日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデルの検討について(概要報告)
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令和2年4月21日
内閣府(防災担当)

日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデルの検討について(概要報告)

1.はじめに

 日本海溝及び千島海溝沿いの領域では、プレート境界での地震、地殻内や沈み込むプレート内での地震等、マグニチュード(M)7からM8を超える巨大地震や、地震の揺れに比べ大きな津波を発生させる“津波地震”と呼ばれる地震まで、多種多様な地震が発生しており、幾度となく大きな被害を及ぼしてきた。
 このため、過去に発生が確認されている地震を対象として策定された「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画」(平成18年3月)等に基づき防災対策を推進してきたところ、平成23年(2011年)3月11日、従来の想定を遙かに超えるM9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、宮城県栗原市で震度7、宮城県・福島県・茨城県・栃木県で震度6強を観測した他、東北地方から関東地方北部の太平洋側沿岸に巨大な津波が襲来し、死者・行方不明者(震災関連死も含め)2万2千人以上、全壊家屋12万棟以上などの甚大な被害が発生した。
 この教訓を踏まえ、中央防災会議「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」の報告(平成23年9月)は、今後の地震・津波対策の想定は、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を検討していくべきである」とし、「最大クラスの津波に対しては、避難を軸に総合的な津波対策をする必要がある」と提言している。
 日本海溝及び千島海溝沿いの海溝型地震についても、このような考え方に沿い、最大クラスの地震・津波を想定した検討を行うため、平成27年(2015年)2月に「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会(以下、「本モデル検討会」と呼ぶ)」(座長:(第1回〜第7回)阿部勝征 東京大学名誉教授、(第8回〜)佐竹健治 東京大学地震研究所教授)を内閣府に設置し、日本海溝・千島海溝沿いの海溝型地震に係る各種調査結果や科学的な知見等を幅広く収集し、防災の観点から分析・整理するなどして検討を進めてきた。
 今般、本モデル検討会における最大クラスの地震・津波断層モデルの検討結果を踏まえ、中央防災会議防災対策実行会議の下に「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ(WG)」が設置され、当該地域における被害想定及び対策を検討する運びとなった。
 本概要報告は、今後のWGでの検討のほか、道、県での検討に資するため、最大クラスの津波断層モデル検討の基本的な考え方や震度分布、津波高、浸水域の推計結果等の本モデル検討会での検討の主要な事項について、事務局(内閣府)で取り纏めたものである。

2.最大クラスの津波断層モデルと強震断層モデル

(1)検討対象領域と検討における基本的な考え方

 東北地方太平洋沖地震は、日本海溝で発生した最大クラスの地震で、震源断層域は岩手県沖から茨城県沖までの広範な領域に及んでいるが、その主たる「大すべり域」は宮城県沖の領域にある。今後、この大すべり域の北側領域(岩手県沖以北の日本海溝及び千島海溝沿いの領域)、あるいは南側領域(福島県以南の日本海溝及び伊豆・マリアナ海溝沿いの領域)で、大すべりが発生し、巨大な津波を伴う最大クラスの地震となる可能性が考えられる。
 しかしながら、これら両領域は、北側は岩手県沖からカムチャツカ半島までの約2,400km、南側は福島沖から伊豆・小笠原海溝の南端まで2,000km以上にも及んでいる。このような広範な領域をほぼ同時に破壊するような地震は知られていないのと同様に、その領域のどの区域で最大クラスの地震が発生するのか、それがM9を上回った場合に断層のすべり量がどの程度の大きさになるのかについての蓋然性の高い推測は、現在の科学的知見では困難である。
 一方で、地震調査研究推進本部は、宮城県等の海岸域での過去3千年間の津波堆積物の調査資料から、東北地方太平洋沖地震と同程度の巨大な津波は、550〜600年間隔で5回発生していることを示している。他の地域でも、これと同程度の発生頻度で最大クラスの津波が発生しているとすると、過去3千年以上の津波堆積物の調査資料から、その間に発生した最大クラスの津波を推定できることを示唆する。この考え方を基にして、本モデル検討会では、過去6千年間の津波堆積物から想定される最大の津波断層モデルを、防災対策の観点から想定する最大クラスの津波断層モデルとして取り扱うこととした。
 津波堆積物の調査資料については、岩手県から北海道の沿岸では、最大クラスの検討に必要な過去6千年間にわたる資料が調査されているが、福島県以南の沿岸においては資料が不足している。そのため、今回の検討では、岩手県から北海道の海溝沿いの領域における最大クラスの津波断層モデルを対象とすることとし、福島県以南の領域については、津波堆積物調査の進展を待つこととし、今後の課題とした。

(2)最大クラスの津波断層モデル構築の基本的な考え方

 今回の最大クラスの津波断層モデルの検討は、上述したとおり、過去約6千年間における津波堆積物資料を基に推定することを基本としている。岩手県から北海道の太平洋沿岸地域における津波堆積物の資料から、最大の津波によると考えられる津波堆積物は、岩手県から北海道の日高支庁以西の海岸領域では、12〜13世紀あるいは、1611年慶長三陸地震または17世紀に発生した津波によるものが相当している。北海道の十勝支庁から根室支庁にかけての海岸領域では、12〜13世紀あるいは、17世紀に発生した津波によるものが最大の津波によるものと考えられる。
 これらの資料から最大クラスの地震の発生確率を求めることは困難であるが、12〜13世紀の津波と1611年あるいは17世紀の津波との間隔が約3〜4百年であり、17世紀の津波からの経過時間を考えると、いずれの領域においても、最大クラスの津波の発生が切迫している状況にあると考えられる。

(3)二つの領域における最大クラスの津波断層モデルの構築

 今回の検討対象領域で地震が発生した場合、海域で発生した津波は、震源域に面した海岸に大きな津波として伝播する特性を持つことから、東北地方の沖合で発生した地震による津波は、東北地方の海岸では大きいのに比して、北海道の襟裳岬より東の海岸への影響は小さく、逆に、北海道東部の太平洋沿岸で発生した地震による津波は、北海道東部の太平洋の海岸では大きいのに比して、東北地方の海岸、北海道の日高支庁以西の海岸への影響は小さい。
 即ち、それぞれの海岸での最大の津波によると考えられる堆積物は、その海岸に面した海域で発生した津波によるものと考え、大きな津波を発生させる地震の領域は、岩手県沖から北海道日高地方の沖合の日本海溝沿いの領域と、襟裳岬から東の千島海溝沿いの領域とに区分けして検討することとした。ここでは、前者の領域を対象に検討したモデルを「日本海溝(三陸・日高沖)モデル」、後者を「千島海溝(十勝・根室沖)モデル」と呼ぶこととする。
 推定された最大クラスの津波断層モデルの地震の規模は、日本海溝(三陸・日高沖)モデルがMw9.1、千島海溝(十勝・根室沖)モデルがMw9.3である。

(4)地震の連動性に対する津波の推計結果の取扱い

 日本海溝沿いと千島海溝沿いの地震が連動して発生したかについては、その発生メカニズムを含め関心の高いところである。しかしながら、津波堆積物の年代資料からは、この課題に関する詳細な分析は、今のところ困難である。
 今回の「日本海溝(三陸・日高沖)モデル」と「千島海溝(十勝・根室沖)モデル」のそれぞれから推計される津波は、二つの領域での地震が連動したか否かに関わらず、それぞれの領域における最大の津波によると考えられる津波堆積物を説明するモデルとなっている。
 被害想定や防災対応の検討で、二つの領域の地震の連動発生を想定する場合には、二つのモデルによる津波を加算して推計するのではなく、二つのモデルから推計される津波の最大のものを選択する方式により得られた津波高、浸水域等を用いることが妥当と考える。

(5)最大クラスの津波発生時の強震断層モデル

 最大クラスの津波断層モデルとは別に、この海溝型の断層が擦れ動いた際に発生する強震動を推定するためのモデルを、「最大クラスの津波発生時の強震断層モデル」として検討した。
 強震断層モデルの検討においては、南海トラフの強震断層モデルの検討と同じく、海溝型地震の強震動生成域(SMGA)は、過去発生した地震のSMGAと概ね同じ領域にあるとの考えを基本的な考え方とした。この基本的な考え方を基に、日本海溝から千島海溝沿いで発生した過去の地震のSMGA(SMGAが求められていない地震はアスペリティ)を参考にしてSMGAを設置した。SMGAの面積と、SMGAのモーメントマグニチュード(Mw)との関係については、南海トラフ等の検討で用いた内閣府の関係式を用いた。
 強震断層モデルは、「日本海溝(三陸・日高沖)モデル」と「千島海溝(十勝・根室沖)モデル」のそれぞれの最大クラスの津波断層モデルに対応するものを想定した。なお、この強震断層モデルは、海溝地震発生時の強震動を推計するためのモデルであり、それぞれの地点における最大の揺れとなる地震については、沈み込むプレート内で発生する地震、地殻内で発生する地震が別途あることに留意する必要がある。

3.津波高・浸水域について

(1)津波高、浸水域等の推計条件等

 検討した最大クラスの津波断層モデルをもとに、津波シミュレーション計算を実施し、海岸沿いにおける津波の高さや、浸水域の推計を実施した。
 今回の推計結果は、避難等を軸にした対策の検討に活用されるものであることから、潮位は満潮位、堤防は津波が越流すると破堤する条件で推計している。また、断層変位により陸域の地盤が隆起した場合には、南海トラフの巨大地震検討会と同様に、隆起量は考慮しない方式としている。
 それぞれの津波断層モデルによる海岸での津波の高さの推計結果、シミュレーション計算の条件については、参考図表集に示す。

(2)津波高・浸水域の推計結果

 今回推計された海岸沿いにおける津波の高さや浸水域については、別添資料に示す。東日本の太平洋沿岸の極めて広い範囲で大きな津波が想定される。東北地方太平洋沖地震の津波高と比較すると、青森県以北では今回推計した津波高の方が高いが、岩手県内では、海岸地形にもよるが、宮古市付近より北で今回推計した津波高の方が高くなるところがある。
各地域における主な津波高等を北海道から東北地方にかけて例示すると次のとおりである。
・北海道では、根室市からえりも町付近にかけて10〜20mを超える津波高となっており、高いところではえりも町で30m弱。えりも町より西側の地域においても苫小牧市や函館市などで10m程度の津波。
・青森県では、八戸市で高いところでは25mを超える津波高となるなど、太平洋沿岸で10〜20m程度の高い津波。
・岩手県では、宮古市で高いところでは30m近い津波高となるなど、10〜20m程度の高い津波。
・宮城県以南については、宮城県や福島県などで場所によっては10mを超える津波高であるが、一部の地域を除き東日本大震災よりも低い。

4.震度分布について

(1)最大クラスの津波発生時の強震断層モデルによる震度分布の推計条件
 今回想定した強震断層モデルの強震動生成域(SMGA)をもとに、統計的グリーン関数法で強震動を推計した。強震動の推計は、250mメッシュで行った。但し、広域図で震度分布を概観するには、250mメッシュでは細かすぎて全体像が把握できないことから、広域図においては、1kmメッシュでその中の最大の震度で示すこととした。

(2)震度分布の推計結果

 推計された震度分布等については参考図表集に示す。岩手県から北海道の太平洋側の広い範囲で強い揺れが推定されている。各地域における大きな震度の主なものを北海道から東北地方にかけて例示すると次のとおりである
・北海道厚岸町付近で震度7
・北海道えりも町から東側の沿岸部では震度6強
・青森県太平洋沿岸や岩手県南部の一部で震度6強

5.留意点について

(1)今回推計した震度分布・津波高・浸水域は、広範囲に及ぶ領域での全体を捉えた防災対策の参考とするために推計したものであり、必ずしも各局所的な地先において最大となる震度分布・津波高等を示しているものではない。例えば、津波計算については便宜上最小10mメッシュの計算格子を地形と堤防データによって構成したシミュレーションモデルを用いて計算しており(建物は粗度係数と呼ばれる摩擦係数に置き換えて計算)、このような一定条件下における計算モデルによる推計結果であることに留意する必要がある。また、使用した地形や堤防データは、道県からの提供データを用いているが、作成された時期により現状とは異なる場合があることにも留意する必要がある(注:宮城県については、最新のデータは整備中のため、震災前のデータを用い計算している)。

(2)地震・津波は自然現象であり不確実性を伴うものであることから、今回推計した震度分布・津波高等はある程度幅を持ったものであり、必ずしも今回の推計結果とおりになるとは限らず、場合によってはこれを超えることもあり得ることに注意することが必要である。

(3)本モデル検討会での検討は、一般的な防災対策を検討するための最大クラスの地震・津波を想定したものである。より安全性に配慮する必要のある個別施設の検討については、それぞれ個別施設の設計基準等に基づき地震・津波の推計を行う必要がある。

(4)「最大クラスの津波発生時の強震断層モデルによる震度分布」は、最大クラスの津波断層モデルがずれ動いた際に、地震動による堤防への影響を評価するためのもので、それぞれの地域における最大の震度を想定したものではない。それぞれの地域での最大の震度については、プレート内で発生する地震、地殻内で発生する地震等、別途検討が必要である。

(5)本モデル検討会で想定した最大クラスの津波は、「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会」報告に示されている二つのレベルの津波のうち、「発生頻度は極めて低いものの、甚大な被害をもたらす最大クラスの津波」に相当するものである。一般的に、最大クラスの津波の発生頻度は極めて低いものである。巨大な津波が切迫した状況にあるとは言え、次に発生する津波が必ずしも最大クラスの津波であるとは限らない。

(6)上記の報告では、最大クラスの津波に対しては、「住民等の生命を守ること最優先とし、住民の避難を軸に、総合的な津波対策により対応する必要がある」としている。最大クラスの津波の検討結果の活用にあたっては、このことに留意する必要がある。

(7)本概要報告で取り纏めた震度分布・津波高等は、被害想定を検討する過程において、改めて検証した結果、修正されることがある。

6.今後の予定について

 今後、中央防災会議防災対策実行会議の下に設置された「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対策検討ワーキンググループ(WG)」において、各地域の特性を踏まえ、最大クラスの地震による被害を想定し、具体的な防災対策が検討される運びとなる。
 本モデル検討会においても、WGでの検討過程での審議を踏まえ、必要な点検等を行うとともに、最大クラスのモデル検討における考え方や基礎資料等の詳細な分析・整理をおこない報告書として取り纏める予定である。

(添付資料)

(1)参考図表集
   検討の基本的な考え方、津波堆積物調査による過去地震の発生履歴、
   最大クラスの津波断層モデルと地殻変動、想定される海岸での津波高、
   強震断層モデルの強震動生成域の分布と震度分布、津波計算の条件

(2)別添資料
   日本海溝・千島海溝沿いの最大クラスの津波による浸水想定(道県別資料)


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