設置許可は間に合わない。
 その期限は以下の通り。

         期限 
高浜 3号 2020年8月3日 
高浜 4号 2020年10月8日 
大飯 3号 2022年8月24日 
大飯 4号 2022年8月24日 
伊方 3号 2021年3月22日 
川内 1号 2020年3月17日 
川内 2号 2020年5月21日 
玄海 3号 2022年8月25日 
玄海 4号 2022年9月14日

◎ 全てPWR(加圧水型軽水炉)であり、BWR(沸騰水型軽水炉)の柏崎刈羽6・7号機は、特重施設の設置許可申請書の提出さえまだだ。
 つまり審査が始まってさえいないのだから、期限までに完成する可能性はない。東海第二も19年9月24日に申請書は提出したが、認可手続きは進んでいない。

 九電と関電、四電はそろって4月17日に規制委に対して、特重施設の完成が規制上の期限から1〜3年程度遅れるとの見通しを報告していた。
 期限切れで運転を認めないことは当然だが、現状でも、もはや期限を守れないのであれば規制委は運転を止めさせ、完成までは再稼働を認めないとすべきではないか。
 期限が来ようと来まいと、現状は規制基準に適合していないのは事実である。
 期間の猶予が認められるとしても、あくまでも最短であるべきであり、だらだらと期限切れまで動かしても良いとは、本来の姿の規制にはほど遠い。

7.「特重施設」は再稼働に向けて構想された後付けの設備

◎ 福島第一原発事故では、それまでの過酷事故対策では炉心損傷を防ぐことが出来ず、後付けの設備に信頼性を持たせるのは極めて難しいということが明らかになった。
 4号機の使用済燃料プールを辛うじて守ったのも、偶然の漏水と後から投入したコンクリート圧送車の注水による直接冷却だった。

◎ 再稼働を申請するにあたり、緊急時対策所を作ったり格納容器ベント装置を付け加えたりと、重大事故対処用設備の充実を図ったが、残念ながら決め手にはならない。
 これらがあっても炉心損傷を経て大量の放射性物質拡散事故を起こす可能性はある。
 その想定の下で、放射性物質の拡散を最小限に抑える役割が特重施設に求められている。施設の位置づけは単なるバックアップではなく、最悪の状態を少しでも低減するための一連の設備であり、これが機能して初めて過酷事故環境下においても「新規制基準に定める放射性物質の拡散量の基準」を満たすとされている。

◎ 特重施設について屋上屋を架した無駄なもの、あるいは念のために設けたもので現在の安全対策で十分放射性物質の拡散防止が出来るという趣旨の「反論」を試みる事業者や専門家がいるようだが、これはとんでもない考え違いだ。
 特重施設がないまま稼働を続ける原発が如何に危険なことか、それこそが指摘されなければならない。
 もはや規制基準を満たせなくなった原発は今すぐ全て停止しなければならない。

(「市民の意見」NO.177 2019/12/1発行「市民の意見30の会・東京」 より了承を得て転載)

KEY_WORD:FUKU1_:TOUKAI_GEN2_:KASHIWA_:IKATA_:SENDAI_:CHUETSUOKI_:TAKAHAMA_:OOI_:GENKAI_: