[2019_06_26_01]福島「原発安全神話」から「被曝安全神話」へ 小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)(DAYS_JAPAN2019年6月26日) |
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見出しの紹介 1.広島原爆の何百発分ものセシウム137が拡散 2.風に乗って東西南北へ散る放射性物質 3.福島から新潟、東京までセシウムが降り積もった 4.1平方メートルあたり4万ベクレル以上の汚染を制限 していたはずの日本の法律はどこへ 5.日常を絶つ様々な被害、そして苦悩 6.「原子力安全神話」から「被曝安全神話」へ 7.良心的学者までもが「被曝安全神話」 被曝というのは絶対に危険です あらゆる意味で危険です 8.なぜ被曝をすると人は死ぬのか 9.被曝量と危険度の相関性とは 被曝の影響は被曝量に比例して存在することになっている 10.低線量の被曝にもリスクはある 11.放射能は見えなくても危険は「ある」 12.未だ続く無責任な「原子力緊急事態宣言」 日本は今後100年以上、「原子力緊急事態宣言」下にあり続ける 13.ほんのわずかの量が多大な影響をもたらす放射能 福島を中心とした広大な地域を放射線管理区域になっている 14.放射能の被害をもっとも受けるのは子ども 0歳の赤ん坊は平均的な危険度の4倍、5倍の危険を受けてしまう 15.事故後に増えた子どもの甲状腺がん 調査をすればするだけ被曝の危険が明らかになってくるだろう 16.罪に問われない加害者集団の権力組織 17.日本が本当の法治国家なのならば 18.日本が今やろうとしていること 19.今やるべきは被害者の分断ではない 〇 (前略) 福島第一原発1号機が爆発をした時に、ブローアウトパネル(2号機の)が外れて落ちてくれました。1号機が爆発したのは水素という爆発性の軽い気体が原子炉建屋の最上階に留まって爆発したためです。2号機も原子炉建屋の最上階に水素が溜まっていたのですが、それがこの穴から外へ出てくれて、爆発を免れたということになりました。 でも、この2号機こそが内部で最大の破壊を受けている、環境に放射性物質を撒き散らした主犯は2号機だと、国と東電は言っています。 隣の3号機も、やはり水素爆発を起こして、建屋がボロボロになってしまって、骨組みすら維持できなくて、地上に崩れ落ちてしまいました。(中略) もう一つ隣にある4号機の使用済み燃料プールは、このボロボロになった建屋の最上階の一つ下の階にありました。(中略) そのプールの水が抜けてしまうと、あるいは水が干上がってしまうようなことになると、東京すら人が住めなくなると、当時の内閣府原子力委員会の委員長だった近藤駿介さんという東大教授が報告書を出しました。(中略) あわや東京が、もう壊滅かな、と思われた時に、建屋横に私たちがキリンと呼んでいる、高所コンクリートポンプ車を連れてきまして、高いところにコンクリートを流す特殊なポンプですけれども、コンクリートではなくて水を流すということで、ようやくこのプールに水を入れることができて、東京の壊滅が防がれたということになりました。 1.広島原爆の何百発分ものセシウム137が拡散 (前略)私は、このセシウム137という放射性物質が、人間に対して最大の被曝を与えるだろうと考えています。(中略) 福島第一原子力発電所の事故で大気中に撒き散らされたセシウム137はどれだけあったかというと、1号機だけで広島原爆6発分から7発分だと言っています。 そして2号機こそが最大の環境汚染を起こしたと言っていますし、3号機もやはりばら撒いた。(中略) これは、広島原爆がばら撒いたセシウムの、何と168発分に相当します。 私は、たぶんこれは過小評価だと思っています。 日本の政府は福島(第一原発)の事故を引き起こした最大の責任者だし、(中略)彼らは自分たちの罪をなるべく軽く見せようとするはずです。(中略) 今この瞬間も海に向かって、為すすべなく放射能を垂れ流している、そういう事故が今続いています。 2.風に乗って東西南北へ散る放射性物質 (前略)福島第一原子力発電所から噴き出した放射性物質のほとんどのものは、実は偏西風に乗って太平洋に流れました。(中略) でも地上では、北風、南風、東風の日だってあるわけです。(中略) 例えば、事故が起きた当日もそうでしたし、数日後もそうだったのですけれども、北風が吹いている時がありました。 その時は放射能の雲は南へ流れて行って、福島県の浜通りや、いわき市などを、汚染していきました。 放射能から見れば、県境なんてものは全く意味がないわけですから、簡単に茨城県との県境を越えて北部を汚染しました。一時期、風で太平洋に抜けていた放射性物質が、また茨城県の南部で陸地に戻ってきて、北部を汚染しました。一時期、風で太平洋に抜けていた放射性物質が、また茨城県の南部で陸地に戻ってきて、霞ケ浦一帯を汚染する、千葉県の北部を汚染する、東京の下町を汚染する、というようなことになりました。 一時は南東の風が吹いていた時がありました。そのため放射能の雲は北西へ流れていきました。(中略)どうにも人が住めないということで、この区域にいた人たちが強制避難をさせられたのです。 3.福島から新潟、東京までセシウムが降り積もった (前略)福島県の中通りと私たちが呼んでいるところです。東側には阿武隈山地、阿武隈高地という山並みがありますし、西側には青森県からはじまった奥羽山脈という長い山並みがあります。(中略)そこを放射能の雲が舐めるように汚染していくことになってしまいました。 (中略) 群馬県の西には長野県があるんですけれども、群馬県と長野県の県境にも高い山並みがあって、放射能の雲は山を乗り越えるのではなくて、山腹を巻くように流れていきまして、群馬県の西部を汚染しました。 4.1平方メートルあたり4万ベクレル以上の汚染を制限 していたはずの日本の法律はどこへ (前略)放射性物質というのは危険なものだから、普通の人たちが近づけるようなところで使ってはいけない。特殊なところでその仕事はやれと、放射線管理区域と呼ぶ場所でやれと決まっていたのです。(中略) 普通の皆さんは、まず立ち入ることが許されません。 私のような特殊な人間だけが、その場所に立ち入ることが許されるのですけれども、立ち入った途端に水を飲むことが禁じられます。 食べ物を食べてもいけません。寝てもいけません。管理区域の中にはトイレがありませんから、排泄すらできない、要するに、人間が生きる、生活するなんてことは到底できない、してはいけないというのが放射線の管理区域なのです。(中略) 管理区域の外側には、1平方メートルあたり4万ベクレルを超えて汚染しているようなものは、どんなものでも存在させてはいけないというのが日本の法律だったのです。(中略) 東北地方と関東地方の広大なところが、本当であれば放射線管理区域にしなければいけないほどの汚染を受けてしまったというのが、福島第一原子力発電所の事故です。 5.日常を絶つ様々な被害、そして苦悩 (前略)自分の何気ない平穏な日常というものは、ずっとこれからも続いていくのだ、それが平和というものなのだ、と思いながらたぶん生きているわけですけれども、この地域の人たちは違ったのです。 (中略) 逃げたところは体育館のような避難所で、床に寝転がるというようなことをやりました。 しばらくして仮設住宅というのに移りました。(中略)またそれでしばらくすると、今度は災害復興住宅へ行け、みなし仮設住宅へ行けというように、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする。 (中略) あまりの辛さに次々と命が絶たれていく、自分でも命を絶っていく。 (中略) 今でもそれが続いているという状態になっています。 その上、地震と津波で破壊され、さらに強制避難区域になってしまったところに取り残された人たちもたくさんいたのです。 助けに行けば助けられたけれども、人がもう入れない、助けることができないまま、たくさんの人が死んでいったということが、あの時に起こりました。(中略)人間だけではありません。(中略)家畜だって、ペットだって、捨てられて死んでいったのです。 6.「原子力安全神話」から「被曝安全神話」へ (前略) 原子力発電所というのは、科学の粋を集めて造ったものであって、絶対に大きな事故なんて起こりません、と皆さんは聞かされてきたはずだと思います。でも事実は違ったのです。福島第一原子力発電所の事故がそれを教えてくれました。 途方もない事故が起きたわけですけれども、そうなって今どうなっているかというと、今度は「原子力安全神話」じゃなくて「被曝安全神話」というのが出てきています。(後略) 7.良心的学者までもが「被曝安全神話」 被曝というのは絶対に危険です あらゆる意味で危険です (前略)そして彼ら(原子力ムラではなく原子力マフィアと呼ぶ)はどうしたかというと、「いやもう大したことないんだよ、被曝なんていうのは怖がることはない、100ミリシーベルト以下なら何のこともない」、というようなことを言って、人々を汚染地に住み続けさせようとする。 一度は逃げた人に対しても「戻れ」と言い出すことで、「被曝安全神話」を、今しきりに振りまき始めました。(中略) そこで私は皆さんに原点に戻って考えて欲しいと思います。 被曝というのは絶対に危険です。あらゆる意味で危険です。 8.なぜ被曝をすると人は死ぬのか (前略)皆さん、風邪をひきますよね。体温計で今日はいつもの体温より1度C高くなっちゃった、2度C高くなっちゃった。でも人間という生き物はそんなことで死なないんです。それが、こと放射線からエネルギーを加えられる時には、1000分の1度Cとか1000分の2度C加えられたら、死んでしまいます。 なぜそんなことになるかというと、この世にあるすべてのもの、私の体もそうですけれども、すべては化学結合というもので成り立っています。水素、酸素、炭素などが、私のDNAの遺伝情報もそうですけれども、お互いに手を繋ぎあって維持しているわけです。(中略) セシウム137という放射性物質は、ガンマ線という放射線を出しますが、そのエネルギーは66万1000エレクトロンボルトです。生物が生きるための化学結合のエネルギーから比べると、数十万倍のエネルギーの塊に被曝させられます。つまり、生きていられなくなる。(中略) では、死なない程度の放射線なら安全なのかというと実はそうではないのです。必ずあちこち傷を受けているわけです。 9.被曝量と危険度の相関性とは 被曝の影響は被曝量に比例して存在することになっている (前略)被爆者の人たちを10万人も、長い年月をかけて調べていきました。初めの頃は、高い被曝をした人は確かに危険があることが分かった。もう少し研究を続けていくと、やっぱり危険はずっとあるぞということが分かってきた。つまり、どんなに低い被曝になっても、被曝量に比例して危険があることが分かってきたわけです。(中略) いろんな説があっても、現時点での学問の定説というのは、被曝の影響は被曝量に比例して存在することになっています。 10.低線量の被曝にもリスクはある 例えば米国のアカデミーの中に、ベイル委員会という放射線の生物影響を考える特別委員会があって、その委員会が出した報告書に例えばこんなことが書いてある。「利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない」 100ミリシーベルト以下なら安全だ、なんていうものはない。もっと低くたって必ず危険はあるんだ、というように結論として書いているわけです。 (註)しきい値:ある値以上で効果が変わる一定の境界線 (中略) 原爆があり、被爆者の研究が出てきて、放射線はもっと危険だという事が分かり、その後もどんどん許容量が下がってきました。 一般の人たちにこんな危険なものは許してはいけないということで、90年には、一般の人は1年間に1ミリシーベルト、職業人は20ミリシーベルトと許容量が定められました。 この20ミリシーベルトの基準は、別に安全だから決めたのではありません。被曝というのはどんなに微量でも危険があります。 だから1ミリシーベルトだって、20ミリシーベルトだって安全ではないですが、この国で生きるには、あるいは放射線業務従事者として働いて給料をもらうには、それくらい我慢すべきだ、といって決められたのが現在の基準です。(中略) そんな中、福島は今、一般の人たちも1年間に20ミリシーベルトまでは我慢しろと、帰還しろと、安全だと、日本の国は言っているし、一部の良心的と言われるような人たちもそんなことを言い始めています。 しかし、もしその基準に従って赤ん坊が汚染地に戻されれば、31人に1人はやがて赤ん坊ががんで死んでしまう、それだけの危険を負うということになります。 11.放射能は見えなくても危険は「ある」 「見えないこと」と「ないこと」とは違います。被曝の影響だって、初めはどうなるか分からなかった。(中略) 大量に被曝すれば人は死んでしまうことは、すぐ分かりました。でも低い被曝だったらどうなるかは分からないで長い研究の後、そうだ、やっぱりがんで死ぬ人たちが出るんだ、それは被曝が少なくても、出るんだということが分かってきたのです。(中略) 生命を維持している化学結合のエネルギーに対して、放射線のエネルギーは圧倒的に巨大なわけです。そのことを考えれば、どんな病気でも私は生じると私は思っています。それはこれから研究をすればするだけ出てくる、今はまだわかっていない、見えない、科学的に立証されていない影響だって、これからどんどん出てくるだろうと私は心配しています。 そして本当の事を言うと被曝が安全だなんていう専門家はいないです。例えば、国なんかはしきりに国連科学委員会はもう大丈夫だと言っているという風にいうわけですけど(中略)自然に発生するがんと区別はできない、識別はできないけれども、がんが増加すること自体は彼らも認めているんです。 ただ、「見えない」と言っているにすぎない。だけど「見えないこと」と「ないこと」は違うということを、肝に命じなければいけないと私は思います。(中略) セシウム134の半減期が2年ですので、初めはかなり速やかに減っていってくれるけれども、これからはセシウム137はあまり減りません。 次に、セシウムは物理的な性質だけではなくて、例えば雨で流されてしまう、地面に浸み込んでいってしまうという効果が必ずあるわけです。 (中略) もし私の考えている代表的なものが合っているとすると、今は事故直後の約10分の1に汚染が減ってくれている、でもこれからはほとんど減りません、ということになります。(中略) 原子力マフィアたちは100ミリシーベルト以下は安全だと言っているわけですけど、それすらも超えてしまうという途方もない危険地帯に、人々を帰そうとしているのです。 12.未だ続く無責任な「原子力緊急事態宣言」 日本は今後100年以上、「原子力緊急事態宣言」下にあり続ける(前略)一般の人たちには1年間に1ミリシーベルト以上の被曝をさせてはいけない、という法律がありました。また、放射線管理区域の外側には、1平方メートルあたり4万ベクレルを超えるような物は、どんな物でも持ち出してはいけない、という法律もあったんです。 でも、福島(第一原発)の事故が起きて、到底その法令は守れないということになり、あの事故を起こした最大の責任者であり、犯罪者である日本の国は何をしたかというと、自分の作った法律の一切を反故にしてしまいました。 彼らは「特別措置法」を乱発して、人々に「もう被曝なんかしてもいいんだ、安全だ、戻れ」ということを言う。(中略) 2011年3月11日に「原子力緊急事態宣言」が発令されました。(中略) これは今も解除されていないのです。 この「緊急事態宣言」を今日まで続けざるを得なかった一番の理由は、セシウム137という放射性物質が、大量に汚染を広げているためです。 そのセシウム137は半分に減ってくれるまでに30年かかるんです。100年経っても、実は10分の1にしか減らないんです。(中略) 日本と言うこの国は、100年経っても「原子力緊急事態宣言」を解除できないんです。 13.ほんのわずかの量が多大な影響をもたらす放射能 福島を中心とした広大な地域が放射線管理区域になっている (前略)セシウム137は、ほとんどが太平洋に向かって流れていったんです。(中略) 84パーセントは太平洋に流れていき、16パーセントだけが日本の国土、東北地方、関東地方の広大なところに降り積もりました。(中略) その16パーセントが、東北地方、関東地方の広大な地域を放射線管理区域にしなければならないほど汚染しました。 家の周りも道路も田畑も山も、とにかくセシウム137を全部かき集めてきたらどうなるかというと、752グラムにしかならないんです。それほどほんのわずかなセシウム137が広大な大地にばら撒かれたら、もうそこに人は住めないほどの汚染になるのです。放射能というのはそれほどのモノなんです。 放射能は五感で感じられないというけれども、一体どういうことかというと、例えば私の周りに放射能が感じられるほどあれば、私は感じる前に死んでしまうからです。だから、「感じられない」と言っているだけです。(中略) 福島を中心とした広大な地域を放射線管理区域にしなければいけないほど、大地が汚れています。 本来は私のような職業人が水を飲んではいけない、寝てはいけない、といわれるくらいに大地が汚れている、と日本政府が言っているのです。 そこに子供たちが棄てられて、普通に生活している、ということなのです。 14.放射能の被害をもっとも受けるのは子ども ゼロ歳の赤ん坊は平均的な危険度の4倍、5倍の危険を受けてしまう (前略)年をとっていくと、被曝に関して、どんどん鈍感になっていきます。なぜかと言えば、例えば、今、私が放射線に被曝をしたとして、私の体のどこかに、やがてがんになると運命づけられた細胞ができるとしても、その細胞が本当に大きくなって私をがんで殺すまでには、細胞分裂を繰り返して大きくなっていかなければいけません。 でも、私のような年寄りになってしまえば、細胞分裂なんて、あまりしないわけですね。がんになる運命づけを与えられた細胞も大きくはならない。その前に、私は他の病気や寿命で死んでしまうわけです。(中略) 私も含めてこういう世代の人間が、日本の原子力の暴走を許してきました。でも、そういう世代の人間は危険を負わずに済むんです。 逆に子どもたちは大変です。子どもたちは、どんどん細胞分裂を繰り返して、面白いくらいに大きくなっていくわけです。ゼロ歳の赤ん坊などは、平均的な危険度の4倍、5倍の危険を受けてしまう。 細胞分裂を繰り返している子どもたちが、一手に被曝の危険を負わされるといことになってしまいます。 15.事故後に増えた子どもの甲状腺がん 調査をすればするだけ被曝の危険が明らかになってくるだろう 今、福島では、子どもの甲状腺がんが多発しています。子どもの甲状腺がんというのは、従来の医学知識によれば、100万人に1人くらいしか見つからないという、非常に稀な病気だったのです。 でも、その非常に稀な病気は、チェルノブイリ原子力発電所の事故の後に、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア等の汚染地で猛烈な勢いで出たんです。出た後も、当初は原子力を推進してきた人たちは、「いや、そんなもの、事故とは関係ない」「今、そうやって見えているだけで、被曝の影響とは関係ない」というようなことを言っていました。ただ、10年経って、とうとう事故による被曝の影響だと彼らも認めざるを得なくなりました。 今、福島では「県民健康調査」がおこなわれていて、子どもたちを調査しています。(中略) そして分かってきたことは先行調査といって、事故直後は、まだ発見できるほどのがんになるはずがないから、被曝と関係ないはずの甲状腺がんの調査をしてみたら、なんと100万人当たりで試算すると160人も甲状腺がんがあった、となってしまった。 何だこれは、と思い、次の本格調査を始めたところ、もう出ないと思ったのですが、また百何十人も出た。次から次へと、子どもの甲状腺がんが出てくる。そういう状態に、現在なっています。(中略) それでも原子力マフィアの人たちは、(中略)あの事故の時に、緊急事態宣言が発令されて、日本の法令が停止されて、それまでは普通の人は1年間に1ミリシーベルトと決められていたのが、20ミリシーベルトまでいい、とされてしまったわけです。 でも、被曝は微量であっても危険を伴うことは学問の常識です。 放射線被曝に敏感な赤ん坊を含めて、そんな人たちまでが1年間に20ミリシーベルトの被曝を許容されてしまうなら、まだまだ病気が出てくる。 あの事故の当日は、地震と津波でそこらじゅう停電だったのです。放射線の量を計る機械も軒並み壊れていたのです。ですから、どれだけの放射線がまき散らされたかも、よく分からない。どれだけの被曝をしたかも、よく分からないという状態だった。 でも、甲状腺がんが出てきているのは事実として確定している。それなのに、原子力を推進してきた人たちは「スクリーニング効果」だと言っているのです。(中略) 原子力を推進してきた人たちは、初めから被曝の影響はないと言っている。全く科学的な態度がなっていない。 これからも、もっと丹念に調査を続けなければいけないと私は思う。調査をすればするだけ被曝の危険が明らかになってくるだろうと思いますし、チェルノブイリの事故で起きたように、時が経過するにしたがってたくさんの病気が「あっ、こんなのもあった」「こんなのもあった」とこれから出てくるのではないかと私は危惧しています。 16.罪に問われない加害者集団の権力組織 日本という国は、国家が原子力の平和利用という夢をばら撒きました。原子力損害賠償法や電気事業法など法律的な枠組みをたくさん作って「原子力発電をやれば金儲けができるぞ」という仕組みを作って、電力会社を原子力に引きずり込んだのです。(中略) そして、福島(第一原発)の事故が起きても、それを進めてきた誰一人として責任を取っていないし、処罰もされていません。 東京電力の会長、社長以下、私は全員、刑務所に入れるべきだと思っていますし、福島第一原子力発電所は安全だと安全審査を合格させた原子力委員会の委員たちや、政府でも責任のある人達を、刑務所に入れなければいけないと思います。 けれども、誰一人として責任を取っていない。取ろうともしないという事になっているのです。(中略) 日本の人たちも、皆さんも「ああ、なんだ、俺たちだまされていたんだな」と思っているかもしれませんが、だまされたということでは、たぶん済まない。やはりそれぞれが、それぞれなりの重い責任があると自覚しなければいけないと私は思います。(中略) 福島(第一原発)の事故を許してしまった大人として、自分たちが仮に被曝をしても、子どもだけは被曝から守らなければいけないと私は思います。 17.日本が本当の法治国家なのならば 本当は全員を逃がすべきだと私は思う 職業人、私のように給料を貰っていた大人は、1年間に20ミリシーベルトという基準がありました。放射線や放射性物質を取り扱う場合には、放射線管理区域以外では使ってはいけないという法律もありました。外部に汚染物を持ち出してはいけないという法律もありました。でも、もうどうにもならないような汚染が起きてしまった。 そんな汚染を引き起こしてしまった国、私は先ほどから犯罪者だと言っていますが、その彼らは、今何と言っているかというと「現存被曝」という言葉を使うようになりました。 どういうことかというと事故は事実として起きてしまった。もう今現在、汚染はあるので、被曝をしてしまうのはもうあきらめろと彼らは言い出した。そして汚染地に人々を棄てる、というようなことをやり始めました。 法治国家というなら、本当にやるべきことは、法律を守ることです。 放射線管理区域にしなければいけない場所に、人を棄ててはいけないんです。 本当は全員を逃がすべきだと私は思います。一人ひとり勝手にどこかに逃げろというのではなくて、人々は社会の中で生きている、コミュニティで生きているわけですから、コミュニティごと、どこかに逃がさなければいけないということを、あの時にやらなければいけなかったし、もう遅いけれども、でも、今でも本当はそれをやるべきだと私は思います。 それをやらないまま、被曝は現在あるのだからあきらめろとは、到底言ってはいけないことだと思うし、そんなことを言う人たちは、徹底的に処罰しなければいけないと私は思います。 18.日本が今やろうとしていること 例えば、食べ物に関して何をやろうとしているのか。まず基準を決める。1キログラム当たり100ベクレルという基準を決め、「この基準を超えている物は廃棄します。だから危険な汚染物は市場には出ません」と国は言っています。(中略) でも、福島の事故が起きる前には、日本のほとんどの食べ物は1キログラム当たり、高くても0.1ベクレルしか汚染されていませんでした。1キログラム当たり100ベクレルは、事故前の汚染に比べれば1000倍も高い基準なんです。 今、福島ではお米の検査をやっています。(中略) そのやっている検査も、検出限界、つまりここまでなら測れるというのが、1キログラム当たり約25ベクレルです。これだって事故前から比べれば250倍の汚染なんです。(中略) 今でも、たくさんの食べ物が出荷制限をされています。(中略)たくさんの食べ物が1キログラム当たり100ベクレルを超えて汚染している。(中略) 人々は汚染地にどんどん帰らざるを得ない状況に追い込まれています。 そして、そうなってしまうと、今、福島では、復興が一番大切だと言われています。福島が安全だということを言わなければいけない。 ということで、福島県産の食品が安全であることを示すために、学校給食に福島県産の食べ物を使うということをやっています。 また、6号線という道路があって、(中略)その道路を開通させることを正当化するために、強度の汚染区間ではないけれど、学童を動員して清掃作業をする、ということもやっています。(中略) 風評ではなく事実として、福島を中心に広大な大地が放射線管理区域にしなければいけないほどに汚れているんです。汚れから人々が被曝して危険を受けている。 「守ろう」というなら、「放射能から」と言うべきだと私は思います。でも、そう言えない状況になっているわけです。 棄てられてしまった人たちが、なんとか福島を復興しようとして、今、苦闘しているんです。(中略) その場所で,汚染を心配し、被曝は嫌だと思い、可能なら子どもたちを保養に出したい、というようなことを言うと、復興の邪魔だと非難されてしまうという状態になっている。(中略) ある女性は「子供を守りたい一心で避難している私たちは、復興の妨げなのでしょうか」と問いかけた。 19.今やるべきは被害者の分断ではない (前略)本当に処罰しなければいけないのは、原子力発電を進めてきた人たちだし、福島(第一原発)の事故を起こした責任者たちなんです。 それなのに放射線が危険だというやつが悪いということを言い出しています。 強制避難させられて、ふるさとを追われた人はもちろん被害者です。 汚染地に捨てられて、今、復興を目指している人も被害者です。生活や家庭の崩壊を覚悟で、自主的に避難している人だって被害者です。その人たちが分断され、お互いに非難し合うようにされている。(中略) 本当に必要なことは、被害者には多様な苦悩があるということを、お互いに認め合うことです。 逃げられない人はもちろん苦悩を抱えている。 何とか逃げた人だって、苦悩を抱えている。 非難し合うのではなくて、それをお互い認め合って、助け合って、 加害者と闘うということが本当は一番大切なことだし、次の被害を 生まないためにも、それが必要だと思います。 (「DAYS JAPAN」2018年・8月号増刊号より抜粋) |
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